第五話 嘲笑
もふもふとの秘密が露見した翌日から、サーシャに向けられる視線は一層冷たくなった。
王宮の廊下を歩けば、侍女たちが囁き合う。
「聖女様が獣を抱いていたんですって」
「神の加護を受けた者が、そんな汚らしいものを……」
笑い声が背中に突き刺さり、サーシャは俯いたまま歩みを早めた。
街へ祈りに赴いた時も、人々の囁きは止まらなかった。
市場の女たちは野菜を並べながら声を潜める。
「聖女様は偽物だってさ」
「獣を可愛がるなんて、子供の遊びじゃないの」
「小さな光は出ても、結局改善はしないからね。」
「この国も困ったもんだよ。聖女様がしっかりしてくれないと」
子供たちでさえ彼女を指差し、笑った。
「聖女様は獣と遊んでるんだ!」
「ほんものの聖女なら、もっとすごいことができるはずだよ!」
「聖女様の嘘つき。嘘をついちゃいけないんだよ」
その笑い声は無邪気であるがゆえに、彼女の心を深く抉った。
神殿でも司祭たちが冷ややかに囁いた。
「王妃を癒せず、畑も救えず、獣を抱いている……」
「これでは王国の威信が損なわれる」
「国民よりも獣と戯れる方が大事とは。由々しき事態ですな」
「獣と引きはがすことが最善策なのでは」
彼らの声は祈りの場を冷たく染め、サーシャの居場所を奪っていった。
宴の場では貴族たちが集まり、杯を傾けながら嘲笑した。
「聖女様は獣を抱いて眠るらしい」
「神の加護ではなく、獣の毛皮で温まっているのだろう」
「下賤め、教会の質も落ちたものだな」
笑い声が広がり、サーシャは胸を締め付けられた。
彼女の耳には、もはや感謝の声は届かず、嘲笑と失望だけが響いていた。
夜、大聖堂の小さな部屋で、サーシャは膝を抱えて座った。涙が頬を伝い、掌は震えていた。
「私は……どこで間違ったの?」
その問いは答えのないまま、静けさに溶けていった。
だが、彼女の腕の中には小さな温もりがあった。
もふもふが顔を埋め、静かに鳴いた。
「……あなたがいてくれるから、私はまだ立てる」
嘲笑に囲まれても、この小さな存在だけが彼女を偽物と呼ばなかった。
もふもふを抱いていた姿が人々に知られてから数日、王都の噂は止まらなかった。
市場でも、貴族の宴でも、神殿でも――「聖女は偽物だ」「獣に心を寄せるなどありえない」という声が渦巻き、王国全体を覆い始めていた。
その報せは当然、王宮にも届いた。
玉座の間では王と王妃、王子、そして司祭長が集まり、重苦しい空気が漂っていた。
王は眉をひそめ、低い声で告げた。
「聖女が獣を抱いているなど、王国の威信を損なう行為だ。民の信頼は揺らぎ、隣国からも嘲笑されるだろう」
王妃はため息をつき、憂いを帯びた瞳で言った。
「サーシャは優しい子です。ですが……聖女としては弱すぎます。人々を癒す力も乏しく、今や噂の的となっている」
王子は冷ややかな視線を向け、言葉を重ねた。
「彼女を聖女に任命したのは誤りだったのかもしれません。水晶の光は弱かった。今や民は失望し、笑い者にしている。……このままでは王国の権威が失われます」
司祭長は厳しい声で告げた。
「聖女は神の象徴であり、民の希望でなければならぬ。獣を抱くなど、神への冒涜に等しい。王国のためにも、彼女を退けるべきです」
玉座の間に沈黙が広がった。
やがて王は重々しく頷き、決断を下した。
「……聖女サーシャを退けよ。王国から追放するほかあるまい」
「追放!幽閉でいいのでは?」
「どう取り繕っても務めを果たせぬならしょうがないだろう」
「幽閉など、禍根が残るだけだ。恨まれて問題でも起こしたら貴様が責任を取るのか。」
周りがどんどん騒がしくなる。
サーシャが偽物と思う者もいたが、奇跡が起こせないわけではない。
あわよくば、小さな奇跡だけでも利用しようとする貴族も多かった。
「追放だ。二度は言わぬ」
その言葉は冷たく響き、玉座の間を満たした。
その夜、サーシャは呼び出され、王宮の広間に立たされた。
周囲には司祭や貴族たちが集まり、冷たい視線を浴びせていた。
王子が前に出て、淡々と告げた。
「サーシャ。君は聖女として任命されたが、民を癒す力は乏しく、王妃を救うこともできなかった。そして今や、獣を抱く姿が人々に嘲笑されている。……君は偽物だ」
その言葉に、広間がざわめいた。貴族たちは笑い、侍女たちは囁き合った。
サーシャは唇を噛みしめ、胸に抱いたもふもふを守るように抱きしめた。
「私は……偽物じゃありません。多分……」
だが、その声は広間の嘲笑にかき消された。




