第二十五話 王国からの使者
魔物との戦いから幾日かが過ぎた。
森の広場での恐怖はまだ村人たちの記憶に残っていたが、同時に「聖女サーシャが子どもたちを守った」という事実は村全体に温かな余韻を残していた。
彼女の肩の傷は深かったものの、村人たちが交代で看病し、薬草を煎じて手当てを続けたことで少しずつ癒えていた。
サーシャは毎朝、広場に立ち、まだ痛む肩を押さえながらも祈りを捧げた。
光は弱いが、村人たちの心を静める力を持っていた。
子どもたちは彼女の周りに集まり、もふもふと遊びながら笑顔を見せた。
村は以前よりも明るく、春の祭りの余韻が続いているかのようだった。
「聖女様がいてくれると安心する」
「偽物なんかじゃない。あの光を見たんだ」
村人たちの声は感謝に満ちていた。サーシャはその言葉に微笑みながらも、心の奥ではまだ揺れていた。
王国で「偽物」と呼ばれ、追われた記憶は消えない。
だが、この村では確かに必要とされている――それが彼女の支えだった。
しかし、その平穏は長く続かなかった。
ある日の午後、村の入り口に馬の蹄の音が響いた。
乾いた地面を打ち鳴らす重い音は、村人たちの心に不安を呼び起こした。
「誰だ……?」
「旅人か?」
やがて姿を現したのは、王国の紋章を掲げた馬車だった。
鎧を纏った兵士が数名、鋭い視線を村に向けていた。
馬車から降り立ったのは、黒い外套を纏った男――王国の使者だった。
村人たちは息を呑み、広場に集まった。
王国から追われてきたサーシャを庇っている村に、なぜ使者が来たのか。
恐怖と緊張が広がった。
使者は冷たい声で告げた。
「王国の命により、聖女を連れ戻す」
その言葉は広場に重く響き、村人たちはざわめいた。
「連れ戻す……?」
「王国は彼女を偽物と呼んだはずだ」
「なぜ今になって……」
サーシャは胸に手を当て、静かに立ち上がった。
肩の傷はまだ痛んでいたが、逃げることはできない。
使者は村人たちを見渡し、冷笑を浮かべた。
「王国は聖女を必要としている。だが、偽物を放置することはできない。王国の威光を乱す者は、必ず裁
かれる」
その言葉に村人たちは動揺した。だが、子どもたちが声を上げた。
「違う! 聖女様は本物だ!」
「魔物から守ってくれたんだ!」
村人たちも次第に声を重ねた。
「彼女は祈りを捧げ、泉を浄化した」
「血を流してまで子どもたちを守った。偽物にそんなことができるものか!」
使者は眉をひそめ、冷たい視線をサーシャに向けた。
「……証言など意味はない。王国が偽物と定めた以上、それが真実だ」
サーシャは唇を噛みしめ、静かに答えた。
「私は偽物ではありません。村の人々が証人です」
その言葉は広場に響き、村人たちは頷いた。
使者はしばし沈黙し、やがて低い声で告げた。
「王国に逆らうつもりか。この村ごと裁かれることになるぞ」
その脅しに村人たちは一瞬怯えた。だが、老人が杖を突きながら前に出た。
「王国が何と言おうと、この村では本物の聖女だ。彼女を渡すことはできぬ」
若者たちも声を上げた。
「俺たちは守ってもらった。命を懸けて戦った姿を見たんだ」
「偽物なんかじゃない!」
広場は抵抗の声で満ちた。使者は冷笑を浮かべ、兵士たちに視線を送った。
だが、村人たちの決意に圧され、すぐには動けなかった。
サーシャは胸に手を当て、静かに祈りを捧げた。
光は弱かったが、広場を包み、人々の心を静めた。
もふもふが彼女の足元に寄り添い、尻尾を揺らした。
「私はここに残ります。この村を守るために」
その言葉は広場に響き、村人たちは歓声を上げた。使者は冷たい視線を残し、やがて馬車へ戻った。
「……王国に報告せねばなるまい。だが、次は容赦しない」
その言葉を残し、使者は兵士と共に村を去った。




