第二十四話 本物の聖女
森を震わせた魔物の咆哮は、ようやく遠ざかっていった。
だがその代償は大きかった。サーシャの肩には深い爪痕が残り、血が衣を濡らしていた。
彼女は必死に子どもたちを庇いながら戦い抜いたが、力は弱く、祈りの光も小さなものだった。
魔物を退けられたのは、もふもふの怒りと勇気があったからだ。
村へ戻る道のりは重苦しい沈黙に包まれていた。
子どもたちは泣き腫らした目でサーシャに寄り添い、もふもふは彼女の足元を離れず歩いた。
村人たちは広場に集まり、傷だらけの彼女の姿を見て息を呑んだ。
「聖女様が……血を流している」
「魔物に襲われたのか?」
人々の声は驚きと恐怖に満ちていた。
王国から「偽物」と呼ばれ追われてきた娘が、村で魔物と戦った――その事実は村人たちの心を揺さぶっ
た。
だが同時に、疑念も残っていた。
「本当に聖女なら、魔物を退ける力があるはずだ。だが、傷を負ってしまった」
「やはり王国の言う通り、偽物なのではないか」
囁きは広場に広がり、サーシャの心を刺した。
彼女は肩の痛みに耐えながらも、唇を噛みしめていた。
「私は……偽物なの?」
その問いは誰に向けたものでもなく、彼女自身の心の奥から漏れた声だった。
だが、その時――子どもたちが前に出た。魔物から守られた彼らは、涙を拭いながら声を上げた。
「違うよ! 聖女様は本物だ!」
「祈りの光が出たんだ! 僕たちを守ってくれた!」
「もふもふと一緒に戦ったんだ!」
「本物、偽物とかよく分かんないけど命の恩人なんだ!」
小さな声は広場に響き、村人たちの心を揺さぶった。子どもたちは必死に訴えた。
「魔物が来たとき、聖女様は逃げなかった。血を流しても祈り続けたんだ!」
「光が出て、魔物が苦しそうにしてた!」
「もふもふも怒って戦ったけど、聖女様がいたから勝てたんだ!」
「誰でもいいから助けてよ」
その証言は純粋で、飾り気のない真実だった。
子どもたちの震える声は、村人たちの心に深く届いた。
長老は杖を突きながら前に出た。
深い皺の刻まれた顔は厳しくも温かく、瞳は鋭く光っていた。
「王国は彼女を偽物と呼んだ。だが、我らは目で見た。祈りの光、子どもたちを守った勇気、泉を浄化し
た奇跡――これらは偽物にはできぬことだ」
その言葉に村人たちはざわめき、やがて頷いた。
「確かに……祈りは弱かったが、確かに光は出ていた」
「子どもたちが証言している。嘘ではないだろう」
「血を流してまで守ろうとした姿は、本物の聖女に違いない」
人々の声は次第に感謝へと変わっていった。
サーシャは涙を流しながらも、自分が「本物」と呼ばれることに戸惑った。
王国で嘲笑され、追われ、偽物と罵られた日々が蘇る。
だが、子どもたちの瞳は真っ直ぐで、もふもふの
温もりは確かなものだった。
「私は……本当に聖女なの?」
もふもふは彼女の膝に顔を埋め、尻尾を揺らした。小さな温もりが答えとなり、彼女は微笑んだ。
「偽物だと言われても……私は祈りを続ける。人々を守り、光を届けるために」
その言葉は広場に響き渡り、村人たちは深く頷いた。
こうして、サーシャは村人たちに「本物の聖女」として認められた。
弱い光でも、人々を癒し、守る力を持っている。その姿は偽物ではなく、確かな真実だった。
夜、村の空には星が瞬いていた。
サーシャは傷の痛みに耐えながらも、胸に確かな光を感じていた。
王国で失ったものを、この村で取り戻しつつある――そう思えた。
魔物との戦いから数日が過ぎた。
サーシャの肩の傷はまだ完全には癒えていなかったが、村人たちの手当てと子どもたちの励ましによって
少しずつ回復していた。
村の空気は以前よりも柔らかく、彼女を「偽物」と呼ぶ声は減っていた。
だが、それでも心の奥に疑念を抱く者はいた。
「本当に聖女なら、もっと強い力を持っているはずだ」
「魔物を退けたのは獣の力ではないか?」
そんな囁きが広場に広がり、村の長老は杖を突きながら前に出た。
「ならば、試してみよう。彼女が本物かどうか、我らの目で確かめるのだ」
その言葉に村人たちは頷き、サーシャは静かに受け入れた。
逃げることはできない。
祈りを捧げるしかない。
最初に連れてこられたのは、長く病に伏せる老人だった。
痩せ細った体は布団に沈み、息は浅く、顔は苦しげだった。
村人たちは不安そうに見守り、サーシャは膝をついて老人の手を取った。
「神よ……どうか、この方に安らぎを」
彼女の掌から淡い光が広がり、老人の体を包んだ。
光は弱く、奇跡のような力強さはなかった。
だが、老人の呼吸は少しずつ落ち着き、顔に安らぎが戻った。
「……楽になった」
その言葉に村人たちは息を呑み、やがて涙を流した。
完全な治癒ではない。
だが、心を癒す力は確かにあった。
次に畑仕事で足を傷めた若者が連れてこられた。
彼は杖をつき、痛みに顔を歪めていた。
サーシャは彼の足に手を当て、祈りを捧げた。
「神よ……どうか、この方の痛みを和らげてください」
光が広がり、若者の足を包んだ。
痛みは完全には消えなかったが、彼は立ち上がり、歩けるようになった。
「……少し楽になった。これなら畑に戻れる」
その言葉に村人たちは驚き、囁き合った。
「確かに……祈りは効いている」
「偽物なら、こんなことはできないはずだ」
だが、村人たちの疑念はまだ完全には消えていなかった。
そこで長老は泉へ向かうことを提案した。
村の外れにある泉は、冬の間に濁り、飲み水として使えなくなっていたのだ。
「もし本物の聖女なら、この泉を浄化できるはずだ」
サーシャは頷き、泉の前に立った。
水は濁り、匂いが漂っていた。彼女は両手を組み、祈りを捧げた。
「神よ……どうか、この泉を清めてください」
光が広がったが、泉は揺らぐだけで、濁りは消えなかった。
村人たちはざわめき、再び疑念を抱いた。
「やはり偽物なのではないか」
「泉は清まらない」
その時――もふもふが泉に近づいた。小さな体から光が溢れ、サーシャの祈りと共鳴した。
泉の水が揺らぎ、濁りが消え、澄んだ水が広がった。
「……清まった!」
「奇跡だ!」
村人たちは驚き、涙を流した。
もふもふは尻尾を揺らし、泉の水を舐めた。澄んだ水は冷たく、清らかだった。
広場に戻ると、村人たちは集まり、長老が言葉を発した。
「王国は彼女を偽物と呼んだ。しかし、我らは目で見た。祈りの光、子どもたちを守った勇気、泉を浄化
した奇跡――これらは偽物にはできぬことだ」
その言葉に村人たちは頷き、サーシャに感謝を捧げた。
「聖女様……ありがとう」
「あなたがいてくれると、心が楽になる」
サーシャは涙を流しながらも微笑み、もふもふを抱きしめた。
「偽物だと言われても……私は祈りを続ける。人々を守り、光を届けるために」
その言葉は村全体に響き渡り、彼女は「本物の聖女」として認められた。




