第二十二話 弱き光
森の奥から響いた咆哮は、地面を震わせるほどの重さを持っていた。
子どもたちは怯え、サーシャの背に隠れた。
もふもふは前に立ち、耳を立てて唸り声を上げた。
木々の間から、黒い影が姿を現した。
巨大な体躯、赤く光る目、鋭い牙。
森を荒らす魔物が、ゆっくりと広場へ歩み出てきた。
空気は重く、冷たい。子どもたちは泣き声を上げ、サーシャは胸に手を当てた。
「……来てしまった」
彼女の心は恐怖に揺れた。
王国で「偽物」と呼ばれた自分に、この魔物を退ける力があるのか。
だが、子どもたちの震える手が彼女の衣を掴んだ。
「聖女様……助けて」
その声に、サーシャは唇を噛みしめた。
逃げることはできない。祈りを捧げるしかない。
サーシャは両手を組み、祈りを捧げた。
「神よ……どうか、この子たちを守ってください」
掌から淡い光が広がり、魔物に向かって放たれた。
光は弱く、炎のような力強さはなかった。
だが、魔物は一瞬足を止め、唸り声を上げた。
「……効いている」
サーシャは息を呑み、さらに祈りを続けた。
光は小さな波となり、魔物の体を包んだ。
黒い影が揺らぎ、赤い目が瞬いた。
だが、魔物は再び咆哮を上げ、前へ進んだ。
光は弱すぎる。サーシャは膝をつき、汗を流した。
その時、もふもふが前へ飛び出した。小さな体で魔物に立ち向かい、尻尾を揺らして光を放った。
もふもふの毛並みが輝き、サーシャの祈りと共鳴した。
「これはいったい……!」
光は強まり、魔物の足を止めた。
黒い影が揺らぎ、赤い目が苦しげに瞬いた。
子どもたちは息を呑み、サーシャは立ち上がった。
「一緒に……祈ろう」
彼女はもふもふと並び、再び両手を組んだ。
子どもたちが声を上げた。
「聖女様、頑張って!」
「もふもふ、負けないで!」
彼らの声は祈りとなり、光に力を与えた。
サーシャの掌から広がる光は少しずつ強くなり、魔物の体を包んだ。
黒い影が揺らぎ、赤い目が弱まっていく。
「……消えて」
サーシャは涙を流しながら祈りを捧げた。
光は波となり、魔物を押し返した。咆哮が響き、森が震えた。
次の瞬間、魔物が跳びかかった。
鋭い爪が振り下ろされ、サーシャの肩を裂いた。
「――っ!」
鮮血が衣を染め、痛みが走った。
サーシャは地面に倒れ、息を詰まらせた。
子どもたちは悲鳴を上げ、もふもふは吠えて魔物に飛びかかった。
「聖女様!」
「逃げよう!」
子どもたちの声が響く。
だが、サーシャは必死に立ち上がり、血に濡れた肩を押さえながら祈りを続けた。
「……まだ、守らなきゃ……」
肩の痛みは鋭く、血が流れ続けていた。
だが、サーシャは倒れることなく立ち上がった。
「偽物だと言われても……私は祈りを続ける。小さな光でも、人を守れるなら」




