第二十話 居場所
隣国の村に迎え入れられてから、サーシャには小さな家が与えられた。
村の外れに建つ木造の家で、壁は古く、屋根には藁が葺かれている。
決して豪華ではないが、彼女にとっては安らぎの場所だった。
王国で「偽物」と呼ばれ、居場所を失った彼女にとって、この家は新しい生活の象徴だった。
朝になると、窓から柔らかな光が差し込む。
木の窓枠は少し歪んでいて、隙間風が入ることもあるが、春の風は心地よく、彼女の頬を撫でた。
もふもふは寝台の足元で丸くなり、尻尾を揺らしながら目を覚ます。
「おはよう」
サーシャは微笑み、獣の頭を撫でた。
もふもふは鳴いて応え、彼女の膝に顔を埋めた。
家の中は質素だった。
木の机と椅子、簡素な寝台、棚には旅の途中で集めた草や石が並んでいる。
壁には村人から贈られた布が掛けられ、色鮮やかな模様が部屋を明るくしていた。
サーシャは井戸から汲んだ水を壺に入れ、火を起こして朝の支度を始めた。
鍋に野草とパンを入れ、簡単なスープを作る。香りが広がり、もふもふは鼻をひくひくさせて近づいてき
た。
「少しだけね」
彼女はパンをちぎり、もふもふに渡した。
獣は嬉しそうに食べ、尻尾を揺らした。
朝食を終えると、サーシャは家の前に立ち、祈りを捧げた。
村人たちは畑へ向かう途中で彼女を見かけ、声をかけた。
「今日も祈ってくださるのですね」
「ええ、少しでも村に安らぎが届くように」
彼女の祈りは弱くとも、人々の心を癒した。
家の前には花が植えられ、子どもたちが遊びに来ることもあった。
もふもふは彼らと走り回り、笑い声が家の周囲に響いた。
昼になると、サーシャは家の中で草を編んだり、祈りの言葉を書き留めたりした。
机の上には紙と羽根ペンが置かれ、彼女の文字が並んでいた。
王国で学んだ祈りの言葉を、村の言葉に合わせて書き直していたのだ。
「この祈りなら、子どもたちにも分かりやすいはず」
彼女は微笑み、紙を棚に並べた。
もふもふは机の下で眠り、時折寝返りを打った。
夕暮れになると、家の周囲は黄金色に染まった。
サーシャは庭に出て、花に水をやった。
村人が贈ってくれた花は、春の光を受けて鮮やかに咲いていた。
「綺麗ね……あなたたちも、この村を守っているのね」
彼女は花に触れ、祈りを捧げた。
もふもふは庭を駆け回り、蝶を追いかけていた。
子どもたちが駆け寄り、笑い声を上げた。
「もふもふ、待って!」
「聖女様、花が咲いたよ!」
その声にサーシャは微笑み、胸の奥が温かくなるのを感じた。
夜になると、家の中は焚き火の光に包まれた。
炎の揺らめきが壁を照らし、影が踊った。
サーシャは机に座り、祈りを捧げた。
「神よ……どうか、この村に安らぎを」
もふもふは膝に顔を埋め、静かに鳴いた。
小さな温もりが、冷たい言葉の嵐から彼女を守っていた。
王国で孤独に沈んでいた日々とは違う。
ここでは、人々と共に生きている。
サーシャの家は質素で小さかったが、彼女にとっては大切な場所だった。
祈りを捧げ、村人と交流し、もふもふと共に過ごす日々は、彼女の心を癒し、希望を灯した。
「偽物だと言われても……私は祈りを続ける。この家から、村に光を届けるために」
その言葉は夜風に溶け、星々に届いた。
家は彼女の祈りの場であり、心の拠り所だった。




