133項
拍手の音はホールの奥——通路の向こうから聞こえてくる。
拍手に反応したのか、それまで覇気のなかったニセモノ騎士たちが攻撃の手を止める。
同時に、彼らは一斉にその者を見つめた。
あの灰燼の怪物さえも、大人しく立ち止まっている。
それまで暴れていたソラも手を止め、現れた男性を見つめた。
悠然と姿を現した男性は、絢爛豪華を表すようなマントと王冠を身に纏っていた。
パッと見た外見は二十代後半から三十代前半。
その年齢に見合った落ち着きと気品ある立ち振る舞い。余裕のある笑み。
風に靡く金髪とエメラルドグリーンに輝く瞳は、まるで一つの芸術品のようだ。
「……あの人って、もしかして、もしかしなくとも?」
「ああ、マスナート・クー・リンクス国王様だ――」
レイラの質問に、カムフが呟いて答える。
ただの村娘であるソラでも、肖像画や歴史本で国王の姿は何度となく拝見している。
だが、生身で見たことはこれが初めてだった。
拍手と共に現れた男性――もといマスナート・クー・リンクス国王。
彼の第一声は、意外にもソラへ向けられた。
「こんな凄惨な状況だというのに、彼を思えるとは……まさに絵に描いたような稚拙さ。そんな情け深い君には称賛を送ってあげよう」
爽やかな笑みを浮かべて語るマスナート国王。
その一方で、ソラは彼の言葉の意味が理解出来ず、顔を顰める。
困惑する彼女を後目に、今度はその視線を灰燼の怪物へと向けた。
「――それと、君は命令以上に随分と暴れてくれたようだな。灰燼の怪物」
先ほどまでの温厚な声とは打って変わった、低い声と鋭い眼光。
灰燼の怪物は何も反論せず、ただ口を閉ざす。
すると、マスナート国王の登場により、静寂としていたホール内からはじわじわと声が溢れ出してきた。
「ああ…国王様よくぞご無事で……!」
「マスナート国王…早くこの侵入者どもを捉えて下さい!!」
「賢王、我らをお助けください!!」
それまで、この世の終わりだと言うような絶望的な顔で傍観していた彼ら――生存していた王族、貴族たちが騒ぎ出す。
彼らはマスナート国王を、まるで神を見るかの如く崇めるような乞うような顔で、瞳に輝きを宿していく。
――だが、対してマスナート国王の反応は違った。
「……それにしても、彼らはなるべく負傷させず逃がせと言ったのに……まあ、この程度のならばいらないか」
マスナート国王は呆れたような顔でため息を吐く。
彼はホールの隅で跪く貴族たちを指し、冷淡に言った。
「目撃者を早く始末しろ」
「――仰せのままに」
と、次の瞬間。
灰燼の怪物はナイフを取り出し、素早く投擲した。
ナイフはロゼやソラたちではなく、その背後にいた王族、貴族たちへと向けられた。
「へ……?」
直後、ナイフが轟音と共に爆ぜる。
爆撃が直撃した貴族たちは激痛に断末魔を上げ、別の王族は必死に這いずり、逃げる。
だが、惑う彼ら全てを巻き込むように、劫火が彼らを襲った。
「キャ…キャアアアッ……!!」
レイラの悲鳴がホール中に響き渡る。
傍らにいたキースは顔面蒼白し、蹲って嗚咽を繰り返した。
炎の中で灰燼と化す、生存していた王族貴族たち。
人間の焦げていく臭いが鼻につき、ソラは思わず口元を覆った。
「……やっぱり……つまり、そういうことなのか! これはさすがにまずいだろ!?」
いつもは冷静に努めるカムフも、この事態に焦りを見せる。
状況を理解できていないソラでさえ、流石に何かを感じ取り、カムフの服を引っ張りながら尋ねた。
「な、なに? なにが起こってんの?」
カムフは静かに息を吞み、それから答えた。
「ずっと気になってたんだ。どうして灰燼の怪物が国王騎士隊の肩当てをたくさん手に入れられたのか。彼の同士を潜入させられたのか」
ロゼを誘き寄せるために王城を襲撃したとしても、肩当ては早々に入手できないはず。
強奪した可能性も考えられるが、灰燼の怪物は言っていた。
『段取りは組んでいる。オレは独りで動いてない』
「つまりこの現状から見ると……灰燼の怪物はマスナート国王様の命令で動いているってことだ」
「……え?」
予想外の回答に目を丸くするソラ。
「でも、だって、グリートってドンギツネとかって闇の組織の――」
「丼鼠よ! 丼鼠の刃」
「そうソレ! そんな闇の組織のヤツなのに、どうして国王様が動かしてんの!?」
「わ、わたしたちだってそこまではわかんないわよ!」
「でも……“実は国王様と闇の組織は繋がってた”って考えるしか、ないだろうな」
カムフたちの話は、ソラでさえ到底信じられるものではなかった。
なにせ王国の象徴たる人物が、凶悪組織を牛耳っていたというのだ。
それは絵空事でも想像し難い話だ。
だが事実、マスナート国王の命令を受けた灰燼の怪物が、王族貴族たちを迷わず殺めた。
灰燼の怪物の同士たちも、マスナート国王の登場に行動を止めた。
そんな光景を目の当たりにしてしまった以上、カムフたちの仮説を信じるしかない。
――そしてなによりも。
マスナート国王の温厚な顔とは裏腹の、殺気にも近い気迫が全てを物語っていた。




