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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空

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133項




 拍手の音はホールの奥——通路の向こうから聞こえてくる。


 拍手に反応したのか、それまで覇気のなかったニセモノ騎士たちが攻撃の手を止める。

 同時に、彼らは一斉に()()()を見つめた。


 あの灰燼の怪物(グリート)さえも、大人しく立ち止まっている。

 それまで暴れていたソラも手を止め、現れた男性を見つめた。


 悠然と姿を現した男性は、絢爛豪華を表すようなマントと王冠を身に纏っていた。

 パッと見た外見は二十代後半から三十代前半。


 その年齢に見合った落ち着きと気品ある立ち振る舞い。余裕のある笑み。

 風に靡く金髪とエメラルドグリーンに輝く瞳は、まるで一つの芸術品のようだ。


「……あの人って、もしかして、もしかしなくとも?」

 

「ああ、マスナート・クー・リンクス国王様だ――」


 レイラの質問に、カムフが呟いて答える。

 

 ただの村娘であるソラでも、肖像画や歴史本で国王の姿は何度となく拝見している。

 だが、生身で見たことはこれが初めてだった。




 拍手と共に現れた男性――もといマスナート・クー・リンクス国王。

 彼の第一声は、意外にもソラへ向けられた。


「こんな凄惨な状況だというのに、彼を思えるとは……まさに絵に描いたような()()さ。そんな情け深い君には称賛を送ってあげよう」


 爽やかな笑みを浮かべて語るマスナート国王。

 その一方で、ソラは彼の言葉の意味が理解出来ず、顔を顰める。


 困惑する彼女を後目に、今度はその視線を灰燼の怪物(グリート)へと向けた。


「――それと、君は命令以上に随分と暴れてくれたようだな。灰燼の怪物(グリート)


 先ほどまでの温厚な声とは打って変わった、低い声と鋭い眼光。

 灰燼の怪物(グリート)は何も反論せず、ただ口を閉ざす。


 すると、マスナート国王の登場により、静寂としていたホール内からはじわじわと声が溢れ出してきた。


「ああ…国王様よくぞご無事で……!」


「マスナート国王…早くこの侵入者どもを捉えて下さい!!」


「賢王、我らをお助けください!!」


 それまで、この世の終わりだと言うような絶望的な顔で傍観していた彼ら――生存していた王族、貴族たちが騒ぎ出す。

 彼らはマスナート国王を、まるで神を見るかの如く崇めるような乞うような顔で、瞳に輝きを宿していく。


 ――だが、対してマスナート国王の反応は違った。


「……それにしても、()()はなるべく負傷させず逃がせと言ったのに……まあ、この程度のならばいらないか」


 マスナート国王は呆れたような顔でため息を吐く。

 彼はホールの隅で跪く貴族たちを指し、冷淡に言った。


「目撃者を早く始末しろ」


「――仰せのままに」


 と、次の瞬間。


 灰燼の怪物(グリート)はナイフを取り出し、素早く投擲した。


 ナイフはロゼやソラたちではなく、その背後にいた王族、貴族たちへと向けられた。


「へ……?」


 直後、ナイフが轟音と共に爆ぜる。


 爆撃が直撃した貴族たちは激痛に断末魔を上げ、別の王族は必死に這いずり、逃げる。

 

 だが、惑う彼ら全てを巻き込むように、劫火が彼らを襲った。


「キャ…キャアアアッ……!!」


 レイラの悲鳴がホール中に響き渡る。

 傍らにいたキースは顔面蒼白し、蹲って嗚咽を繰り返した。


 炎の中で灰燼と化す、生存していた王族貴族たち。

 人間の焦げていく臭いが鼻につき、ソラは思わず口元を覆った。


「……やっぱり……つまり、そういうことなのか! これはさすがにまずいだろ!?」


 いつもは冷静に努めるカムフも、この事態に焦りを見せる。

 状況を理解できていないソラでさえ、流石に何かを感じ取り、カムフの服を引っ張りながら尋ねた。


「な、なに? なにが起こってんの?」


 カムフは静かに息を吞み、それから答えた。


「ずっと気になってたんだ。どうして灰燼の怪物(グリート)が国王騎士隊の肩当て(あかし)をたくさん手に入れられたのか。彼の同士を潜入させられたのか」


 ロゼを誘き寄せるために王城を襲撃したとしても、肩当て(あかし)は早々に入手できないはず。

 強奪した可能性も考えられるが、灰燼の怪物(グリート)は言っていた。


 『段取りは組んでいる。オレは独りで動いてない』


「つまりこの現状から見ると……灰燼の怪物(グリート)はマスナート国王様の命令で動いているってことだ」

「……え?」


 予想外の回答に目を丸くするソラ。


「でも、だって、グリートってドンギツネとかって闇の組織の――」

丼鼠(どぶねずみ)よ! 丼鼠(どぶねずみ)()


「そうソレ! そんな闇の組織のヤツなのに、どうして国王様が動かしてんの!?」


「わ、わたしたちだってそこまではわかんないわよ!」

「でも……“実は国王様と闇の組織は繋がってた”って考えるしか、ないだろうな」


 カムフたちの話は、ソラでさえ到底信じられるものではなかった。


 なにせ王国の象徴たる人物が、凶悪組織を牛耳っていたというのだ。

 それは絵空事でも想像し難い話だ。


 だが事実、マスナート国王の命令を受けた灰燼の怪物(グリート)が、王族貴族たちを迷わず殺めた。

 灰燼の怪物(グリート)の同士たちも、マスナート国王の登場に行動を止めた。


 そんな光景を目の当たりにしてしまった以上、カムフたちの仮説を信じるしかない。


 ――そしてなによりも。

 マスナート国王の温厚な顔とは裏腹の、殺気にも近い気迫が全てを物語っていた。



 

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