132項
黒煙に包まれた王城内の攻防は、依然として続いていた。
ロゼと灰燼の怪物の戦いは、いまだ決着がつかない。
一方で、グリートの仲間を相手にしているソラも、疲弊の色をいっそう濃くしていた。もともと実質的な戦力が彼女一人に偏っている状況も、その一因ではある。
「けど……灰燼の怪物の仲間って連中は、どこからともなく湧いてくるってのにさ。本物の国王騎士隊が全然来ないのは、なんでだ?」
ふとした疑問を口にするカムフ。
彼は先ほどレイラが持っていた槍を握り、モップのように振り回して敵を薙ぎ払っている。
「国王騎士隊なんて、親の七光りの上界民ばっかって聞くし。ビビって逃げたんじゃないの?」
瓦礫に身を潜めながら、レイラが軽口混じりに答える。
その背後では、キースも同じように息を潜めていた。
「それ騎士隊たちの前で絶対言うなよ? ……けど、確かに城の外にも騎士はいたはずなのに、城内に一人も来ないってのはさすがに妙だよな」
と、カムフは不意にホールの床へ視線を落とす。
「まあ、この光景を目撃しちゃったら、怖気づくのも無理はないけどな……」
そこには、灰燼の怪物にやられた国王騎士隊の亡骸が、未だ無残に転がっていた。
「ちょっと! 見ないようにしてんだから、そういう話で視線誘導すんのやめなさいよ!」
レイラの怒声が飛ぶ。
カムフは苦笑し、「ごめん」と短く謝った。
だがその胸中では、この異様な状況に対する不安が、確かに膨らみ始めていた。
(この状況……まるで灰燼の怪物とロゼさんを戦わせるための舞台……いや、そのための罠、か?)
そう思考を巡らせた、そのときだった。
ぐらり、とカムフの身体が揺れる。
煙と高熱に満ちたこの空間では、いつ倒れてもおかしくはない。
実際、ソラたちよりも前からここにいた貴族たちは、辛うじて息をしているだけで、床に横たわったまま動かないでいる。
(おれたちがまだ動けてるのは……たぶんロゼさんの力だ。熱気はあるのに、ずっと風を感じる……)
だがそれは同時に、ロゼが彼らを庇いながら戦っている証でもあった。
レイラとキースも荒い呼吸を繰り返し、顔色は青白い。
カムフ自身も、止めどなく流れる汗を何度も拭っていた。
(……これ以上は、限界だ)
そう悟り、カムフはソラへ向かって叫ぶ。
「ソラ! 一旦、おれたちだけでも引くぞ!」
「ヤダ!!」
返ってきたのは、子供のような拒絶だった。
カムフはため息をつき、強引に彼女の腕を引く。
「そんなこと言ってる場合かよ! 敵は次から次へと来るし、おれたちはもう限界だ! これ以上はロゼさんの足手まといになるだけだ!」
二人が言葉を交わす間にも、爆炎と疾風がホールを蹂躙し、壁や天井を破壊し続けている。
それでもソラたちの周囲に攻撃が直撃しないのは、決して偶然ではない。
「わかってるだろ? ロゼさんはおれたちを守りながら戦ってくれてるんだぞ! それがどれだけ負担になってるか――」
「わかってるよ!!」
カムフの言葉を、ソラが遮る。
「わかってるけど……ここでロゼを置いていったら、もう止められなくなる! ロゼを助けられなくなる!」
「助けられなくなるって……」
真っ直ぐな彼女の双眸に、カムフは思わず視線を逸らした。
(セイランさんもダスクさんも……とんでもない言葉をソラに託してくれたな)
今さらながら、兄と父がソラへ残した言葉を、カムフは恨めしく思う。
だがソラが抱く使命感以上に、カムフにとって重要なのは――ソラたちの命だった。
「だからって、ここに残る必要はないだろ。せめて物陰に避難するとかでいいから――」
「でも、あたしたちが下がったら、このニセモノの国王騎士隊がロゼの方に行っちゃうんだよ? だったら……兄さんかアイオライト将軍が来るまでの時間稼ぎでもいいから……!」
いつもの頑固さが、彼女の足を地面に縛り付ける。
そうこうと言い争う間にも、ニセモノの国王騎士隊は襲いかかってくる。
と、強情なソラへ、レイラが動いた。
「わたしはカムフに一票! ってことで、強硬手段ね!」
叫ぶや否や、レイラはソラの背後へ回り込み――そのまま羽交い締めにする。
「は、放して!」
ソラの抗議など意に介さず、レイラとカムフは二人がかりで彼女を後方へ引きずろうとする。
改めて見れば、ソラの身体は傷だらけで、汗に濡れ、触れれば冷たい。
明らかに限界を超えていた。
「こんなになってまで無理して……マジでぶん殴って気絶させた方がよくない?」
「いや、それはさすがに可哀想だろ……」
暴れるソラを押さえ込みながら、レイラとカムフがそんなやり取りを交わす――そのとき。
乾いた拍手が、どこからともなくホールに響いた。
次の瞬間。
爆炎が。騒音が。
すべてが、ピタリと止んだ。




