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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空

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132項

 



 黒煙に包まれた王城内の攻防は、依然として続いていた。

 ロゼと灰燼の怪物(グリート)の戦いは、いまだ決着がつかない。


 一方で、グリートの仲間(てき)を相手にしているソラも、疲弊の色をいっそう濃くしていた。もともと実質的な戦力が彼女一人に偏っている状況も、その一因ではある。


「けど……灰燼の怪物(グリート)の仲間って連中は、どこからともなく湧いてくるってのにさ。本物の国王騎士隊が全然来ないのは、なんでだ?」


 ふとした疑問を口にするカムフ。

 彼は先ほどレイラが持っていた槍を握り、モップのように振り回して敵を薙ぎ払っている。


「国王騎士隊なんて、親の七光りの上界民ばっかって聞くし。ビビって逃げたんじゃないの?」


 瓦礫に身を潜めながら、レイラが軽口混じりに答える。

 その背後では、キースも同じように息を潜めていた。


「それ騎士隊たちの前で絶対言うなよ? ……けど、確かに城の外にも騎士はいたはずなのに、城内に一人も来ないってのはさすがに妙だよな」


 と、カムフは不意にホールの床へ視線を落とす。


「まあ、この光景を目撃しちゃったら、怖気づくのも無理はないけどな……」


 そこには、灰燼の怪物(グリート)にやられた国王騎士隊の亡骸が、未だ無残に転がっていた。


「ちょっと! 見ないようにしてんだから、そういう話で視線誘導すんのやめなさいよ!」


 レイラの怒声が飛ぶ。

 カムフは苦笑し、「ごめん」と短く謝った。


 だがその胸中では、この異様な状況に対する不安が、確かに膨らみ始めていた。


(この状況……まるで灰燼の怪物(グリート)とロゼさんを戦わせるための舞台……いや、そのための罠、か?)


 そう思考を巡らせた、そのときだった。


 ぐらり、とカムフの身体が揺れる。


 煙と高熱に満ちたこの空間では、いつ倒れてもおかしくはない。

 実際、ソラたちよりも前からここにいた貴族たちは、辛うじて息をしているだけで、床に横たわったまま動かないでいる。


(おれたちがまだ動けてるのは……たぶんロゼさんの力だ。熱気はあるのに、ずっと風を感じる……)


 だがそれは同時に、ロゼが彼らを庇いながら戦っている証でもあった。


 レイラとキースも荒い呼吸を繰り返し、顔色は青白い。

 カムフ自身も、止めどなく流れる汗を何度も拭っていた。


(……これ以上は、限界だ)


 そう悟り、カムフはソラへ向かって叫ぶ。


「ソラ! 一旦、おれたちだけでも引くぞ!」


「ヤダ!!」


 返ってきたのは、子供のような拒絶だった。


 カムフはため息をつき、強引に彼女の腕を引く。


「そんなこと言ってる場合かよ! 敵は次から次へと来るし、おれたちはもう限界だ! これ以上はロゼさんの足手まといになるだけだ!」


 二人が言葉を交わす間にも、爆炎と疾風がホールを蹂躙し、壁や天井を破壊し続けている。


 それでもソラたちの周囲に攻撃が直撃しないのは、決して偶然ではない。


「わかってるだろ? ロゼさんはおれたちを守りながら戦ってくれてるんだぞ! それがどれだけ負担になってるか――」


「わかってるよ!!」


 カムフの言葉を、ソラが遮る。


「わかってるけど……ここでロゼを置いていったら、もう止められなくなる! ロゼを助けられなくなる!」

「助けられなくなるって……」


 真っ直ぐな彼女の双眸に、カムフは思わず視線を逸らした。


(セイランさんもダスク(おじ)さんも……とんでもない言葉をソラに託してくれたな)


 今さらながら、兄と父(ふたり)がソラへ残した言葉を、カムフは恨めしく思う。

 だがソラが抱く使命感以上に、カムフにとって重要なのは――ソラたちの命だった。


「だからって、ここに残る必要はないだろ。せめて物陰に避難するとかでいいから――」


「でも、あたしたちが下がったら、このニセモノの国王騎士隊(てき)がロゼの方に行っちゃうんだよ? だったら……兄さんかアイオライト将軍(おじさん)が来るまでの時間稼ぎでもいいから……!」


 いつもの頑固さが、彼女の足を地面に縛り付ける。


 そうこうと言い争う間にも、ニセモノの国王騎士隊(てき)は襲いかかってくる。

 と、強情なソラへ、レイラが動いた。


「わたしはカムフに一票! ってことで、強硬手段ね!」


 叫ぶや否や、レイラはソラの背後へ回り込み――そのまま羽交い締めにする。


「は、放して!」


 ソラの抗議など意に介さず、レイラとカムフは二人がかりで彼女を後方へ引きずろうとする。


 改めて見れば、ソラの身体は傷だらけで、汗に濡れ、触れれば冷たい。

 明らかに限界を超えていた。


「こんなになってまで無理して……マジでぶん殴って気絶させた方がよくない?」

「いや、それはさすがに可哀想だろ……」


 暴れるソラを押さえ込みながら、レイラとカムフがそんなやり取りを交わす――そのとき。

 乾いた拍手が、どこからともなくホールに響いた。


 次の瞬間。

 爆炎が。騒音が。

 すべてが、ピタリと止んだ。




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