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45『真実/B面』

 目眩は落ち着いてきた。二回目とは言え、慣れた感じはまったくない。奇妙な浮遊感、そして音がどんどん遠のいていって、意識がふわっとどこかへ飛んでいく。目を開けたときにはもう、僕とユーリカは違う屋上にいた。


「戻ったの?」


 僕の問いに、ユーリカは首を振った。


「いえ……ひびは、予想以上に広がっていたようですね」


 意味深な発言を、僕は校庭から聞こえてくることのない部活動をしている人たちの賑わいがないことから、察することができた。僕がもといた世界にしては、あまりに静かすぎるじゃないか。


「どういうこと? まさか、もう世界が衝突しちゃったとか」


「いえ、そういうわけではありませんが、海斗さんがもといた世界というだけあって、侵食は他の世界よりもずっと早いようです。きっとすでに、この学校を超えて、恐らく街一つを飲み込むほどの侵食が起きています」


 街一つだって?

 想像すら及ばない範囲に、逆に動揺することすらできなかった。街一つが僕の妄想によって生まれた多世界によって侵食されるって、どんなものなのだろうか。


 ふと、前の世界で美鈴さんたちを消してしまったことを思い出す。


「まさか、ここにいる人たちも、みんな」


「……消えている人は、います。でもどうやら残っている人たちも――」


 ユーリカが緊張した面持ちでなにかを言いかけて、いきなり上を向いて口をつぐんだ。僕も彼女に倣って空を見上げると、陽光を遮るように太陽と僕らの直線上になにかがあった。いや、《誰か》がいたんだ。


「見つけた!」


 きらめく閃光が視界を潰す。聞こえてきた声は、確かに耳に覚えがあって、けれどこんな風に激している声を僕は一度も聞いたことはなかった。


「くっ――」


 視力を奪われている間に、僕の真隣、つまりユーリカのいたところにその少女が降ってきた。衝撃に僕は吹き飛ばされてしまう。


いったい、何が起きたんだ!? 


 転がって屋上の端にぶつかった。縁に強く背中を打ち付けたために、鈍い痛みが襲ってくる。そうか、僕はもう、死ねないんだ。


「なっ、にが」


 ゆっくりと目を開けると、視線の先にいたのは――やはり。


「朝桐君を、どうするつもり?」


 苗字で僕を呼ぶ友人は、少ない交友関係の中で一人しかいない。

 彼女は長い黒髪を揺らしながら、コンクリートから舞い上がる埃やら何やらの煙に包まれて、倒れているユーリカの前に立っていた。


「園田、さん?」


 実に三ヶ月ぶりの再会だった。

 でも、頭が理解に追いつかない。なぜ、彼女がここにいるんだ?

 そして何より、どうして彼女はその手に物騒なものを持っているんだ!?


「朝桐君、ここは私に任せて。この女は、私が始末するから」


「ちょっ」


 なにを言ってるんだよこいつは!?

 園田さんはその手に握られている、柄のやけに長いハンマーを振りかぶった。あんなものを振り下ろされたら、ひとたまりもないぞ!


「園田さん、ストップ!」


「朝桐君をたぶらかす女は、私が――」


 咄嗟に立ち上がって、園田さんまで猛ダッシュ。勢いをつけたまま、彼女のからだに突進を繰り出した。


「きゃっ!?」


ハンマーごと園田さんを両手で抱きかかえ、二人で地面を転がっていく。ゴツゴツとした床がすげえ痛い。園田さんは僕の腕の中で、唖然とした表情を浮かべていた。ハンマーは離れたところに落ちている。


「な、なにしてんの!?」


「なにって、朝桐君こそ何をしてるの!? あの女は……あいつは、私たちの存在を消そうとしているんだよ!?」


 園田さんの一言に、僕は驚愕した。

 いや、え、なに言ってんだ、この女は。


「海斗さん、聞いちゃ駄目!」


 ユーリカが倒れたまま手を伸ばして、静止の言葉を叫んだ。当たり前だろう。そんな今更、馬鹿げた話があるかっていうんだ。


 ユーリカが、園田さんたちを消そうとしている?


「見て、この世界を」


 園田さんはそう言って、僕を起き上がらせた。倒れているユーリカを横目に、僕らは金網までやって来た。そして園田さんの言う通り、僕は金網からその世界を一望して――絶句した。


「なん、だよこれ」


 そこには、ありとあらゆる妄想が、実体化していた。

 あちこちで火災が起きていた。静かだと思い込んでいた校庭は、ただクレーターのように巨大な何かに潰されていて立ち入り禁止になっているだけだったんだ。上空には羽の生えた奇妙な化け物が飛んでいる。ずっと向こうには巨大な木が遠近法とは言えかなりの大きさを持って根付いていた。建物の中には眼球が付いていたりして――僕らが握っている金網もまた、微かに蠕動ぜんどうしていた。驚いて、僕は金網から手を離した。


「これは、まさか、全部、僕の妄想?」


「違うんだよ、朝桐君」


 園田さんが、首を振った。


「駄目、海斗さん……早く、そいつを振り切ってこっちに!」


 ユーリカが叫んでいる。そうだ、僕はユーリカを信じてこっちの世界に戻ってきたんだ。なにせ彼女はあらゆる世界を創造した主、神様なんだ。それに彼女は、僕に納得のいく多世界の論理を教えてくれた。


「朝桐君、あなたは、騙されている」


「嘘だ」


 だってユーリカが僕を騙す意味がないじゃないか。彼女だって世界が崩壊するのを憂いていて、その原因が僕だってわかったのに、許してくれて、一緒に協力しようって言ってくれたんだ。


「海斗さん、その女は、この世界の人間ではありません」


「証拠はあるの?」


「証拠……? そんなの、あなたの異常な力はこの世界にあり得ない!」


 ユーリカの反論を、園田さんは鼻で笑い飛ばした。


「ねえ、朝桐君」


 そして園田さんは、僕の目を見つめて、訊ねた。


「《この世界》って、なんだと思う?」


「えっ」


 僕は彼女の問いを、理解することはできなかった。


「《もといた世界》って、どこにあるの?」


「ああ、そういうことなのね……」


 ユーリカはすでに何かを理解したのだろうか。苦しげに、呻いている。


「《朝桐君の住んでいた世界が、ここである確証はどこにあるの?》」


「なん、だって……?」


 僕が住んでいた世界は、この世界じゃない?

 そうだ――だって、僕のいた世界でこんな惨状はあり得ない。こんな世界は、もしかすると僕の別の妄想していた多世界の一つの可能性もある。


 でも、ならユーリカはどうしてこの世界に僕を連れて来たんだ?


「思い出して、あなたはあの女のせいで、三ヶ月もの間、異世界に連れて行かれた。妄想を捨てさせるため? 馬鹿げていると思わない? 本当の理由はそうじゃない。私はそれを知っている」


 園田さんは、僕を抱きしめて、耳元で囁くように言った。


「あの女は、あなたを殺そうとしていたんだよ?」


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