44『帰還』
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前章を2000字ほど書き加えています。
音がした。
なにか、歯車がぴったりと噛み合ったような、そんな音だ。
時間が止まっているように感じる。
【キラー】の手は、今にもなずなを取り殺せるとでも言わんばかりに彼女の顔面を鷲掴みにしていた。それでも、まだ実際に行われていない。
そうだ。まだ彼女は殺されていない。
ならばじっくりと、考えよう。どうやったらこの状況から彼女を助け出して、そして【キラー】を倒せるのか。時間はどうしてかたっぷりある。そしてこの謎もまた、解決してやるのが筋というものだろう。
すべてには理屈が通っている。いくら荒唐無稽なこの世界でも、あらゆる事象には理由があった。僕が不死身なこと。学校からウィルスが消えたこと。ウィルスの特性や、コミュニティの存在などもまたそうだ。
色々な設定が繋がって、一つの物語を生み出している。
その原動力は、僕の妄想だ。
ユーリカは言っていた。この世界は僕の妄想によって生み出されたと。そしてこうも言っていた。屋上に入れられた罅は、すべて僕が屋上に紐付けて考えていた妄想群によって屋上の空間がキャパオーバーしたからだと。つまり、罅が広がっているということは、僕の妄想がこの学校周辺にまで溢れ出しているということにならないだろうか?
この学校はすでに以前までこの世界にあった学校ではない。僕の幾つもの妄想によって生まれた《複数の世界に存在する学校》の複合体だ。ゆえに学校にもとから存在していたウィルスは、別の世界の学校と重なったことで消滅してしまった。他の世界に、このウィルスは存在していないからだ。
しかし能力は違う、のだろう。僕がこの世界で生きているのと同様に、能力を持った人々は後から学校にやってきた部外者だ。恐らくは能力を持った人が別世界に行ったとしても、その能力自体は消えることなく使用できるはずだ。なぜなら能力とは《肉体に刻み込まれたコード》だからだ。
落ち着こう。
結論から言ってしまえば、この学校はすでに僕の妄想によって侵されている。ならば――この世界に、新たな妄想を重ねることはできないだろうか。
なずなを救い出し、【キラー】を倒す世界の物語を、新たに生み出すことは可能ではないだろうか? ユーリカは決してそれについて言わなかった。でも、理論的には可能じゃないだろうか。もちろん、新たな妄想によって罅がさらに広がる可能性を否定することはできない。
でも、そんなことを心配している余裕はないはずだ。
なずなが殺されてしまう。それだけは、あっちゃならないんだ。
なるほど、この時間停止は理論の証明だろう。僕が一瞬でも時間を止まるビジョンを浮かべたから、妄想によって侵されたこの学校は時間を止めた。
ならば僕はさらに妄想を重ねていく。
《【キラー】の腕が吹き飛び、なずなが地面に落ちた。》
世界のコードに、新たなコードを書き加えていく。
時間が、動き出した。
「っな――!?」
【キラー】の腕が吹き飛び、なずなが地面に落ちた。
《【キラー】は振り返り僕を見た。そして苦痛に顔を歪めながら、冷静を失した声で叫んだ。「今、なにをした!?」》
【キラー】は振り返り僕を見た。そして苦痛に顔を歪めながら、冷静を失した声で叫んだ。
「今、なにをした!?」
《「妄想だよ」僕は至って落ち着いたふうで、そう答えた。》
「妄想だよ」
僕は至って落ち着いたふうで、そう答えた。
《「妄想、だって……?」【キラー】はふざけるなと、世界の不条理を恨むようなうめき声を上げた。そう、世界は不条理なんだ。この世界は僕によって生み出されたものだ。僕はこの世界では創造主として――チーターとして、神にも匹敵する力を持っている。》
「妄想、だって……?」
【キラー】はふざけるなと、世界の不条理を恨むようなうめき声を上げた。そう、世界は不条理なんだ。この世界は僕によって生み出されたものだ。僕はこの世界では創造主として――チーターとして、神にも匹敵する力を持っている。
《「その場に這いつくばれ」僕が命じると、【キラー】は言われた通り地面にからだを伏した。どこから掛かっているのかもわからない異常な能力に、【キラー】は憎々しげに叫び声を上げる。「ふざけるな! こんなの、主人公のやることじゃない!」》
「その場に這いつくばれ」
僕が命じると、【キラー】は言われた通り地面にからだを伏した。どこから掛かっているのかもわからない異常な能力に、【キラー】は憎々しげに叫び声を上げる。
「ふざけるな! こんなの、主人公のやることじゃない!」
《「【キラー】、自害しろ」神である僕の命令は絶対だ。【キラー】は自分のこめかみに指を当てた。慌てふためく彼の表情は、恐らくこの世界において僕だけが見ることのできたものだろう。「冗談ですよね……こんなの、僕が考えていた物語じゃない……」》
「【キラー】、自害しろ」
神である僕の命令は絶対だ。【キラー】は自分のこめかみに指を当てた。慌てふためく彼の表情は、恐らくこの世界において僕だけが見ることのできたものだろう。
「冗談ですよね……こんなの、僕が考えていた物語じゃない……」
《【キラー】の指から、光線が放たれた。彼のこめかみから一閃、脳漿が飛び散り、うるさい彼の叫び声は消えた。》
【キラー】の指から、光線が放たれた。彼のこめかみから一閃、脳漿が飛び散り、うるさい彼の叫び声は消えた。
《そして、戦いは終わった。なずなは立ち上がり、傷口を抑えながら僕のもとへと走り寄って来る。【キラー】が構築していた結界が崩壊し、ガラスのようにぱらぱらと崩れて行った。辺りには僕らの応援にやって来てくれた仲間たちがいて、その中には急いでやってきたのであろう美鈴さんもいた。》
そして、戦いは終わった。なずなは立ち上がり、傷口を抑えながら僕のもとへと走り寄って来る。【キラー】が構築していた結界が崩壊し、ガラスのようにぱらぱらと崩れて行った。辺りには僕らの応援にやって来てくれた仲間たちがいて、その中には急いでやってきたのであろう美鈴さんもいた。
《「海斗っ!」なずなは僕を抱きしめた。美鈴さんもまた、人混みをかき分けて僕の肩に両手を載せて泣き喚いた。「良かった……海斗君も、なずなも、生きてて本当に、良かった……」》
「海斗っ!」
なずなは僕を抱きしめた。美鈴さんもまた、人混みをかき分けて僕の肩に両手を載せて泣き喚いた。
「良かった……海斗君も、なずなも、生きてて本当に、良かった……」
《「終わったんだ、全部」僕は二人を抱き寄せて、呟いた。周りにいる仲間たちも、喝采を上げる。これでようやく、一時的ではあるけれど、彼らにはまた平和が訪れるだろう。そして僕は、ユーリカと共に、この世界を》
「楽しいですか?」
《この世界を、去る、のに》
「海斗さん、もう、やめてください」
「ユーリカ」
ぱらぱらと、妄想によって生み出されていた世界が綻び始める。喝采はいつの間に止んでいた。僕に抱きついている美鈴さんも、なずなも、その動きを止めたまま全身を凍ったように固まらせていた。
「ごめんなさい。私が、もっと早くに助けに来れれば」
なんだよ、いったい、なにが起きたと言うんだ。
「勝ったんだよ……もう、僕たちはこの世界にいる必要はないんだ。た、確かに、彼女たちが抱きついてきたのは、びっくりしたけど、これまで妄想ってわけじゃ、ないし」
本当に?
徐々に、どこまでが妄想で、どこまでが現実だったかの区別が付かなくなっていた。【キラー】を倒した。でも、その後は?
僕は咄嗟に、二人を突き放して、立ち上がった。
「なんで……僕は、もう、妄想を、止めたはずなのに」
僕から離れた途端、彼女たちのからだに罅が入った。まるで割れかけたガラス細工のように、その罅は徐々に広がっていく。
「あっ」
そして、割れた。
振り返ると、廊下には僕とユーリカ以外、誰もいなくなっていた。
「飲み込まれました」
どういうことだよ。周りにいた仲間たちは? 美鈴さんは? なずなは?
「彼女たちは、みなあなたの妄想に侵されたんです。ウィルスがなぜ機能しないのか……それは、この学校が別の多世界の学校と重なったからです。それと同じ理由で、彼女たちもまた、今のあなたの妄想で存在を抹消されたんです」
「う、嘘だ!」
「もちろん、彼女たちのコードは存在します。でも、この学校においてそのコードはもう機能しない。ウィルスと同じように、ないものとして扱われてしまう。もう、手遅れです」
「で、でも、じゃあなずなは……なずなは、どうやっても助けられなかったのかよ!? 僕は、ただ、彼女を助けようと、でも、普通じゃ無理で」
「今はもう、手の打ちようがありません。彼女たちがどうなるかは、私も前例がないためにわからない。だから、私たちは帰らなくちゃいけない」
そう言って、ユーリカは屋上に続く道を歩き出した。僕もまたその背中を追って、ゆっくりと歩いていく。窓から覗ける校庭にすら、人影はひとつも見られない。戦いの痕跡すら、跡形もなく抹消されていた。
「ユーリカ、僕は、なんてことを」
「私にも責任があります。さっきは、辛い言い方をして、すみません」
ユーリカは僕に気を回してくれているのだろう。もしかするともう、この世界は元には戻らないかもしれないのに。それどころか、あらゆる世界が滅びてしまう可能性だってあるのに、彼女は僕を心配してくれている。
階段を上りながら、涙で視界が歪んでいくのがわかった。
「ごめん、美鈴さん、なずな……みんな」
「世界が滅びたわけではありません。あなたが妄想によってこの学校に呼び寄せてしまった人たち以外、つまりこの学校にいなかった人たちはまだ存在しています。だから、そう悲観的にならないで」
ユーリカはそう言って僕を慰めながら、屋上に続く扉を開けた。
懐かしい――三ヶ月ぶりの、光景だった。
「海斗さん、私は未だにどうやったらこの世界を救えるか……仮に救えたとしても、彼女たちが還ってくるかはわかりません」
でも、とユーリカは言った。
「できることなら、なんでもします。だから、海斗さん」
僕は頷いて、この世界に来るときのように、彼女の前に立った。
「うん。もう絶対に――妄想は、しないよ」
誓って――僕らは、この世界から、姿を消した。




