43『一方的な暴力』
大幅な改稿を行いました。当日に読んでくださった方は申し訳ありません。半分以下はほぼまったく新しい内容が付け加えられています。
死亡フラグだと言い放ったからには、僕の方が油断するような真似はしない。ポリシーを破ってでも、つまりこいつを手違いで殺してしまったとしても仕方がないと思って、迷いなく銃を抜いた。この世界が僕の妄想の産物であるのならば、【キラー】もまたそうだ。親として、僕は彼を産み落としたその責任を取らなければならないだろう。
絶対にここで食い止める。
そう誓って、引き金を絞った。銃声が鳴り響き、銃口から煙が噴き出した。
こんな簡単に死ぬとは思っていない……けれども少しは、と一縷の望みは捨てられなかった。【キラー】は避けなかった。避けられなかったのか、あるいは避ける《必要がなかった》のか。
にやりと微笑んだ彼の表情を見て、後者だとわかり総毛立った。
「なずな、起きて逃げろ」
ちらりと彼女に目をやるも、その顔から生気は失われている。両目を開けたまま無残に絶命している姉を見つめながら、呆然と固まっていた。
「主人公なら――」
咄嗟に視線を【キラー】に戻す。まずいと直感した。このままじゃ、危ないのは僕よりも動くことのできないなずなだ。それに彼女を庇いながら勝てるほど相手は弱くはないんだと、考えている内に気づけば目の前から【キラー】の姿が消えていた。そして、僕らの周囲には……ああ、そう来たのか。
「あっ、こ、これ」
なずながようやく声を上げる。驚きと、困惑が入り混じった酷く苦しそうな声色だった。もとの彼女の面影はそこにない。あり得ない現象に、恐らくは理解が追い付いていないのだろう。
僕らの周囲は、霧で充溢していた。
なずなには、きっと見えていないものが見えているのだろう。
「お姉ちゃん……?」
「なずな、それは違う! 【キラー】の能力だ!」
なずなの手を引いて起き上がらせる。彼女を必死に抱き寄せると、力が込められていないのか抵抗する様子もなく、ふらりと僕のからだに寄りかかってきた。そして背後に、あいつの気配が現れて――
「主人公なら、ヒロインを助けてみてくださいよ」
からだを捻り、前のめりに倒れていく。薬品を打っているために、背中に何かをされたということだけは《理解》できるが、その範囲と具体的な攻撃を察することはできない。ただ、僕の気持ちの問題なのか、傷が癒えるのがいつもよりずっと早い。なずなを引っ張りあげて、後ろに庇った状態で立ち上がったときにはもう、背中から違和感は消滅していた。
「なるほど、硝酸をかけたとしても、それ以上に治癒が早回ってしまうんですね。じゃあ、また方法を変えるしかないか……」
ぞっとした。まさか硝酸を扱うような能力を持つ人間すら食べていたのかという事実にも驚いたし、何よりも平然と人体に硝酸などを浴びせかけられる精神状態に恐怖してしまう。人を殺すことに、躊躇いがないんだ。
「おい! なずな早く逃げて――アッ」
【キラー】の指が僕をさして、直後に視界が天井を向いた。違和感は額から後頭部にかけてだ。なんらかの方法で、頭を撃ち抜かれた。
「それも、駄目か。ゾンビのようにはいかないんですね」
脳みそを撃ち抜かれた場合、問題は薬品が切れてしまうことだ。ストックはまだあるものの、長期戦をするわけにはいかな――
「ぐっ――ふぁ」
突如、僕のからだは壁に叩きつけられた。【キラー】の保有する数ある能力を、惜しみなく使ってきているんだ。明らかに壁が破壊されるほどの威力でぶつかったのに、鋼鉄よりも固いなにかに全身が激突し、骨のボキボキと砕ける音がした。
「これでも、駄目なんですね」
耐えられず、鼻からも血液が噴出する。幸いだったのは、あいつの興味がなずなから逸れたことだ。僕を殺すことしか今は頭にないようだ。その間に、なずなが起きてどこかへ逃げてくれればいい。僕はどうやっても死なないから……飽きたのか、能力の期限が切れたのか、僕はほぼ死んだ状態で床に落ちた。そして復活する間もなく、からだが宙に浮かび上がる。上半身と下半身が何らかの異常な力によって切断され、胴体から血液が噴き出すのを目にした。そして天井から地面に叩き落とされ、その状態で全身が圧迫されていった。丸める勢いで、潰され、僕は呼吸ができず、かふかふと息を吐くことしかできず、酸素が頭に回らない、だから、こればかりは、死ぬかと、思って、意識が、飛ん――――――――――――――――
「これでも、死なないのか……」
目を開けると、すべてがリセットされていた。違ったのは周囲の風景だけ。廊下に真っ赤な血液が付着しているだけで、それも時間と共に薄れていくだろう。振り返ると、なずなが僕を見ながら唖然とした顔をしていた。
どうしたんだろうか。
意識が戻ったのならば、早く、逃げてくれないと――
「かい、と?」
その表情は、どこかで見覚えがあった。
ああ……思い出した。この世界に初めて来たとき、僕と初めて戦ったあの男が浮かべていた表情に近いな。つまり、自分と違う存在に出会ったとき特有の、恐怖。
「なずな、怖いか?」
「ち、ちがっ、あたしは、怖がってなんか」
振り返って、その手を引いて立たせてやると、なずなの肩を軽く押した。
「恥ずかしいんだ。これ以上、見ないでくれよ」
思えば、なずなの目の前でこんな酷い戦いを見せたことはなかったのかもしれない。彼女がいれば、僕を積極的に守ってくれようとするのだから当然のことだ。いくら戦乙女の如き強さでも、今のメンタルに僕の戦い方は目に毒だろう。皮肉にも、おかげで彼女の意識が復活したんだけどさ。
「あっ」
そう呟いて、なずなは踵を返し廊下を駆けて行った。残された僕は、ゆっくりと振り返って【キラー】と対峙する。どうやら、彼は黙ったまま何かを考えていたようだ。そしてようやく、顔を上げる。
「ああ、そうか。別にあなたを直接的に殺す必要はないんだ」
そう呟くと、【キラー】は細長い腕を宙に掲げた。なにが起きる? 勘ぐったときんはすでに、その手のひらから真っ白い光線が放たれていた。
両手で顔を庇う。しかし、光線は僕の肘を掠めながら、廊下の遥か後ろまで伸びていき――なずなの、悲鳴が聞こえた。
「っ!? なずな!」
振り返ると、廊下の先でなずなが倒れていた。彼女の手は見えない壁のようなものに触れたまま、ゆっくりと床に落ちていく。追いかけようと踵を返すと、肩にそっと手が添えられた。
「ほら、急がないとヒロインが死んじゃいますよ?」
ぶつり、と音がした。肩から手まで、右腕がごっそりと消滅していたのだ。脳内を蟲に食い漁られているような激痛が全身を貫く。薬が切れた。叫び声を上げながら、回復していく腕を庇い壁に背を預けた。
「くっ、なずな……」
「あれ、痛いんですか?」
ポケットの中に入れていた薬品を取り出す。片腕だけでうまく扱えない。ポケットからこぼれ落ちた注射器が、リノリウムの床に当たって鈍い音を立てた。膝を折って拾おうとすると、目の前に【キラー】が立ち塞がった。
「なるほど、薬で痛覚を麻痺させていたんですね。確かに、あなたの能力にとって痛覚は非常に邪魔な存在だ。でも、もう駄目ですね」
そう言って、注射器は【キラー】によって踏み躙られた。ガラスが割れる音が、絶望的な調べを伴って聞こえてくる。そんな――もう、薬が切れたのに。僕は、どうすればいい? 痛覚は僕から冷静さと客観的な視座を奪い取る。痛いと、叫びたくなってなにも考えられなくなる。
「あっ、がっ」
伸ばした左手を、踏みつけられた。ただでさえ右腕の損傷から生じる痛みで意識を失いそうなのに、さらに刺激が重ねられていく。
激痛が精神を犯していく。痛みが怖い。こんなに……痛いって、怖いことだったんだ。いやだ、死にたくない。誰か助けて。
「や、やめっ、ああ」
痛い。痛いのは怖い。【キラー】がなにか喋っている。そんなどうでもいいこと耳に届くはずがないだろう! 僕は痛いんだ。薬がないと、このままじゃ痛くて痛くて死んでしまう。もう死んだほうがマシだ。痛いのは辛い。死にたくない。死んだら楽になるんじゃないか。生きて、僕はなんのために戦っているんだと笑う男の声が頭を蹴り飛ばしたんだ。首がどこか遠くで泣いている。貫く剣に笑い声がふざけていると遊んでいる。煙が腕に纏わり付いて、左腕が右腕を同化するように戯れる子どもたちの叫び声。
「あっ、あっ」
助けてと叫ぶ鼓動は誰にも愛されない永遠の欲望を遠からず短し僕の御霊に捧げよと誰かは言った。僕と僕の腕がない。もはや君のことだけを思考することは許されず釈放されるべき大罪人は業火と共に天へと登る。
――腕が、治った。
「……あ」
自分の意識が遥か遠くへ飛んでいた。痛みの消失に伴って、自分がいまなにをしているのかをようやく理解する。目を開けると、足音が聞こえていたことに気づいた。倒れている僕の遥か向こうでは、なずなの元へ近づいている【キラー】の姿があった。
「や、やめ」
駄目だ。立ち上がれ、そしてなずなを救わなきゃ――彼女は、殺されてしまう。あの男は僕を殺せないと知ったから、ならばとなずなに標的を変えた。なずなを殺せば、僕を精神的に辛い目に合わせられると知ったからだ。
「やめろ!」
【キラー】がこちらを振り返る。そして肩を光線で撃ち抜かれたなずなが【キラー】によって持ち上げられる。苦しげに呻くなずなの顔が、涙を溜めたその瞳が、僕を見た。口が動いている。彼女は僕に、なにかを伝えようとしているんだ。でもそんなの――聞きたくない。
「やめてくれ! 頼む、僕はもうこの世界を去る! だから、頼むから彼女だけは、殺さないでくれ!」
【キラー】の手がなずなの顔を覆い尽くす。
やめろ。
やめてくれ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」
――――かちり。




