42『悪役』
「正解ですか?」
僕は首を振った。まさか、なずなの前で彼の答えを肯定するわけにはいかないだろう。
「なにを、馬鹿みたいなことを」
「ああ、そりゃあ、言えないですよね。こういうのじゃ、隠すのが定石だ」
やはり、彼は僕と同類だ。こんな世界になるより前に、多くの物語に触れて大量のデータベースを共有している。そして世界の螺子が外れて、自分に都合の良い、住みやすい世界になったとき、きっと興奮したことだろう。
僕はこんな男まで、生み出してしまったのか。
「勘で言わせてもらいますが、あなたはこの世界の創造者だ。そしてきっと、この世界に何らかの方法で《転生》させられた。目的はわからない。でもきっと、この学校になぜかウィルスが存在していない、その理由と関係がある。ああ、ようやく会えた……僕の、敵」
「ぶっ飛んだ思考だな。妄想が趣味の僕でも、さすがにそこまで壮大な物語を構想することはできないよ。作家にでもなればいいんじゃないかな」
表面だけはなんとか取り繕えたけれども、まさかここまで言い当てられるとは予想外だ。僕以上に想像力があるんじゃないだろうか、こいつ。
「でも、あなたじゃ作家にはなれない」
「は……?」
しかし、続けられた【キラー】の言葉は、もはや理解できなかった。まさか「作家に」というワードに反応してくるなんて意味がわからない。
「あなたは、もとの世界で、人を殺したことがありますか?」
僕の回答など求めていないとでも言うように、【キラー】は続ける。
「あなたは、もとの世界で、女を犯したことはありますか?」
まるで、自分はこんな世界になるより前に残虐な行為をしていたと自慢するような言い振りで、彼は続ける。
恐怖と同時に沸々とわきあがるこの感情は、なんだ。
「あなたの世界は、細部において綻びがある。妄想を正当化するために下手にリアリティを導入しようとしているようだ。ウィルスの機能についても、そう。ガスマスクを被ったなにかに影響を受け、突貫工事の如く妄想を初めてしまった。理由はどんどん跡づけられる。荒廃した世界を描きたかった。ウィルスの能力が追加される。繰り返すことで、身動きが取れなくなる」
ずっと昔に妄想した世界がここだ。覚えてはいないけれど、まさかすべてが彼の言う通りというわけでもないだろう。しかし、恐らくは幾つかの部分においては、的中していると言えるかもしれない。
この世界の設定の居心地の悪さは、確かに僕も感じていた。
その理由を――彼は、下手なリアリティと呼んだ。
「それならいっそ、魔法でもなんでも使えるような荒唐無稽な世界にしてしまえば良かったんだ。でも、あなたはリアリティを追求しようとした。その結果、世界には綻びが生まれる。僕みたいな奴に、気付かれてしまう」
でも、と【キラー】は前置きをした。
「僕なら、もっと素晴らしい世界を作れた。なぜ、あなたなんだ。どうしてこんなクソみたいな世界を生み出しておきながら、のうのうと主人公みたいな面して生きられる!? 恥ずかしいと思わないんですか!?」
【キラー】が激情する理由は、恐らく猫ヶ谷が僕に対して嫉妬する理由と似ているのだろう。自分が主人公になるはずだった。でも、選ばれたのは僕だった……理不尽だと、彼らは僕を訴えるんだ。
「僕はあなたよりもリアルを知っている。こんな世界になる前から、何人も殺してきた。女だって、たくさん犯した! リアリティがあるのは僕の方だ! あなたじゃない、こんな、中途半端な童貞が考えたような妄想、誰が面白いと思うんだ!」
そこでようやく僕は、気づいた。
ああなるほど――僕がこいつに抱いていた感情は、怒りか。
「……ふざけるな」
「ふざけてるのはあなたの方だ!」
「違う!」
なずながいるんだ。抑えなくちゃならない。
わかってはいるけれど、溢れ出す言葉を止められない。
「妄想は、妄想のままじゃなくちゃいけないんだ! この世界を創造してしまったことは、僕だって後悔してる! どれだけこの世界にいる人たちが苦しんだと思ってるんだ……僕は、こんな世界、大嫌いだよ!」
「じゃあその権利を僕に渡せ! あなたにはもったいない!」
「だからふざけるなって言ってんだよ! なに自慢気に人殺し語ってんだよ、てめぇのやったことは、ただの犯罪だ! 主人公になんてなれっこない! お前はただの異常者だ!」
「妄想は妄想のままにしておけって? でも、あなただってこの世界にやってきたとき、少なからず興奮したはずでしょう。ゲームやアニメなんかじゃない、本物の異世界だ!」
そうだ。僕は彼の言う通り、この世界に来たときは興奮した。美鈴さんというヒロインを見つけ、なずなと出会い、自分にチートな能力が手に入ったことに生き甲斐を見つけた気すらした。僕の生きる世界はここだと、確信していたんだ。
でも、もう違う。
妄想は、妄想であるからこそ美しいんだ――現実なんて、どれだけ形を変えようと現実に違いはない!
そこにはちゃんと、生きている人間がいるんだ。
「話は、それだけかよ」
だから僕はもう、迷わない。妄想がなんらかのきっかけで世界を構築してしまうのならば、もうしない。この世界のような悲劇を繰り返さないために僕は――大好きだった妄想を、捨ててやる。
「……主人公には、なれませんでした。だから、こうしてあなたの前に僕は立ち塞がるんです。悪役として、あなたを殺すために」
「役割、ちゃんとわかっているんだな。なら、もう結果は見えてるだろ」
「いえ、最近じゃ、その悪役にやられる主人公も多いんですよ?」
確かに、そうだよ。
でも僕は絶対に、負けたくないんだ。
こんなクソ野郎にだけは――負けたくない!
「視力を返しますよ」
【キラー】がそう言うと、目頭がぐっと熱くなった。恐らく蘇芳が持っていた眼球を完全に破壊したのだろう。眼球というデータは消去され、僕の瞳に戻ってくる。ようやく、大敵を目にすることができた。
「そういうのなんて言うか知ってる?」
【キラー】の性格はもういやというほどに理解した。彼は、劇的な戦いを演出するために僕の視力を返し対等の戦いをしようと言うのだろう。
しかしそんな余裕は、一言で片付けることができる。
【キラー】は答えを理解しているのだろう。不敵に微笑んで、僕にその言葉を譲った。なるほど、お前は大した演出家だよ。
でも、だからこそそんな余裕は――
「死亡フラグって、言うんだよ」




