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41『Context』

 物音が聞こえた部屋を前にして、なずなは銃を構え僕は彼女の手を握りながら扉を勢い良く開け放った。視力を失っている僕に、その部屋の内情を見ることはできなかった。だけど何か異常事態が起きているという事実だけは、なずなの聞いたこともない音量の悲鳴で理解することができた。


「いやあああああああああああああああああああああ!」


『海斗君!? 今の、なずなの悲鳴!?』


 通信機から聞こえてくる美鈴さんの声。彼女からは、すでに校庭と一階の制圧は完了したと伝えられていた。後は蘇芳を倒すだけ――ただし、殺すつもりはなかったんだ。なずなの気持ちはわからない。だけど、きっと彼女も心のどこかでは実の姉である蘇芳を殺したくないと思っていたはずだ。


 だから、総員で突入されて万が一にも彼女が殺されないようにと、僕はなずなに手を引かれながら蘇芳を探していた。


「う、嘘っ、どうして、お姉ちゃんが、なんで」


 だから、なずなの悲鳴と呟きから考えて、蘇芳に何かがあったことはすぐに察することができた。恐らくは蘇芳がすでに、死んでいるということもまた。


「なずなっ、何があった!?」


「あっ、い」


 もはや彼女はショックから言葉を発することができなくなっていた。だから今の状況は非常にまずい。視力を失われている僕には、何が起きているのか全貌を把握することは不可能だ。だけど、この部屋で蘇芳に何かがあったということはつまり、どこかに第三者が存在することを意味している。


 それは部屋の中か、あるいは学校内か、あるいは身内か。

 そんな疑問は、聞こえてきた男の声によって即座に解消された。


「見苦しいところを見せたかな。すみません、でもこれ、僕の能力チカラなので」


 そして聞こえてくる水音と、咀嚼音。


「誰だ!?」


「はじめまして、この世界になってからは【キラー】と呼ばれていました」


 異常事態において、あまりにも場違いな丁寧な口調。そして【キラー】というあからさまなコードネーム。通信機の先で、美鈴さんが息を飲む音がした。


『……嘘、どうして《彼》がここに』


 彼? 美鈴さんはもしかして、僕らの前に立ち塞がる男のことを知っているのだろうか。それを問うと、美鈴さんは震えた声で答えてくれた。


『【キラー】は、あなたとユーリカちゃん以外なら、きっと都内で生き残っている学生は誰もが知っているはず。そして彼がまた、三ヶ月前に何者かによって殺されたという事実も……とにかく、今すぐ逃げて、海斗君』


 できることならそうしたい。さっきから、教室の扉を開けてからというものの、身の毛もよだつというか、呼吸が乱れ出したというか、とにかく全身が緊急事態だと僕自身に伝えているんだ。


 だけど、なずなは今や正気を失っているし、僕は目が見えない。【キラー】と呼ばれるこの男に迂闊に背中を見せようものなら、即座に背後から殺されそうな――そんな、いやな想像がどうしてか頭を巡る。


「美鈴さん、今すぐ、仲間を」


「お話中、すみません。少しだけ、お時間を頂けないでしょうか?」


 【キラー】がそう言った途端、通信が乱れ、ノイズが邪魔をして美鈴さんの声が聞こえなくなってしまった。何が起きたのかわからない。それでも目の前にいる奴が何かをしたことだけは間違いないんだ。


「お前の仲間は、もう逃げた。ここにもすぐに僕らの仲間がやってくる。そうなったら、どんなにお前の能力が強かろうと、勝ち目はない」


 こけおどしであることは自覚していた。でも、そんな安っぽい虚勢を張ることしか今の僕にはできなかった。声は震えていないだろうか。表情は強張っていないだろうか。腰は引けていないだろうか……ただ、恐い。


「もとから僕は個人行動を許可されていました。だから、仲間なんてものはないに等しいんです。あと、ここにあなたの味方がやって来るという話ですが……残念ながら、あり得ません」


「どうして」


 【キラー】は飄々とした声で、言いのけた。


「便利な能力があったんです。彼女は確か、うーんと、そう《のぞみが丘》の人だった。肉付きの良い、かわいらしい女の子でした。美味で……」


 彼の発言を聞いている内に、総毛立つのがわかった。今まで提示された情報だけでも、僕は彼の能力を推測することができるはずだ。なぜなら、彼のような能力者はあらゆるフィクションに昔から登場していたから。


 《人を食らう》能力――ただその一つだけで導き出される答え。


「……人の能力を、奪えるのか」


「えっ、まさか、僕のこと知らなかったんですか?」


 まるで自分の存在があらゆる人々に認知されていることを当たり前だと思うような言い方だった。まったく、能力を隠すつもりはなさそうだ。


「おかしいな、あなた、どうして僕の能力を聞いたことがないんですか?」


 二の句を継げなかった。まさか、こいつは僕の存在を知っている? いや、そんなはずはない。美鈴さんと悠弥にしか教えていない情報なんだ。だから、こんなすぐに推察されるはずはない――と、焦る思考は一つの糸口を見つけてから、徐々に冷静になっていった。


 その糸口とはつまり、僕が彼の能力をすぐに推察できたように彼もまた、僕の存在をある条件下においてならば推察できるのではないかということだ。


「死んだはずじゃなかったのか」


「そうしておいた方が便利でしょう。まあ、今回の一件であまりに多くの人たちに僕の嘘がバレてしまったから、同じ手は使えませんが……ただ、あなたの先ほどの発言から、明らかに僕の存在をそもそも知らなかった」


 取り繕うように答えた一言に、【キラー】は簡単に騙されてくれない。美鈴さんたちと出会うより前に彼は公には死んだことになっていたんだ。ならば、僕が彼のことを知らないのも無理はない。恐怖は、思い返すことすら恐怖になってしまうのだから。


「《死なない》能力、僕の存在を把握していない、この学校の制服」

 

 僕の思考が整理されていくのと恐らくは同じ速度で、彼の思考もまた整理されていっているはずだ。パズルが組み合わされていく。彼もまた同様に。


「そして屋上の、奇妙な感覚」


 なぜ彼は、こんなにも早く僕の正体に近づくことができたのか。それは彼もまた、僕と同じように類似するものを見てきた――あるいは、妄想していたからだろう。

 断片を、記憶と重ねていく。たった少しのヒントだけで、僕らは共通する背景を持っているからこそ、答えに辿り着くことができる。


「ああ、そうか……あなたは」


 だからきっと、彼と僕がある一つの解答にたどり着いたとき、それはほぼ同時だったんだ。

 

「この世界の人間では、ないんですね?」


 彼は猫ヶ谷と同様に、この世界で二人目に出会った僕の同類なんだ。

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