36『キリガクレ』
学校の周囲に置かれているバスをくぐり抜け、僕とユーリカはなんら攻撃を受けることなく校庭に入ることができた。逆に、あまりに呆気なさ過ぎて違和感を覚えてしまう。きっとどこかで、誰かが見ていることは間違いない。
「攻撃、してきませ――」
ユーリカが、当然の疑問をぽっと口に出そうとした瞬間のことだった。
銃声が響き渡り、彼女の脳漿が弾け飛んだ。カモフラージュのために被っていたガスマスクが、落ちる。
『じゅ、銃声が!』
イヤフォンからは美鈴さんの不安げな声がした。しかし、こんなことで一々動揺しているわけにはいかない。ユーリカが衝撃で倒れていく角度から、敵の攻撃位置を探す。リスクのない銃でわざわざ撃ってきたんだ。敵は確実に僕らを試している。
「ユーリカ、まだ起き上がらないで」
一斉掃射を浴びてしまえば、死ぬことはないが同時に身動きも取れなくなってしまう。ゆえにまず、敵をこちらにおびき寄せる必要がある。
……見つけた。
学校の三階、二年B組のクラスからだ。あの微かに開いている窓の隙間から狙ってきたに違いない。恐らく、もうすぐ僕を狙った一撃がくるだろう。
相手もプロじゃない。走る的を撃ち抜くのは、不可能なはずだ。
「よしっ」
思い立って、走り出す。ユーリカはまだ倒れているが、きっと僕の作戦を理解してしばらくは死んだフリをしてくれることだろう。
銃声が聞こえた。しかし、僕には当たらない。
「待ちやがれ!」
顔を上げると、校舎の入り口に男が立っていた。並ぶように数人が銃を構えていて、男の声に応じて銃口がこちらを狙う。
「掃射!」
そして大量の銃声が響き渡る。なにも感じない、ただ、衝撃だけがからだを不思議な感覚に陥らせる。立ち上がることができない。ぼろりと足が崩れ落ちた。しかしくっついている限り、修復はできる。
「……かっ」
倒れ込む。
さすがに相手も僕を死んだと思うだろう。そして、なぜ僕ら二人だけがやってきたか不安に思うはずだ。爆弾を抱えている可能性もある。それでも、しばらくすればきっとすぐに死体を確認しにやって来るだろう。
『海斗君、大丈夫?』
「へいき」
耳元のマイクにだけ聞こえる声で、呟いた。ガスマスクを付けていると口元が隠れるし声もこもるので、相手に悟られないのが便利だった。
奴らが死体(と思っている僕)を確認するまで、暇つぶしができる。
『この後、どうするつもり?』
「きっと、誰かが慎重にではあるけれど、僕に近づいてくるはずだ。さすがの能力者とは言え、血まで出て、足まで取れかけたら、誰だって死んでいると信じ込むよ。運良く、硝煙と回復の煙が重なってごまかせてるし」
『そいつを人質にするってわけ?』
「うん。だから美鈴さんは、今のうちにみんなを近付けて。遠距離の攻撃ができる人たちにはガード越しに一斉掃射を。もちろん――」
『それは、無理』
言うことが、事前にわかっていたのだろう。彼女は制すように、僕の言葉を遮った。つい、笑ってしまう。
「どうして?」
『だって、今回は規模が大き過ぎる。誰も殺さないようになんて言ってたらきっと、こっちがやられちゃう。みんなも……あなたと違って、人を殺した経験はきっとあるはずだから』
あなたと違って、か。
なかなかに響く一言を、美鈴さんはきっと焦って無意識に言ったのだろう。もちろん、無意識だったら嬉しいなという、希望的観測に過ぎないけど。
「わかった。そのポリシーは、僕だけが守ることにするよ」
『……海斗君、足音』
美鈴さんの言葉で、自分に近づいてくる足音に気付いた。どうやらようやく僕らの死体を確認する勇気が出たらしい。慎重に、すり足で近づいてくるのがわかる。なんか棒みたいなのが視界に入ってきて……ああ、これ銃口か。銃口でつつかれながら、足でからだを仰向けに転ばせられる。
だからその一瞬を狙って、手を伸ばす。
「なっ――」
「……掴まえた」
思いっ切り男の足を引っ張って、その場に転ばせる。遠くで銃を構える音がする。咄嗟に男の首に腕を回した状態で、からだを起こした。
「なっ、お、お前、生きてっ」
「残念、僕はゾンビだから」
そう言って、男を拘束したまま立ち上がる。すると僕の後ろからも悲鳴が上がった。男に馬乗りになったユーリカが、ナイフを首元にあてている。
視線が僕らに集中している。じっとりと、首筋に汗がついた。
だからこそ、今だとイヤフォンに向かって話しかける。
「人質は二人確保。いいんじゃない、そろそろみんな来ても」
『了解』
頼もしい一言が聞こえてきた。チャンネルがいつの間に切り替わっている。凛々しくて、荒々しいこの声の持ち主は――なずなだ。
爆発音がした。いきなり立っているところに影がさしたので、なにかと思って空を見上げてみると、そこにはバスが飛んでいた。
くるくると回転しながら、一台のバスは僕らの前に落下する。
「派手すぎるよ」
「うるせえよ、かっこつけやがって」
そう言って、なずなは僕の隣に立った。
気づけば、エメラルドグリーンのベールに包まれた突撃部隊が一斉に校庭に転移されてきた。僕に気を取られていたせいで、彼らは集中攻撃するチャンスを失った。一気に形勢逆転だ。
そして僕らが暴れている間に、第二陣が美鈴さんの指示のもと、迂回して学校を包囲する。内と外、一人として逃がすことなく投降させるのが今回猫ヶ谷が出した指示だった。
復讐の怨嗟に蹴りをつけるために、彼は敵を全滅させるだろう。
認めたくはないが、それが最も有効な方法であることは間違いない。
「ほらよ、追加のお薬だ」
そう言って、なずなは僕に注射器と薬のセットを渡してくれた。
「頭撃たれてたろ、あの子。もう一回撃たねえと、効果切れんぞ」
なずなの言う通りだ。お礼を言うと、急いでユーリカのもとに駆けつけた。馬乗りしていた男はすでに他の仲間たちによって拘束された。手持ち無沙汰に立っていたユーリカが、僕を見つけて場違いに手を振った。
「海斗さん! 私、凄いですか?」
恐らく、薬物投与による副作用で興奮しているのだろう。悠弥に言われたように、僕もまた慣れるまではこの精神の高揚感に悩まされた。からだは熱くなり、ただ無意味に盛り上がってしまうのだ。突破を終えたのだから、あとはユーリカに引き下がってもらうべきだろう。
薬はピンポイントで痛覚だけを遮断する。決して感触まで消えるわけではない。かと言って、油断をしていると無意識に舌を噛みちぎっていたり、拳を握りすぎて指を折ったりしてしまう。僕もまた、慣れるまでずいぶんとかかったんだ。
「凄いよ、凄いからとりあえず物陰に隠れて……」
なずなたちが吹き飛ばしてくれたバスのおかげで、なんとかからだを隠す場所を確保できている。僕らは再び注射を打って、突撃部隊が撹乱している隙に別の校舎を通って学校に入った。数歩下がってユーリカが付いてくる。
「外にいる敵が全部……なわけないよな」
違う校舎から攻め入ることを許してしまえば、相手の前陣を後ろから攻撃することを許すことになる。ならば普通、ここにもいくらか防衛に人数を割かなければならないはずだけど……
「……霧?」
自然と、足が止まる。
なぜ、校舎内にも関わらず霧が辺りに蔓延しているんだろうか。
「海斗」
「ふおうっ!?」
後ろから突然声をかけられて、驚いて跳ね上がってしまった。
なんてことはない、そこにはガスマスクを外したなずながいた。
「なずなさん、どうもです!」
と、またしてもユーリカが場違いに元気な挨拶をする。早いうちに、どこかの教室に隠れさせないとまずいだろう。
なずなのことだから、きっとユーリカの姿を見て僕を叱咤するだろう。
今までの付き合いから、僕はそんな反応を当たり前に予想していたのだが……
「わ、悪い、駆けて行ったもんだから、美鈴から護衛を任されてるんだ」
「あ、そ、そうなのか」
予想は外れ、肩透かしをくらってしまった。
露骨にユーリカが嫌そうに頬を膨らませる。しかし今はそんなこと気にしている余裕はないだろう。どうしてか、なずなの調子がおかしい。
「か、勝手に付いてきて、変だよな……本当に、すまない、あたし、どうも頭が変みたいだ。なあ、教えてくれよ、お前には《見えてるか》?」
なずなの言っている意味が、良くわからなかった。ユーリカと顔を見合わせるものの、彼女も首を傾げている。
なずなの顔色は未だに悪かった。どうしたのかと、手を伸ばして彼女の肩を叩こうとしたその瞬間、伸ばした僕の腕が吹き飛んだ。
「っ――ユーリカ、お前はその教室に入って隠れてろ!」
「こ、これ、うそ、まさか」
ユーリカは言われた通り、教室の扉を開けて中に入った。吹き飛んだ僕の腕はなずなの向こう側に転がっている。そして、目の前にいるなずなは、真っ青な顔をして両手を抱え、震えている。
こんななずなを、初めて見た。
「久しぶりじゃない、なずな」
急に、腹部に違和感を覚えた。
なにかを思って見下ろすと、そこには長い刀が僕の腹を貫いていて。
「ね、姉さん……」
「嬉しい、覚えていてくれたのね……なずな」
振り返ると、そこには。
霧に包まれた、顔に大きな切り傷を負った女性が立っていた。




