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35『のろし』

「……掴んでた情報は、ガセだったわけか」


 突撃部隊隊長である僕を中心に、先頭からミルフィーユのような構造でガード能力者、アタック能力者を重ねて配置している。これだけで五十人はいるだろう。巨大なコミュニティでなければできない陣形だ。


 しかし、僕らは攻めあぐねていた。どうやら、彼らはもとから僕らのコミュニティに攻めてくる気はなかったらしい。少なくとも現時点では、敵は守りに徹していた。つまり攻めてくるという嘘の情報を流し、僕らを騙したわけだ。


 二日ほどかけて万全の準備を施された、まるで要塞のような学校。


 そもそも、どう足掻いたところで相手が有利な戦いなんだ。僕らが気づくのがもう少し早ければ良かったものの、二日という時間は学校を要塞に変えるには十分過ぎる時間がある。逆にこの情報をもっと事前に知っていたとしても、僕らがアジトを改造している間に奴らは攻めてきていただろう。


 ハンデありきの戦いだなんて、正直、今まで何度も経験してきたけど。


「これは、ひどいですね」


 隣にいるユーリカが、呟いた。


 彼女もまた僕と同じ能力を持っている。ならばということで、猫ヶ谷に頼んで僕の直接的なサポートを任せることにした。彼女は多くの戦争を見てきただろうが、実際に経験するのは初めてのはずだ。

 

 例え兵器などを使わない、ほぼ生身だけの戦争だとしても、この世界では兵器よりもずっと生身の方が怖い。なぜなら、能力があるからだ。


『聞こえますか?』


 美鈴さんの声が、イヤフォンから聞こえてくる。つい数時間ほど前のことがあるから、返事をするのも躊躇われる。きっと僕の声なんて聞きたくないだろうと思ってしまうと、物凄く気まずい。


『状況は?』


「最悪。校庭には有刺鉄線が張り巡らされているし、でっかいトラックがそこかしこに止まってる。なんだか、霧みたいなものが辺りに漂っていてすっごく視界も悪いよ。もしかすると撤退した方がまだマシかもしれない」


『……転移能力を使う作戦も、じゃあ』


「無理っぽい。見張りとかに人を割いていないんだ。きっと、転移能力を警戒して校庭のどこかで大勢が待機してる。転移後のラグで、一斉攻撃を受ける可能性の方がずっと高い」


 一人、僕らのコミュニティには近距離の転移能力者がいる。数は限られているものの、四十人程度であれば一斉に離れた特定の場所に自分ごと飛ばすことができるというものだ。しかし、転移能力にはラグが付き物だ。転移した後、しばらく誰も動けない状態が一秒だけ続く。この一秒は、こういった大規模な戦いの場合、致命的になりかねない。


 きっと敵もそれを警戒して、人員を絞ったのだろう。

 有志で集まっただけはある。一筋縄ではいかないようだ。 


「作戦を変更したい」


『……それは』


 ユーリカを見ると、彼女も頷いた。


「僕とユーリカが――」


『それは駄目!』


 耳がキーンとなるほどの大音量で、美鈴さんは否定した。


『あなたたちが、いくら死なないと言っても……そんな、傷だらけにするようなこと、絶対に、したくない』


「でも、そうするしかないんだ」


『だけど、でもっ』


 美鈴さんはもう泣きそうな声だった。胸がさらにきつく絞められる。ごめんね、と何度も心のなかで呟いた。声に出したら、折れてしまうんだ。


 彼女だってわかってる。突破口は、それしかないって。

 きっと猫ヶ谷も理解して僕らを突撃隊長に任命した。


「美鈴さん。僕は、まず目先のことだけを考えてる。君たちを置いて、逃げるように去ったりはしない。まずは、無力化をすることを心がける」


『そんなのを、心配してるわけじゃない……』


 わかっているよ。だって君は、本当にやさしい人だからね。

 でも、あんまり悠長に敵を待っている時間はないんだ。ここで撤退して、奴らが攻めてくるのを待っていたら、きっと遅い。だからと言って、他のみんなを危険に晒すわけにはいかないだろう。


「言ったでしょ、痛みはプログラムが間違っていますよってアラートなだけ。パソコンで、たまにびくってなる、ポップアップ的なあれだよ。だから大丈夫。僕たちは、絶対に死なないから」


 そしてその痛みさえ、僕らは無効化することができる。

 美鈴さんはもう説得するのをやめたらしい。それでいいんだ。ユーリカにも注射を渡し、ともに薬を注入する。


「いい、ユーリカ。今から、きっと君は酷い目にあう」


「大丈夫ですよ。きっと私、海斗さんよりグロ耐性ありますから」


 そういう問題なのだろうか。こんな状況にも関わらず、笑わせてくれるユーリカには本当に頭が上がらない。だから僕も、軽口で返してやる。


「虫も苦手なのに?」


「虫は別です。あれは、宇宙外生物ですから」


 宇宙外ってなんだろう。どこを指しているのだろうか。

 ようやく、頬をつねっても痛みを感じないくらいにはなった。学校に辿り着くことには完全に回って、足元の感触すら覚束なくなっているだろう。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 ユーリカはなぜか僕の手を掴んで、微笑んだ。


 さあ、行こう。

 僕が生み出したこの世界における最大の戦いに――終止符を打つために。

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