30『嘘じゃない』
「待ってたぜ」
「うん、待たせた」
悠弥は厨房のステンレス製の作業台に座りながら、缶詰を食べていた。保存食は本来、有事のとき以外には食べないって規則があったはずなんだけど、この無法者には関係ないらしい。
まあ、実際こいつは元スパイだし、コミュニティの利益とか考えたこともないのだろう。鯖缶に入っている鯖を手で摘んで、悠弥は口に放り投げた。
「んー、酒が欲しいね」
「お前、まだ未成年だろ」
「おかたいねえ。ヤクやってる奴が、なに言ってんだか」
好きでやってないし、知らない人が聞いたら誤解するような発言は控えて欲しい。悠弥なら、酒から女まで手を出してそうだけど。
「本題に入るか? それとも、ちょっと雑談でも?」
「いらない。別に、悠弥と話すことはないし」
「連れねー。なんだよ、お前、そんなんだからオタクとか言われんだよ」
「ぶっ――」
なんで知ってる。いや、言われたことないけど、言われないようにしてるから! だから、どうせカマかけたつもりなんだろうけど、それよりもショックだったのはカマをかけられるほどには察されたということだ。
まさか、滲み出てるのか……?
「あ、ビンゴ?」
「……元、だよ」
今は、だけど。
「ちなみに俺も少しは理解あるぜ? モテるために、あらゆる情報をチェックしてた頃があってだな、メインカルチャーからサブカルチャーまでなんでもござれってんだ。たいてい、知ったかぶれる」
知ったかかよ。一番、僕みたいなオタクが嫌いなタイプだ。
「本題に入るよ」
「おお。待ってました」
茶化される。脱線させたのはお前だろう。
「でも、交換条件がある。情報はすべて話す。代わりに」
「俺に協力して欲しいって?」
僕は、頷いた。
いや、実際は協力ではないんだ。ただ、事が事なだけに、いまは少しでも不穏分子を潰しておきたいというだけのこと。
そんな僕のごまかしを、悠弥はまた見抜いていた。
「違うだろ。協力じゃねえ、正直に言ってくれよ」
あっという間に看過される。予想はしていたけれど、やっぱりこいつと話すときに嘘はダメらしい。諦めて、僕はため息をついた。
「話す代わりに、寝返るな」
「そうだ! それでいい。ノッた」
そう――悠弥は、もともと僕を脅す気だったはずだ。話さなければ、僕らの弱みとなる情報をすべて敵に流すと言ったふうに。じゃなければ、僕は彼になにも話さない。別に悠弥が戦力になるとは思えないからだ。
「じゃあ、話してもらおうか。朝桐海斗、華麗なるその過去を」
僕はもう、半ば仕方ないことだと諦めていた。どうせ悠弥にはバレてしまうんだ。なら、最初から真実を話してしまえばいい。それで、笑われるのならばそれでいい。信じられて引かれても、どうでもいい。
むしろちょっとだけ、誰かに話したかったりはしたんだ。
「僕はね、この世界の人間じゃないんだ」
*
すべてを話し終えると、悠弥は食べ終わった鯖缶をゴミ箱に見事投げ入れることに成功した。からん、という音が静かな厨房に響き渡る。
「なるほどね」
思いの外、悠弥の反応は普通だった。こんな荒唐無稽な話、信じられるような人間がいるとは思えない。にも関わらず、僕が話している間中、彼はずっと真剣な眼差しで僕を見つめていた。そして今は、これだ。
「嘘だと思いたいが、嘘じゃないんだな」
微笑みを湛えながら、指を舐めている。
「信じるんだ」
「言っただろ、俺に嘘は通用しねえって。裏を返せば、真実を嘘だって思い込むこともできないんだよ。お前が話したのは紛れもなく真実だ」
作業台から飛び降りた悠弥は、冷蔵庫をあさって新たな缶詰を二つ取り出した。慣れた手つきで缶切りを使い蓋を開けると、作業台の上に二つとも載せてから、一つを僕の手元まで滑らせた。
「バレたら怒られるぞ」
「そうか。なら、これはどうだろうな?」
そう言って、悠弥はキッチンに置かれている調味料のうち、料理用のお酒を手に取った。まだ未開封にも関わらず、なんの躊躇いもなくキャップを回し、開封する。
「飲めないだろ……」
「お神酒とかってあんだろ? 別に飲む必要はねえよ。形だけだ。儀式の上でなら、そこに年齢制限なんてない。まあ、こんな世界で年齢なんて気にしてたら製造会社もかわいそうってもんだろ」
屁理屈をこねくり回しながら、悠弥は酒をグラスに向けて傾ける。薄く色づいたほとんど透明の液体が、グラスにちょっとだけ注がれる。
「ほら、飲めよ」
「なんの儀式なんだよ、これ」
「契約の儀だろ。俺はお前らを裏切らない」
そう言って、悠弥はグラスを無理やり僕に持たせた。ていうか、ただの儀式ってんならおつまみはいらなかったんじゃないだろうか。のせられて本気で止めなかった僕も僕だけど。
「……良く、そんなことが言えるね」
「俺たちを不幸にした原因が、お前だって知りながら、か?」
そうだ。だって、悠弥には今、確かに話したんだ。この世界の創造者は僕であって、つまり彼らを地獄に陥れた張本人こそが僕だってことを。
なのに悠弥は、僕らを裏切らないと言ってみせた。驚くことも、憎しみを持つこともせず、まるでこれこそがただの雑談のように、だ。
「そんなこと言ったら、俺はお前のいる世界を生み出した奴も恨まなくちゃなんねえし、その前も、前もって、終わらない憎しみが続くだけだ。そんなんめんどくせえし、一々イラついてたら胃が何個あっても足りゃしねえ」
「悠弥、お前」
悠弥はまだ乾杯をしていないからか、何度も酒に口をつけようとして止めたりを繰り返している。なんだか申し訳なくなって、僕はとっさにグラスを悠弥の持っているグラスに近づけた。
すると悠弥はまた小さく笑って、グラスとグラスをかち合わせる。
カン、という小気味よい音が響き、僕らは酒を飲んだ。
「……まずい」
「そりゃ、料理酒だからな」
そういう問題なのだろうか。僕は酒なんて飲んだことがなかったから、きっと慣れていないことも原因に挙げられると思う。
「俺はさ、この世界、好きだよ」
唐突に、悠弥が言った。
僕は、聞き間違えたかと思って、バカみたいに訊ねてしまう。
「いま、なんて」
「だから、俺はお前の作ったこの世界が、好きだっつってんの」
どうして、そう訊ねると、悠弥は答えた。
「俺はもとから、不良になりたくて、気取ってて、色々なことをしてた。親にも勘当される寸前だったし、家だって中学の頃から出てた。だからむしろこの世界になって、せいせいするっていうかさ、なんだか、好きなことができる世界なんだなって、嬉しかった」
その感想は、形は違えど、僕が三ヶ月前に抱いていたものとそっくりだった。不良になりたいという欲望も、ある意味では、中二病なのかもしれない。
だから、なのだろうか。
悠弥が僕に興味が沸いたのも、同族だと見抜いたから。
「まっ、面白い話聞かせてもらったし、いい肴になったよ」
すでにグラス一杯分を飲み干した悠弥は、またお酒を注ぎ始めた。いやお前、もう儀式とか関係なくなってんじゃねえか。僕はもうこの一杯だけで勘弁だけど、久々に食べた鯖缶はおいしかった。
「じゃあ、僕、行くから」
「あ、おい海斗」
グラス一杯だけ飲み干して、それだけでくらくらしつつあったけど、歩くのにも、こうして呼びかけに振り向くのにも問題はない。
「なに?」
「美鈴ちゃんに、しっかり話してやれよ」
「……意味、わかんないよ」
はぐらかして、厨房を出た。
そんなこと、できるはずがないだろう。酔ったからだをなんとか動かして僕は、部屋に帰る道をゆっくりと、歩いて行った。




