28『幕開け』
まずもって、ユーリカがガスマスクを付けていないのがまずかった。彼女たちに出会ったとき、僕の行為に対する追求よりもユーリカが平然と素顔を晒しながら生きている疑問の方にみな、意識が向いていた。
真実を話したところで、恐らく信じる者はいない――いや、もしかしたら悠弥も、そして二度目の説明になる美鈴さんは理解してしまうかもしれない。だからこそ、僕は決して本当のことを話すわけにはいかなかった。
保身かもしれない。きっと、僕が話したことが真実であると信じてしまえば美鈴さんは僕から離れていくだろう。悠弥だって、そんなスケールの大きな話が真実だと知れば、僕を見捨てるかもしれない。
だから、言うことはできないんだ。
真実を隠し、彼女はとりあえず――そう、僕の腹違いの妹である設定にして、能力が類似しているという強引な話に持っていくことにした。
「で、でもさ、それにしてもだよ、兄妹にしては、スキンシップが、その、激しすぎるっていうか、あれは、ふ、ふふ不謹慎だと思うな」
四人で薬を回収し、とりあえず僕らは拠点に戻った。ユーリカは一時的にガスマスクで顔を隠し侵入に成功。さすがにコミュニティのリーダー格である僕、なずなが仲間だと言えば猫ヶ谷とその側近以外は信じてくれた。
「ああ、本当にな。お前、犯罪だぞ?」
五人で僕の部屋に集まると、深夜にも関わらず緊急会議が開催された。なんだか、小学校六年生のときに親にハードディスクに入ったエロ画像をバレたときに開催した家族会議並の緊張感だ。
「いやぁ、海斗も隅に置けねえなあ! うちの美人二人だけじゃなく、こんなかわいい妹さんまで虜にするなんて!」
「「誰が虜に!」」
美鈴さんとなずなは声を揃えて悠弥の発言を否定する。ユーリカはなにやらみんなで集まってワイワイ話すの自体が楽しいのか、さっきからにこやかな表情を崩していない。他人ごとだ。
僕はと言えば、苦笑いで「ははは」と渇いた笑いをするしかない。
「名前はなんていうの?」
「あ、ああ……えっと、その、僕の母親は日本人なんだけど、彼女の母親はロシア人で、僕も日本に帰って来てるって知ってびっくりしちゃってさ! ええとそうだ、名前だっけ、名前はね、ユーリカって言って」
「ユーリカちゃんかぁ」
美鈴さんは突然、手を伸ばしてユーリカの銀色の髪を手櫛で梳いた。ユーリカはあまり驚いた素振りも見せず、彼女の接触を受け入れている。
「きれいな髪……」
「あんまり触ると、ウィルスが散りますよ?」
と、思ったらこれだ。ユーリカの一言に、美鈴さんは手をぴたりと止めてから、そっと腕を戻していった。
なにを考えてるのか、全然わからん……
「美鈴さんですよね? で、なずなさん、それと、悠弥さん」
ユーリカは一人ひとり名指していく。きっとずっと僕を見ていたのだろう。だから、彼女たちの名前もすべて覚えている。
「ぼ、僕が話したんだ」
もちろん、こういう言い訳をしないと不信がられるけど。
「それで、海斗。お前はこの子を連れて来たわけだが、どうするつもりだ。また一人、猫ヶ谷に食い扶持が増えるとでも言うつもりか?」
なずなの指摘は最もだった。僕自身が美鈴さんという外部の人間によって連れて来られた者である上に、つい三ヶ月前には悠弥もまた猫ヶ谷に説得して無理やり仲間に入れてもらうという特例を受けた。
さすがにこれ以上、仲間を増やすことはできないだろう。
「……僕らは、あの学校に戻らなくちゃいけないんだ」
五人で歩いていたとき、ユーリカが僕の耳元で囁いたこと。
僕たちがもといた世界に戻るためには、まず来たときと同じ屋上に行かなければならない。つまり、ウィルスだらけの、僕と美鈴さんの母校。
「学校……学校、って言えば、ユーリカちゃんはどうして私たちの学校の制服を着ているの? 海外にいたんだよね?」
「えっ!?」
し、しまった。さすがにそこまで考えていなかった。
「それは、その」
僕が言い淀んでいると、隣に座っていたユーリカがテーブルの下で僕の裾を掴んだ。なにかと思って彼女を見ると、何か喋ろうとしている最中で。
「これは、海斗さんも知らないことです。彼はちょっと鈍感なところがあるので、女の子の服装に興味はないんですよ」
どうやら後は任せろと言うことらしい。しかし酷い言い草だった。
「私は兄と同じ学校に留学という体で来るつもりでした。それで、ほら、新しい制服とかって、ついつい浮かれて着たくなっちゃいますよね。だから私も、そんな感じで制服を着ていたんですが……そんなとき、この異常事態で」
「ああ……」
美鈴さんも、納得したのだろう。なずなも俯いて頷いている。
さすが説明上手。うまい言い訳だ。
まあ、約一名、きっとさっきから見抜いている奴はいるんだろうけど。
「それで、なんで学校に?」
なずなが言った。
僕が答えるより早く、ユーリカが説明を始める。
「海斗さんが、忘れ物をしてしまって」
(僕のせいかよ!)
小声でつっこむと、ユーリカも小声で返してきた。
(こういうのは真っ赤な嘘をつくよりも、限りなくグレーな嘘をついた方がいいんです! 事実を、ちょこっと脚色するくらいが)
「なに二人でこそこそ話してんだよ」
壁に背中を預けているなずなが、疑わしげな視線を向けてくる。ていうかさっきからこいつ、怖くないか?
「その忘れ物は、兄にとって……そして私にとっても、大切なもので、絶対に、失くしてはいけないんです」
「で、でもあの学校は、危ないよ? 他のコミュニティの人たちと出会わないって保証はないわけだし……」
当然の反論だ。いくら忘れ物と言えど、さすがに命を賭けてまで取りに行くほどの物ではないと普通は思うだろう。そして、逆に押し通したならば今度はその忘れ物とは何かという議論になる。
腕の見せ所だぞ、ユーリカ……っ! 完全に他人ごとである。
「でも、身に付けているものだから、簡単に失くすはずはないんです。なにか、きっと誰かに襲われたときに、落としたか……」
「――――ッッッッ!?」
美鈴さんに電流が走ったのが見えた。ユーリカの一言で、彼女は明らかに狼狽したようで、額から汗がだらだらと流れていた。
あーあ、なるほどね。
責任感、ありそうだもんなあ、美鈴さん。
「あ、あー……そ、そうなんだぁ、へー、じゃ、じゃあ探さないといけないよねー、わ、私も手伝うよー」
棒読みだった。
「み、美鈴? いや、でもあんたさっき」
「さっきはさっき今は今! 私もお手伝いします!」
「ちょ、美鈴!?」
なずなは未だに納得をしていない様子だったけど、愛する美鈴さんが手伝うと決断してしまえば裏切ることはできないのだろう。悔しそうにユーリカを睨みつけ、舌打ちをした。
当の本人であるユーリカは、勝者の余韻にでも浸っているのか笑顔でご満悦の様子だ。なんだか、僕のあずかり知らぬところで異次元の戦いが繰り広げられていたような気がする。
「じゃあ、後は俺だけかな」
と、途中から観戦を決め込んでいた悠弥が、ようやく発言をした。
「わかってるよな、俺には――」
嘘は、通用しない。
わかってるよ。きっと、お前にだけは真実を話す必要があるんだって思っていた。だから、僕もお前を無視してたんだ。
「厨房で待ってる」
「……うん」
だから、決断しなければならない。
悠弥を見捨てて、すべてに嘘をついたままこの世界を去るか。
それとも、嘘をつけない彼に真実を話してしまうか。
僕は、前者を選択するつもりだった。別に、彼らに納得してもらう必要はない。ユーリカと二人だけで、こっそりと学校に忍び込めばいいんだ。
だけど悠弥は、そんな甘い選択肢を、排除する。
「ああ、そうだ忘れてたんだけどよ」
肩越しに、僕を横目で睨めつける。
「学校。つい数日前から、占拠されてるぞ」
「……え?」
悠弥の発言に、ユーリカも驚きを隠せないようだ。ユーリカだけじゃない。美鈴さんも、なずなも、揃って渋面を浮かべて、悠弥を見た。
「だ、誰が……あんな、ウィルスだらけの場所を、拠点に?」
「それが不思議なことにな、もうウィルスは微々たる量しか残ってないらしいんだ。除染できる能力者でもいたのか、知らねえけど」
悠弥の発言に思い至ったことがあったのか、ユーリカが呟いた。
「まさか、ヒビが広がっている……?」
ユーリカの発言で、さすがの僕も理解した。あの学校の屋上は、僕の妄想の亀裂が入っている中心点だ。そして、僕やユーリカがこの世界においてウィルスに汚染されないのは、存在が確立していないバグだから。
だからもし、亀裂が広がって、あの学校自体が他の多世界とリンクを始めたら――そのときは、あの学校はすでに今までの学校ではなくなる。
他の世界と繋がった、バグとしての学校。
ゆえに、ウィルスすらも、機能しなくなっている。
「で、でも、なんのために」
「ここらで一番でかいコミュニティって、うちなんだよな」
悠弥が我が物顔で《山猫の集い》をうちと言った、そんなことは今更だからどうでも良くて、なぜその発言をいま言ったかだ。
「だから、どうだっていうんだよ」
なずなが訊ねる。
悠弥は、ふっと口元を緩めて、告げた。
「他のコミュニティの奴らが、打倒《山猫の集い》を掲げて手を組んだ。もう猫ヶ谷にも伝わっているはずさ。俺が知っているんだからな」
打倒、だって?
じゃあ、その拠点が存在する意味っていうのは、つまり――
「全面戦争さ」
悠弥は、何事でもないような表情で、あっけらかんと言い切った。
「《山猫の集い》対、余り物の集団のな」
僕たちは悠弥の発言に、返す言葉を持たなかった。




