表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

25『すべての始まり』

 猫ヶ谷に報告を済ませ、部屋に戻る。相変わらず抜け穴を使って、悠弥は僕の部屋にいた。一時的に解放されているとは言え、彼の自由行動は未だに束縛されている。僕としては、逃げられる心配がないから安心できる。


「そろそろ薬が尽きそうだ」


「三ヶ月で相当使ったな……まあ、まだ余りはあるけどよ、依存はしていないよな? ないと苦しいとか、気持ち悪いとか」


「ないよ。そもそも、薬品の効き目が薄いんだ。きっとそこにも治癒が発動しているのかもしれない。だから、依存は起きていないかな」


 僕はこの世界に来てから、一度も風邪をひいたことがない。恐らく、ゾンビのような僕の肉体は体内にある異物をすべて吐き出してしまうらしい。薬を打つときも同じだ。だから、悠弥が言うような依存症はない。


「ならいいんだ。とりあえず、いまここに余っている分だけ渡しとく。残りは……隠してる場所があるんだが、そこまで取りに行かなきゃ」


「じゃあ、僕が行く。場所を教えてくれ。美鈴さんにバックアップを頼む」


 ボロボロになった制服を脱ぎ捨てて、こないだ補充に行ったときにかっさらってきた僕と美鈴さんの学校の制服を着込む。残りはニ着か。十着以上持ってきたはずなのに、かなり使ったな。


「……お前さ、変わったよな」


「そうかな」


 悠弥は椅子を傾けて、乱暴に足をテーブルに載せている。僕の部屋の家具を我が物顔で使われるのなんて、もう慣れた。


「覚えてるか? 俺が、お前に訊いたこと……ここに来たばっかのときだよ。お前の過去が嘘っぱちだってことを――」


「場所を教えてくれ」


 悠弥はテーブルから足を下ろし、頬杖をついた。不服そうな表情をしている。


「またはぐらかすのか」


「……話すことなんてないんだよ。それだけだ」


「嘘つけ」


 彼には僕の嘘がすべてわかっていることだろう。これまでの付き合いで、悠弥の能力も理解してきた。恐らく、表情の機微を読み取るスキルに長けているのだろう。どこまでが能力のサポート付きかはわからないが、彼の嘘を完璧に見抜く技は超人並だ。迂闊に話し続けていると、ぼろが出る。


「頼む、場所を教えてくれ」


 だから、早く切り上げるべきなんだ。

 ごめんな、悠弥。

 僕はもう、そのことについて思い出すのはやめたんだ。



「ま、また出かけるの!?」


「うん。場所はそこに書いてある通りで、美鈴さんがバック・アップしてくれると助かるんだけど」


「それは、いいんだけど……」


 三ヶ月、僕は美鈴さんにおにぎりの握り方から、初歩的な料理を教えてきた。三ヶ月だ。三ヶ月かけて、ようやく彼女はおにぎりを握れるようになってきた。形は歪だけど、味はまともに食べられるくらいにはなった。


 ただ、まだ火は扱えない。なにが起きるているのか、彼女がフライパンを持つと空間の酸素量が歪んでんじゃないかってくらいに炎が逆巻くからだ。


 そんな美鈴さんは今ではこうやって、自分が係じゃないときにも厨房にやってきては他の人の手際を見て学んでいる。僕は一緒に手伝ったらいいのにって思うのだけど、どうやら他の人たちは彼女と一緒に作業したくないようだ。それは、美鈴さんが嫌われているというよりは、むしろ……


「いいんじゃないかな! 美鈴、サポートしてあげなよ!」


「うんうん、あたしたちは大丈夫だから、ね?」


 彼女のあまりの料理下手に、邪魔されたくないのが本音だろうか。


「あ、うん……じゃあ、そうする」


「「「「ほっ」」」」


 厨房中から安堵のため息がもれた。

 美鈴さん、さすがの僕も、これはフォローができません。


「でも、ついさっき取り引きしたばかりじゃない。大丈夫なの?」


 二人で厨房を後にして、僕は美鈴さんに地図を渡した。彼女の能力である空間把握を使えば、道案内はもちろん、周囲の情報を伝えれば現在地まで即座に把握できる。だからこそ、彼女はつねにサポートに回っている。


「大丈夫だよ。むしろ、薬がなくなった方が怖い。もう、あんな痛みは経験したくないからね」


 薬の使用回数が増えていくにつれ、以前までは耐えられたはずの怪我がどんどん怖くなっていった。薬品がない状態で、銃撃なんて受けたら、今の僕はきっと失神してしまうだろう。

 ある意味で、これも依存なのだろうか。


 美鈴さんから通信機を渡される。彼女も、会議室の椅子に座りながら通信機を頭に着けた。


「じゃあ、案内は任せて」


「うん。行ってくるよ」


「いってらっしゃい」


 なんだか、夫婦みたいで、物凄く嬉しい。

 いってきます、とまた言うと、僕はアジトを出た。耳元から聞こえてくる美鈴さんの案内通り、薬のある場所に向かっていく。すでに太陽は沈みかけている。夜になれば、明かりも少なくなるし人もいなくなる。


 だから、誰かと遭遇するなんて、思ってもみなかった。


『その建物を右に曲がって――』


「うん」


 美鈴さんの言葉通り、建物を右に曲がる。

 すると、何かとぶつかった。


「んっ?」


『海斗君?』


「い、いや、大丈夫、だと思う……え」


 やけに、柔らかい衝撃だとは思った。建物とか、そういうのにぶつかったわけじゃないのは、すぐに理解した。

 だから、僕は銃を抜いていた。


「……どうして、お前が」


 銃口は、ぶつかった先に向けている。

 そいつは――彼女は、僕のすぐ下で尻もちをついていたんだ。


「いたた……あっ、海斗さん」


 銃が自然と落ちる。通信機から聞こえる美鈴の声が薄れていく。


「なんで、いまさら」


 少女は立ち上がって、《白い髪》を揺らしながら、僕の腕を取った。


「お久しぶりですね、三ヶ月ぶり、ですか?」


 嘘だろう。

 あんまりにも、遅すぎないか?


 彼女の存在は、僕に、忘れていたことを無理やり思い出させる。


「ユーリカ……」


「はい、また会いにきましたよ」


【「――――誰」凛と響く、若い女の子の声。嘘だ。こんなこと、あり得るはずがない。からからに渇いた喉は、うまく声を作れない。今まで、こんな展開を幾度となく妄想してきたはずなのに、いざ現実に起きてみると、なんにも対応できないことがわかる。そう、これはフィクションではない。現実リアルなんだ。「あっ、そっち、こそ、誰、なんで」一陣の風が吹き、屋上の金網を握り締めた少女の銀色の髪がふわりと揺れる。「ユーリカ・N・トルスタヤです。向こうでは、ユーリカと呼ばれていました。どうか、よろしくお願い致します」ユーリカと、名乗る少女は、まさに僕が、あの屋上で邂逅を果たした少女だった。教師が彼女はロシアから、とか、ハーフだとか、そういう話をしているのも、断片的にしか頭に入ってこない。僕の目は、彼女の美しい青い瞳に囚えられて、離れない。ドクン、とからだが震え出す。またしても、あの感覚だ。今まで読んだ数多のライトノベルが、見てきたアニメが、やってきたゲームが、原動力となり僕の全身を支配する。「主観的世界が内在し得る、現実の数多の解釈可能性は実際に分岐を生み出します。つまりIfの世界、もしかしたら起こり得たかもしれない妄想は、事実、多世界的宇宙に確固として存在します。私たちが今から行くのは、NB489867というタグの付けられた世界です。そこは言うなれば、あなたの妄想した世界。あなたが生み出してしまった、世界の一つです」ユーリカの言葉は僕に理解することはできなかった。それでも、視界が明らかに異常を来たし、正常な判断力を奪われていることだけは《理解》できた。「しかし問題があった。本来であれば多世界はお互いに干渉することはほぼ出来ない。量子的な揺れや、超常的な意味での干渉は不可能ではありませんが、影響力としてそよ風を吹かせることすらもできません。それが、私たちの生きる多世界の常識だった」「どういう、こと」「でもあなたは、あまりに異世界を羨望し過ぎていた。取り憑かれたように、毎日屋上に通い、開くはずのない扉の前で想像をしていた。この扉が開けば、夢が叶うとでも言わんばかりに、あの屋上に対し狂気とも言えるほどの妄想を繰り返していた」ユーリカは僕をバカにしているのだろうか。きっとそうだ。「結果、あの《特定》の屋上はあなたによって数え切れない《解釈》が施され、常軌を逸した《あなたの妄想》は彼らの世界にヒビを入れた。つまりあなたの主観が、あの屋上で爆発してしまったんです。そうして屋上は多世界を繋げるワープトンネルを生み出してしまった。私が《この世界》に来れたのもそれが原因ですし、こうして今から私たちが《あの世界》に行ける理由もそれです」意味がわからないと、僕は叫んだ。「時間がありません。いいですか、良く聞いてください。あなたの本来、生きていたはずの世界はすでに多世界の干渉によって崩壊しつつあります。今、あなたの妄想によって生じたワープトンネルを通じて、多世界は一つになろうとしている」】


 記憶が、蘇る。

 思い出したくなかった、真実が、また突き付けられる。


【「あなたは本当に、妹がいましたか?」僕は頷く。結名は、僕の妹だ。「あなたは本当に、園田さんという人物を知っていますか?」当たり前だと、頷く。彼女は僕のクラスメイトで。「私を、知っていますか?」君は、ユーリカ。屋上で、僕らは出会った。僕は、朝桐海斗。高校一年生で、妹がいて、ラノベが好きで、中二病で、園田さんとたまに話すことを唯一の楽しみにしていて、そうしたらユーリカというロシアからの転校生がやって来て、そんな現実が。「現実リアルに、起こり得るとでも?」僕は、首を振った。】


 ユーリカは、微笑みながら、言った。


「連れ戻しに来ました。あなたの、世界に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ