24『リ・スタート』
どっから手に入れたのか、ライフルから連続した発砲音が鳴り響く。弾丸が隠れているコンクリートを削っていき、ちょっと視線を逸らすとコンクリートを避けて当たった弾丸が壁を抉っていた。直撃したら、ただでは済まない。
「僕、以外なら」
手に持った拳銃を、しっかりと撃鉄を起こす。警官の死体からパクったこの銃――なんて言ったっけ、S&Mだっけか、いや絶対違う。とにかく、なずなから扱いは学んだ。練習だってしっかりとこなしている。実戦でも、何度となく経験してきた。だから、失敗することはないだろう。
僕なら、至近距離で彼らを無力化することができる。
『聞こえる、海斗君?』
耳にはめている通信機から、美鈴さんの声が聞こえてくる。僕が相槌を打つと、彼女の安堵の息が漏れてきた。
『まあ、状況を見ればわかると思うけど、取り引きは中止。ガードのみんなも外で応戦しているけれど……その音、まさか』
「うん。たぶん、あっちの能力だと思うんだけど、手のひらにあったアクセサリーがいきなり巨大化して実寸のライフルになったときは驚いたよね」
『だ、大丈夫!?』
「へーきへーき。わかってるでしょ、僕は、不死身だから」
湾岸付近の倉庫で、僕ら《山猫の集い》と《海辺の家》のコミュニティとの取り引きがあった。彼らはマスクのフィルターを、そして僕らは食糧を与えるといった形で、事前の話し合いは成立していた。
だけどもちろん、戦闘になることを予測していなかったわけではない。相手だってフィルターは手放したくないだろうし、食糧と両方獲得できればうまいものだろう。それに、食糧を望むということは死を覚悟で戦いを挑んでくる可能性だって十分に考えられる。
だから、僕らはそのためにガードを付け、そして猫ヶ谷の意向でこの僕が取り引きに赴くこととなった。彼としては、僕をとっとと殺したいのかもしれないけれど、すでに何度もその試みは失敗しているため、ならば都合良く使ってやろうとでも思っているんだろう。
取り引きは一対一だった。今、こうして僕に銃をぶっ放している男は、お互いの荷物を交換した直後に、僕に銃口を向けてきたんだ。銃がもとの大きさに戻るまでのラグで、僕はなんとか無傷のまま隠れることができた。
『助けに行きたいんだけど、外も外で手一杯みたい……なずなも、身動きが取れないらしくてさっきから苛立っている声が聞こえてくるよ』
「ははっ、なずならしいな。んじゃまあ、とりあえず僕がこいつを無力化するから、そしたら外に出てみんなを助ければいいんだよね」
『……ごめんね、海斗君』
「いいんだって。もう、痛みは感じないから」
通信が切れた。恐らく、なずなたちの方に回したのだろう。美鈴さんは僕を信じてくれている。だから僕も、応えなければならないだろう。
ポケットに入れていた注射器と、薬品を取り出す。キャップを外し、注射器に薬品を吸わせてやる。そして薬品がたっぷり入った注射器を、腕の血管に差し込んだ。いつになっても慣れない、気持ち悪い感触だ。
「……くう」
なんだかいけないことをしている気分になる。いや、実際、法律的にどうかと言われれば怪しいラインではあるんだけど……すでに警察機構なんて機能していないし、どうってことはない。
気づけば銃撃は止んでいた。僕が出てくるまで、弾を温存しておくつもりだろう。でも、もう遅い。この薬を打たれる前に仕留めなかったのが、彼らの敗因と言っても過言ではないだろう。
この薬を打った僕は、痛みを感じない。
「さて、行くか」
勢いをつけて、飛び出した。銃撃が再開される。頬、喉、肩、胸、腹、腕、太もも、足首――あらゆる部分に銃弾が撃ち込まれるけれど、僕は反動で後ろに下がるだけで倒れない。
「なっ、なんだお前」
「……か」
あ、喉に撃ち込まれたせいで、うまく喋ることができない。
銃撃が止んだ。弾が切れたのかもしれない。
「おい、近づくな!」
僕は銃口を彼に向ける。彼は僕の能力に恐れをなしたのか、ライフルを捨てて壁際まで後退してしまった。そりゃそうか。僕はなにもわからないけれど、目の前に立っている男は全身から血を流しながら、蒸気を噴出させ、弾丸を吐き出している化け物のような存在なのだから。
通信機で美鈴さんにコールする。
『無力化、成功しました』
みっともない、掠れた声を聞かせてしまった。
*
制圧はあっという間だった。僕が外に出てくると、《海辺の家》の奴らはみな驚き、その隙をついてなずなたちが一斉に攻撃を開始した。
「海斗!」
敵を拘束しているガードたちに紛れて、なずなが僕の方へ駆け出してきた。そろそろ血も止まり始めているけれど、薬の効果はまだ切れていない。彼女が僕のからだに触れても、その感触を確かめることはできなかった。
「致命傷を負った人は、ゼロだよね?」
「お前以外にはな」
良かった。
僕はガードのみんなにも、事前に伝えていた。自分たちが身の危険に迫られた場合以外は、相手を殺すなと。勝機が見えないようなら、僕が出てくるまで待ってくれと。どうやら、従ってくれたようだ。
「痛くないのか?」
「うん。これもすべて悠弥のおかげかな。あいつ、ほんっと見た目通りのクソ野郎だよね。こんな危なそうな薬、なんで持っているんだか」
隣人であり、捕虜である斎藤悠弥は僕が猫ヶ谷に掛け合って仲間に入れてもらった。もちろん、監視付きではあるが、彼の交渉術などは恐らく誰よりも巧みだし、それに悠弥は僕が最も必要としている薬を持っていた。
「あの男も、良くわからない。お前は、仲良さそうにしてるみたいだけど」
「仲が良い? そんなわけないじゃないか。僕だってあいつは大嫌いだよ」
ただ、利用できるというだけだ。彼は僕に興味がある。そういった話題を振られれば、今でも軽く交わしているけれど、だからこそその興味を逆手に取ればうまく利用できるんだ。
あいつは僕には逆らわない。
だからこそ、信用ができる。
「じゃあ、撤退しようか」
あの雨の日。
美鈴さんにすべてをぶちまけた日から、すでに三ヶ月が経った。
僕は、今も生きている。
すべてを忘れて、この世界の人間として、生きている。




