23『嘘と嘘』
二人の死体を並べて仰向けにさせ、瓦礫の中から芽生えていた一輪の花を手向けるだけの簡単な葬儀を執り行った。降りしきる雨は彼らの動かなくなった青い肌を濡らし、僕の全身もまたずぶ濡れだった。
建物の中に彼らを入れてやることはできない。そうすれば、建物は分解・増殖されたウィルスによって汚染されてしまうからだ。
『末代まで、呪うよね』
彼は僕にそう言った。
きっと、彼は僕の言葉の本心はわからなかっただろう。世界を創りあげたなんて戯言、きっと冗談だと捉えられたに違いない。
だからこそ、本当の言葉だった。気を遣ったりしない、真実の彼の思いだったはずだ。彼は心の底から僕を恨んでいた。許す気は、なかった。
「当たり前だろ」
小さな呟きは、雨の音によってかき消される。僕を男手一つで運んできたのだから、拠点まではそう遠くないだろう。見覚えのある土地だ。ここからなら、帰り道はすぐにわかる。
僕はこの街を知っている。こんな酷い状態になる以前の、うるさくて、人で溢れかえっていた街を知っている。立派なビルは人気を失い、ただそびえ立つだけの存在だ。死に際に暴れた人たちがいたのだろう。ガラスはヒビ割れている。チェーン店の定食屋がある。僕の世界では、当たり前のように店を開いていた。でも、ここは違う。中には店員がいないまま、食糧を求める若者たちに荒らされた痕跡が露骨に残っている。
道路には、花が咲いていた。
誰も歩かないから、雑草は自然と茂ってきている。この調子であと一年か二年ほど経てば、建物には蔦が生い茂り地面からは伸び伸びとした雑草が一面に生え広がっていることだろう。
これが、僕の描いた世界。
僕の創造した、世界。
なんて美しいんだ。ずっと、そんな世界を夢見ていた。いつか、僕も廃墟だとかそういう趣のある世界で暮らしてみたかった。植物に支配された、人口が減少した世界なんて最高じゃないかって、思ってた。
「ごめんなさい」
でも、誰もいない。
誰かがいれば、こんな世界は成り立たない。
良くわからないウィルスが蔓延したせいで、人間の数が若者以外いなくなって――そして、ようやく僕が夢見ていた世界が芽吹き出す。
だけどこの世界では、僕以外のすべての人たちが物語を持っている。美鈴さんだって、なずなだって、猫ヶ谷だって、あの二人だってそうだ。
数え切れない両親との別れ。旧友との別れ。
僕はそんなの、考えてもみなかった。
「あっ」
つまずいて、転んでしまう。
なんで、僕が。
「どうして……どうして僕の妄想なんだよ……妄想なんて僕の勝手だろ!? なんでそれが、こんな重い現実を突き付けられなくちゃいけないんだ!」
叫び声は雨音に回収され、遠くまで響かない。それでも、喉が涸れるまで僕は叫んでやる。何度だって、この世界の恨みを、吐き出してやる。
「僕は悪くない! こんなの、理不尽だ! いいじゃないか、現実でクソみたいな生活を送ってきたんだ! だから、少しくらい良い思いさせてくれたっていいじゃないか!」
噴出する怒りはすべて世界に。
こんなクソみたいな世界を僕に見せつけた、あいつに。
「ユーリカ! もういいだろ! いつまで僕を一人にしておく気だよ! お前の目的はいったいなんだ!? 僕が苦しむのを見て楽しんでるのか!? ふざけるなよ! ふざけるなよ!!」
もう、名を叫ぶことすら忘れていた。それは、この世界が僕にとって居心地が良かったからだ。ヌルすぎて、僕にとってあまりにも優しすぎるこの世界なら、オタクの僕でも主人公になれると思っていた。
どうしてこんなに早く順応できたのかなんて、決まっている。今までとなんら代わらないんだ。ここは、僕にとって偽物の世界だから、いくらだってキャラ付けができる。
だけど、もう無理だ。
「みんな、苦しんでる」
この世界に生きる人たちはみんな、辛い思いをして暮らしている。でも、僕だけは違う。楽しくて楽しくて仕方がない。この惨めなギャップが、どうしようもないほどに埋められない彼らとの差が、僕にはもう我慢できない。
「ユーリカ……僕を、僕を助けてくれ……元の世界に、返してくれよ……こんなところで! 僕の妄想を、壊さないでくれ!」
そんなふうに叫び続けていたから、近づいてくる足音に僕は気付かなかった。
ふと、雨が止んだんだ。だけど雨音は響き続けている。
顔を上げると、そこには――
「海斗……君?」
ガスマスクを付けた少女が、傘をかざしながら立っていた。
「あ、あ……」
声と喋り方、そしてその呼び方で僕を呼ぶのは、この世界に一人しかいない。
どうして、君がここにいるの? 僕の叫びをすべて、聞いていたの?
「美鈴、さん」
「風邪、ひいちゃうよ?」
「どうして、ここに?」
「昨日のお礼にご飯を作って持って行こうとしたら、部屋にいなくて、そしたら、隣の捕虜だった人が、あなたがさらわれたって言うから」
僕を、探しに?
美鈴さんは、頷いた。
「みんな、探してるよ?」
「あっ、うっ」
駄目だ。いま、優しくされたら――すべてが、許されたと勘違いしてしまう。僕の犯した罪が、赦されたと思ってしまう。
「ああっ、美鈴、さん」
からだは言うことをきかない。手を伸ばして、彼女の肩を引き寄せてしまう。傘が落ちる。彼女を必死の思いで、抱きしめてしまった。
「海斗君……」
「ごめん、ごめんなさい」
美鈴さんは、しばらく呆然としていたけれど、僕の背中にそっと、手を添えてくれた。痛い。その優しさが、僕の嘘を責めているようで、苦しい。
「大丈夫だよ」
「違う」
「ううん。なにがあったのか知らないけど、今だけは、大丈夫」
美鈴さんはなにも訊かない。
僕の叫びの意味を、問わないまま、抱きしめてくれる。
「ごめんなさい」
「はい」
「ごめんなさい!」
「うん」
「ごめん……なさい……」
美鈴さんの手のひらが、僕の頭を撫でる。
戻らなくちゃいけない。美鈴さんはきっと、その情報を聞いたとき、なずなや、猫ヶ谷たちに報告したはずだ。だから、彼らにいらぬ心配をかけたくない。これ以上、罪を重ねたくなかった。
「ねえ、美鈴さん」
だけど、止まらない。
もう、誰かに吐き出さないとやってられないんだ。彼女の温もりにすべてを委ねて、告白してしまいたい。
それがたとえ、彼らにとってどれだけ荒唐無稽な戯言だとしても、僕にとっては紛れもない真実だから……家に帰って、ゆっくりと思い出してみるがいい。僕は確かに、この世界を夢想した。覚えている。大枠はすべて一致しているんだ。なら、真実以外になにがあるって言うんだ?
だから、僕は言ってしまう。
美鈴さんの優しさに、甘えてしまう。
「愚痴を、聞いてもらってもいいですか」
「……海斗、君?」
僕がどうしてここに来たか。僕が美鈴さんを騙していたこと。この世界は僕の妄想によって生まれた世界なのだということ。
そんな、くだらない真実を、すべて彼女にぶちまけた。
「だから僕は、最悪の、人間だ」
美鈴さんは、ずっと黙って聞いていた。
話し終えた後、彼女は僕のことをいっそう抱きしめて、呟いた。
「そんなに、思い詰めていたんだね……」
「ちがうんだよ」
「ううん。いいの。だって私も、一時期は似たようなこと、思ってたから」
「違う!」
美鈴さんの抱擁から無理やり離れた。立ち上がって、彼女から一歩、距離を取る。冷静に見た彼女のからだは、すでに雨でびしょ濡れだった。
「僕は、狂ってなんかいない!」
「でも――」
「やめてよ……なんだよ、その目!? なに一つ信じてないじゃないか! 僕が、頭おかしいこと言ってるって、同情の目じゃないか……」
優しくしてくれたはずの彼女に、辛くあたってしまう。結果はわかっていたんだ。誰にも理解なんてしてもらえないって、始めからわかりきっていることだった。頭がおかしい奴だって思われるのも、とうに知っていたんだ。
でも、君だけは。
「美鈴さんだけには、信じてもらいたかった」
「……信じたら、どうするの?」
俯きながら、美鈴さんは震える声で呟いた。
「どうする、って」
「あなたの言葉はすべて真実だとしたら、私はどうすればいいの?」
許してほしい、なんて。
そんなこと、あり得るはずがないだろう。
「信じないよ。せっかく、同じ学校の友だちができたんだもん……そんな、馬鹿げた妄想が原因で、嫌いになんてなりたくない!」
「嫌いに、なる?」
「そんなの」
美鈴さんは、息を思いっ切り吸って、掠れた声と共に吐き出した。
「当たり前じゃない……」
あ――ああ、そう、なんだ。
美鈴さんの口から零れた一言が、僕の中で泡のように弾けて、深く浸透していった。目を背けられない、彼女の発した真実が、僕を蝕んでいく。
「……嘘、だよね?」
嘘だよ。
ぜんぶ、僕の妄想だったんだ。
そうだ、僕はきっと、この世界に生きているうちに、辛くて、辛くて過去を改変したのだろう。この世界が僕によって生まれた? ユーリカとかいうハーフの美女に連れて来られた? 美鈴さんとは違う世界の学校生活を過ごしていた? そんな戯れ言、現実なわけないだろう。
「ごめんね、美鈴さん……僕、頭、おかしかったみたいだ。なに、言ってんだろ。この世界が、僕が創ったもの? そんな、荒唐無稽な」
僕は傘を拾って、美鈴さんの手を引いて立ち上がらせる。
「帰ろう?」
「……うん」
僕はもう、理解したんだ。この世界にいる限り、真実の関係なんて成立しない。なにせ、こっちじゃ僕は狂人で、偏執狂で、だけどそのどれもが真実だなんて、僕の頭の中にしかない本当だから。
だったらもう、全部、妄想にしてしまえばいい。
僕は、中二病なんかじゃない。
この世界で生まれ、成長し、絶望を経験した――朝桐海斗だ。




