21『ヴァンパイアについての噂』
そして僕は死んだ。
な……何を言っているのか、わからねーと思うが、僕も何をされたのか わからなかった……とか、言ってる場合じゃなくて。
幸せの絶頂だった僕は、美鈴さんと別れたあと、部屋に戻って眠ろうと考えていた。なにせ気絶以外で、僕はこの世界に来てからの二日、一度も睡眠を取っていないのだ。さすがに体力も持たないし、美鈴さんと別れた直後に襲ってきた尋常じゃない睡魔によって事切れるように布団に倒れ込んだ。
……はずだった。
目が覚めると、視線のまっすぐ先に見覚えのある制服を着たからだがあった。いや、頭がどうにかなりそうだった……ドッペルゲンガーとか、同級生とかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。あったのはからだだよ! 肉体! 肉のからだ! Body! しかも首がない。
そりゃそうだ。首はここにあるんだ。
恐ろしいものの片鱗どころじゃない。一度経験があるからと言って、何度も何度も切断されてたらさすがの僕もたまらない。傷口は修復したようで、痛みは気絶している間にすっかりなくなってしまったんだけど……
いや、待て。
これ、傷口修復しちゃったら僕、もう戻れないんじゃないのか?
「……!」
声が出ない。喉の辺りで切断されているからだろう。いま、僕の頭がどういう構造で動いているのかまったく理解できない。超能力と言えばなんでも解決すると思うなよ! 実際しちゃってるけど!
見える範囲だけで場所を想定すると、ここはどこかの建物の一室だろう。正面にある窓から見えるのは満月で、どうやら、僕は昼間から夜まで爆睡していたようだ。気づけばここ。なにが起きたんだ。
「な、なあ、ほんとに大丈夫なのかな」
首も動かせず、視界は眼球が動く範囲に限定されているため、声がした方に頭を向けることも叶わない。試しに表情筋をめっちゃ動かしてみる。
「う、うわああ! 動いたぞ! いま、こいつ!」
「だから不死身だって言ったでしょ!」
女の子と、男だけか。男の方はどちらかと言うと元いた世界の僕みたいな性格をしていて、女の子はなずなほどじゃないけど強気だ。
いったい、何者だ? なにが、目的なんだ?
「き、聞こえてるの?」
歯を打ち鳴らす。
「……私たちの言う通りにしてくれれば、すべて終わったら解放してあげる。イエスなら歯を一回、ノーなら二回、いまみたいに鳴らしなさい」
一回だけ歯を鳴らす。
なんでこんな、アホみたいな会話をしなければならないんだ。
「な、なあ本当に猫ヶ谷にバレな――ぐふっ」
「黙ってて!」
……猫ヶ谷?
こいつら、猫ヶ谷のことを知っているのか?
視界外で繰り広げられるかかあ天下。人の首を切った上に拉致監禁までしておいて、なんでこんな悠長なんだこいつらは。
人間の首を切断するなんて、そう簡単にできないはずだ。果たしてどんな能力を、彼らは持っているんだろうか。攻撃系なのは確定だけど。
「ご、ごめん……」
「あなたは喋らないで。それで、気を取り直して、質問するけど、あなたの能力って、ウィルスが効かないって聞いたんだけど」
歯を一度鳴らす。
「やっぱり、本当なのね……」
「ほ、ほんとだって。ここまで運んでくるのに、マスク付けなかったんだけど、いま、こうして動いてるし」
「あなた、ガセだったらどうするつもりだったの?」
「そのときは、その……でも、もう、首切っちゃってるし」
「まあ、そりゃそうね」
不死身の人間に対する扱いが酷い。ゾンビの気持ちが今ならわかる。あらゆるゾンビ映画に登場するゾンビよ! 同情します。
「それじゃあ、もう一つ……あ、あなたの血を飲めば、ウィルスの免疫ができるっていうのは、本当……?」
………………は?
え? なにそれ。
は、初耳なんだけど!
「い、いま! 一回だけ! ほ、本当なのね!?」
あっ!?
びっくりしすぎて二回目に歯を鳴らすことを忘れてしまった!
焦って何度も歯を鳴らす。それでも、彼らは興奮して声を上げるばかりで僕の声(歯を打ち鳴らす音)なんて聞こえていない。
「やった! やった! これで僕たちも自由だ!」
「食糧なんて腐るほどあるわ! マスクがいらないとなれば、こんなところにいる必要もない! みんなに、みんなにまた会えるかも!」
浮かれ過ぎているところ申し訳ないのだけど、たぶんそれはガセです。
ていうか、血を分けたら能力がまんまコピーされるとか、どんなヴァンパイアだよ……眷属になるわけでもあるまいし。『化物語』的展開ならウェルカムだけど、あれ逆だし……男は、いらないし。
「血、どうやって飲む?」
「う、うーん……手首切る、とか?」
洒落になんねえ。
痛いんだよ一応!
「じゃ、じゃあそうしよう。僕が手首を切るから……」
男がそう言うと、視線の向こうで、手首から下がすっぱりと落ちる。
……手首切るってそういうこと!?
「手首切るってそういうこと!?」
女の子も同じ反応だった。
ちなみに、神経が繋がっていないからかわからないけれど、痛みは感じなかった。けど、自分の目の前で自分の手首が切り落とされているのを見るのは精神的に辛い。心は胸にないってことが良くわかった。
「ま、まあくっつければ再生するからいいけど……」
俺をなんだと思ってるんだよ!
「じゃ、じゃあ、ほら飲みなよ」
「そ、そうね……じゃあ、私から」
彼らはガスマスクをずらして、口の部分だけを露わにした。
そうして、視界で繰り広げられる非常にグロテスクなシーン。テレビだったら絶対にモザイクをかけられるシーン。それでも、女の子が僕の手首から滴る《僕の》血を飲んでいるっていう光景は、なんというか、エロティックな感じがして、下半身と神経が繋がっていないことに助かった。
「ま、っず……」
「そりゃ、血だもの」
「あんたも飲みなさいよ!」
乱暴に僕の手首が男の口に突っ込まれる。男は血を一気に口に入れすぎたのか鼻から血を噴出した。あーあもうめちゃくちゃだよ。
事が済むと僕の手首を戻してくれた。瞬く間に修復される。
「で、でもこれで」
「ええ。私たちは、ようやくみんなに会えるのね」
すると、僕の首が持ち上げられた。丁寧に顎に両手を回してくれているのか、運ばれる心地は良い。
「だから、あなたももう戻っていいわよ」
僕の頭が、まるで合体ロボのような具合に首と接着される。傷口が塞がっていたはずなのに、首とくっついた瞬間、例の熱が生じだして蒸気のような煙がもくもくと上がった。
「――あ」
喋れる。
「お、おい、お前ら」
まだ喉の接合がうまくいってないのだろう。声が上ずったりして、なかなかいつもの調子で喋ることができない。
とりあえず、彼らを止めないといけない。
そう思って椅子から立ち上がろうとするが、バランスを崩してしまいその場に崩れ落ちてしまった。変な体勢で転んでしまったから、地面に鼻を打った。
「ぐっ、い、な、なにを」
「暴れられても、困るから。だから、ごめんなさい。足はここに置いておくから、自分で取りに来てね」
足首までは、視界に入っていなかった。こいつら、用意周到っていうか、僕を戻してからとっ捕まえられるんじゃないかってことまで計算付くかよ。
顔を上げたその先には、僕の足首が置いてあった。
「僕の血を飲んでも……効果はないよ」
「……嘘よ」
ようやくからだから発される蒸気が消える。煙の向こうに立っていた彼らは、顔をすっぽりとガスマスクで隠している。
「待って、外しちゃ駄目だ」
「あなたにはわからないかもしれないけど、もうこれしかないのよ」
そう言いながら、女の子はガスマスクに手をかけた。
なずなの話だと、建物の中だったら少しは大丈夫らしい。だからすぐに意識を奪われることはないのだろうけれど、でも、危険なことには代わりはない。一歩間違えれば、死んでしまう可能性だってあるのに。
「僕たちはね、もう、死ぬ気で君を誘拐したんだ。それほどまでに、噂に頼るしかなかった。だから、これは賭けなんだ。もし君の噂がガセだったら、僕らは死ぬしかない。本当だったら、僕たちは、仲間に会える」
「賭けって……そんなの、成功するわけない!」
女の子はすでにガスマスクを外していた。
そして振り返ったその顔は、僕の見覚えのある顔で。
つまり、彼女は――《山猫の集い》の一員だった。
「だから言ったでしょう?」
「どう、して」
女の子は、長い髪をかき分けながら、言った。
「これは賭けだ、って」




