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20『惚れたり振られたり』

「……美鈴さんの、愚痴っていうのは?」


 やっぱり、呼び捨てで話すのはものすごく照れる。どうやら僕だけのことではないようで、美鈴さんも何度もどもりながら、僕の名を呼んだ。


「か、海斗君はさ、このコミュニティの居心地は、どう?」


 率直に言ってしまえば、悪い。

 当たり前だ。僕は部外者だし、それだけならまだしも、猫ヶ谷の一件がある上に隣人である悠弥とは正直もう会話したくないし、美鈴さんがいなかったら今すぐユーリカを探してここから出ている。


 だけどそんなぶっちゃけられる根性もないから、濁すしかない。


「まあ……ううん、普通、かな」


「普通、か」


 美鈴さん的には、なんて答えて欲しかったのだろうか。きっと最悪、とか言って欲しかったのかもしれない。だけどコミュニティを総じて非難してしまうと、美鈴さんのことまで含んでしまいそうで、言えなかった。


「もちろん、良くはないよ。猫ヶ谷だって、なんかよくわかんないし、なずな以外の人とは、関わってないから」


「私はね、正直、このコミュニティが嫌い」


 びっくりした。

 ここまではっきりとした物言いをする美鈴さんは見たことがなかったからだ。ただ、仮に悠弥の言っていた猫ヶ谷ストーカー説が真実であったとしたら、さすがに居心地を良いとも普通とも言えないだろう。


「美鈴さんはどうしてこのコミュニティに?」


「……お母さんも、お父さんも、ウィルスのせいですぐに死んじゃった。たぶん、この世界にいるみんなは同じ境遇のはずだから、私だけが不幸なんてことは言えない。それは、海斗君も同じだよね」


 ちくりと、尖ったなにかが胸を突いた。

 僕は違うんだと今すぐ告白したい。むしろ君たちをそんな境遇にしてしまったのはこの僕が原因だって彼女にぶちまけて、許してもらいたい。


 なんて。

 一瞬でもそんな甘ったれたことを考えた自分に、反吐が出る。


「最初はね、マスクをしなくてもなんとか生きていけたの。こんなに大気にウィルスが広まったのは、死体が分解されてからだから、両親が死んでからも少しは余裕があった。だからまず、私は学校に行った」


 僕と美鈴さんが、次元は違えど共有するあの高校に。


「本当に、酷かった。だって、他の学校の子どもたちは生き残ったはずなのに、私たちの学校だけ、どうしてって思うくらい、みんな」


 死んでいた。


 美鈴さんが呟いた一言は、まるで感情を必死に押し殺そうとしているかのように、震えた声によって発された。


「ウィルスの増殖が著しく早かった、ただそれだけ、多くの人たちが私たちの学校のある地域では早く死んで分解されていた……それだけのことなんだって、猫ヶ谷さんは言ってた。だから、今でも学校一帯の地域はぜんぶ危険区域って言って、ほとんど誰も近づかない」


「じゃあ、なんで美鈴さんは、あの学校に?」


 美鈴さんは辛そうな表情から、がんばって笑顔を作ってみせた。ところどころほつれていて、触れれば今にも決壊しそうなまま、笑った。


「お墓参り」


「あっ……」


 そうか。

 彼女にとって、あの学校は思い出の、そして同級生たちの墓場なんだ。


「海斗君は?」


「僕は」


 また一つ、嘘を重ねる。


「僕は、あんまり友だちもいなかったから……食糧とか、余ってないかって思ったんだ」


「生きるためには必要だしね」


「うん。生きるために」


 仮に、僕のいた世界が本当にこの世界みたいな状態になったら、僕は果たして学校に戻るだろうか。お墓参りなんてこと、考えるだろうか。

 生きるために、必死で、がむしゃらにみっともなく、ただ動物のように生きるためだけになんでもしている。そんな気がする。


 この世界は、なんだろう。


 たぶん、僕にとってこの世界はフィクションなんだ。


「それで、学校には誰もいなくて、だけど足を踏み入れた瞬間、呼吸ができなくなっちゃって……ああ、もう死ぬんだな私、って諦めてた。でもお母さんにも、お父さんにも、友だちにも会えるから、いいかなって思ったりもしてたんだ。そうしたら、どんどん目の前がぼやーってしていって、目を瞑ろうとしたときに、誰かが、私にマスクを付けてくれて」


「それが、猫ヶ谷?」


 美鈴さんは首を振った。


「わからないの。でも気付いたらこのコミュニティにいて、なんとか生き残ることができた。それで猫ヶ谷さんの厚意に甘えてずっと住まわせてもらってるんだけど、やっぱりみんな、私のことが気に食わないみたいで」


「美鈴さんって、猫ヶ谷に好かれてるってほんと?」


「えっ!」


 そうなの、と言わんばかりの反応だ。もしかすると、彼女はあいつの《好意》にまったく気付いていなかったのかもしれない、と思ったんだけど。


「か、海斗君までそう思うの……?」


 どうやら、彼女は決して鈍感キャラではなかったようだ。


「いや、まあ、なんとなく」


「や、っぱりかぁ。あー、うー、だから、なんだろうな」


 美鈴さんは一人で悩み出し、抱えた両膝に顔を埋めてしまった。結んでいる小さなお団子から覗けるうなじが陶器のように滑らかそうで、ついつい手を伸ばしてしまいそうになる。


「だからって?」


「女の子たちが、なんか私の悪口を言ってるみたいなの。その内容が、なんていうかその、ほら、猫ヶ谷さんってまあ、わりとこう、かっこいい部類に入るんだと思うんだけど……も、もちろん私は良くわからないけど!」


 お、おお。

 ストレートに猫ヶ谷を褒めればいいのに、迂遠な言い方をする辺りあの男には完全に勝ち目はないみたいだ。心の中で大げさにガッツポーズをする。


「愚痴ってつまり、そういうことだよね」


「……うん。はぁ~、言っちゃった。なんか、自惚れてるみたいですっごい恥ずかしいよね、こういうのって」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる美鈴さんが見れただけで、この愚痴を聞いたかいがあったと言うものだろう。今日、もしかしたら僕は死ぬかもしれないな。なにせ、こんな素晴らしいことが起きまくってるのだから!


「じゃ、じゃあ私、そろそろ行くね」


「うん。今日は楽しかった。またなんか、男手必要なときがあったら、誘ってよ。そしたら僕、喜んで駆けつけるから」


 我ながら恥ずかしい台詞をよくもこう安々と吐き出せるものだ。

 だけど、これは僕の本心だし、なんだか、ここで言わなかったら絶対に後悔すると直感したんだ。


 美鈴さんは少しだけぽかーんとして、それから今度はしっかりと笑顔を作ってくれて、大きな身振りで頷いてくれた。


「ありがとう、海斗君」


 ああ、俺、もう死んでいいや……

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