19『タイプチェンジ』
人数分おにぎりを作り終えると、佐倉さんと僕はそれを一人一人の部屋に渡していった。誰もが僕の顔を見て怪訝そうな表情を浮かべたが、空腹には堪えられないのか奪うように小皿を受け取り、齧り付いた。
料理当番は交代制らしい。今日は佐倉さんと、本当はもう三、四人いたはずなのに欠員だったと聞いた。その代わり、皿洗いなどは休んだメンバーがやってくれるらしい。まあ、佐倉さんと一緒に料理するのは大変だから仕方ないのかもしれないけれど、さすがに一人に任せっぱなしっていうのはあんまりじゃないだろうか。
僕がその疑問を口にすると、佐倉さんは苦笑いを浮かべて答えた。
「私、嫌われてるから」
じゃあなんだ。あてつけに、彼女一人に任せたって言うのか?
こんな料理下手な彼女に?
「いっつも、料理すると迷惑かけちゃうし、部外者だし、だからむしろその、私も一人だったほうが気は楽だったし、いいの」
そう言う佐倉さんは、どことなく、虚勢を張っているようにも見えた。
「でも」
「だからね」
最後の部屋に配り終えて、僕らは手を洗ってから人気のない廊下に腰をおろした。佐倉さんは腕を揉みながら、その顔にはずっと無理に微笑んでいるような表情が張り付いていた。
「朝桐君が来てくれるってことになったとき、ちょっぴり嬉しかったよ」
ちょっぴりですか。
「僕も。佐倉さんの新たな一面を見れたし、おにぎりくらいならいくらでも握れるからさ」
まあ、現在休憩中の一部の人たちに配る分だからとは言え、さすがに一人百個も握るのは骨が折れたけど。
「ふふっ、朝桐君が優しい人で、良かった」
佐倉さんが僕を見て、首をちょっとだけ傾げた。その発言に伴う仕草が本当にかわいらしくて、僕はまた言葉を失ってしまったんだ。
「……ちょっとだけ、愚痴、言ってもいいですか?」
「え?」
いきなりの提案に、驚いて素の反応を返してしまう。
「あ、嫌ならいいの」
「ぜんぜん! むしろ、僕なんかでいいのかなって」
そう言うと、佐倉さんはまた優しく笑った。
「どうしてそう謙遜するのかなぁ。なずなもね、朝桐君のこと、他の人とは違うように話すんだよ。あんなの、初めて見た」
「な、なずなも?」
ていうかあいつ、佐倉さんになにを吹き込んだんだろうか。
どうせろくでもないことだ。絶対、確実に間違いない。
「うん。お色気に弱い、変態野郎だって」
「予想以上にろくでもねえ!」
つーか酷くないか!
いくらライバルとは言え、その言い草は最低過ぎるだろ!
「これは本人に言うなって口止めされてたんだけど」
「あ、あはは」
笑えない。
「でも、楽しそうに話すんだ。なずなと朝桐君が物資調達に出かけたって知って、ちょっと怖かったんだけど……心配、いらなかったみたい」
あいつがそうやって佐倉さんに対して裏工作を行おうと言うなら、僕だって同じことをしてやる。ざまあみろ。
「あいつも酷いんだよ。僕を囮にしようとしてさ、最低だと思わない?」
例え知られていても、色仕掛けに引っかかりかけたとは言わない。
「ほんっとムカつくったらありゃしないよね。なずなの奴、そのくせ僕に助けてもらっちゃってさ。僕が不死身だったからいいものの、普通の人間だったらどうしようもなかったよ」
武勇伝をさらっと語ってしまったけれど、徐々に恥ずかしさが芽生えてきた。自分から功績を明かすとか、みっともなくないか?
「あー、いや、でもなずなにも助けてもらったっちゃあそうなんだけど」
必死に取り繕おうとするあまり、本末転倒してしまう。
これじゃあなずなのネガキャンにならないじゃん!
「で、でもね、僕だって一応痛い思いをして……って」
言い訳を積み重ねていくうちに、自分がどんどんまくし立てるような喋り口調になっていったことに気づく。
危ない、と思って佐倉さんの顔色を伺ってみると、なんだか、すげえ不思議そうな表情で僕を見つめていた。
「ど、どうしたの?」
かと思えば、なんだか徐々に不機嫌そうになっていくし。
「なんだか、妬けちゃうな」
「……ど、どっちに?」
「どっちも!」
愚問だったっぽい。
「だってさー、なずなも、確かに私にすっごく優しく接してくれるし、だからめちゃくちゃ嬉しいんだけど……だけど、朝桐君に対する態度とは違うっていうか、なんか、そっちのほうが仲よさげっていうか」
そりゃあ、まあ、なずなは佐倉さんのことネタでもなんでもなく本気で好きなわけだし、恋愛感情な以上、迂闊な発言もできないんだろう。
「それにね、それに」
佐倉さんは覗きこむように僕を見上げて、頬を膨らませた。
「朝桐君も、なずなも、なんか、下の名前で呼び合ってるし」
「あ……い、いや、それは」
だって、なずなが僕にそう呼べって言うから。
「なずなは、その、女性として意識していないっていうか」
あ。
なんか、言い方が誤解を招きそう。
「ていうか、ていうか、その、あの、いや、だからじゃあ佐倉さんのことを女性として意識してるって、つまりそれは字面通りの意味であって、別にそこにその、そういう、なんつーの、なずな的な、じゃなくて、僕の」
もはや自分でもなに言ってるのか良くわからない。あまりの動揺に危うくなずなの恋心をバラすところだった。
「言い訳は、いいの!」
「はい!」
ごめんなさい! 立ち上がって、頭を下げた。反射だった。
「よ、呼んで」
「……と、言うと?」
「だーから!」
察しが悪いのは、わざとだった。
佐倉さんが求めていることは正直、今までラノベで得た知識を総動員させることで容易に理解することができる。こんな状況、僕は幾度となく授業中に夢想してきただろう。
でも、察してはいけないんだ。
それは僕のポリシーに反するから。
「だから?」
佐倉さんは、歯切れが悪そうに「あの」とか「その」とか口ごもっている。自分から提案を持ちかけておいて、いざという瞬間になって恥じるとはなんとも萌えるではないか。素晴らしい反応だった。
「……名前で、呼んでよ。疎外感、あるし」
「い、いいの?」
「なんで? だって、なずなのことは呼べるのに?」
「いやそういうことじゃなくて!」
なんだか佐倉さん、もはや後に引けなくなって意地になっている感じがひしひしと伝わってくる。言葉に棘があるし、心なしか早口になっている。
「か、海斗君。ほら、私は呼べましたよ?」
うわ。
名前で呼ばれるのって、こんなに嬉しかったっけ。思えば女性で名前を呼ばれたのって、家族以外にいただろうかいやいない!
「……うん、じゃあ、その、みっ、美鈴、さん」
は、恥ずかしい。
いやこれは恥ずかしいぞ。あー、もう無理、僕も赤面する。
「と、ところで佐倉さんは」
「み・す・ず!」
想像していた佐倉さんのイメージが音を立てて崩れ去っていく。
僕、彼女に深窓の令嬢タイプっていうのを押し付けていたはずなんだけど、これじゃあ悠弥が推していた小うるさい委員長タイプじゃないか。
……まさか、心の奥ではそれを望んでいたとでも?
え。僕、マゾだったのか?
「……美鈴さんの、愚痴っていうのは?」




