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17『うるさい隣人パート2』

 猫ヶ谷への報告は、なずなが譲らなかったので納得はしなかったものの、渋々彼女に任せることを承諾した。相談の末、猫ヶ谷が僕らを売ったという情報は、知らなかったふりをするという一時的な解決でお互いに合意した。

 今はまだ時期尚早だろうというのが僕らの見解だ。仮に告発するとして、彼の怒りを買ったら対処することができるかわからない。なずなも猫ヶ谷の能力については口をつぐんだ。彼女にも、理解できない現象らしい。


『初めて見たときは、ひたすら、怖かった。あたしには、猫ヶ谷に従う以外の未来が見えなかったんだ。だって、想像できるか? まったくわけがわからないことが起きて、あいつに反対していた学校の奴らは、みんな――』


 瞬く間に、猫ヶ谷の前にひれ伏した。


 洗脳だとか、そういう類であることは理解できる。なるほど、篠田が僕に対して相性が悪いと言っていたわけがようやくわかった。猫ヶ谷の能力に対して、僕はたぶん、まったく抵抗することができない。母校で出会ったような筋力強化系であれば、いくらやられても立ち上がることができたんだけど、さすがに洗脳やら催眠術やらだと、どうしようもない。


 ちなみになずなの能力はほんの一瞬だけ目に見えるあらゆる速度が鈍化するらしい。なんだろう。似た能力を古いアニメで見たことがある気がする。

 客観的に見て初めて知る自分の創作能力の限界。なんだそのパクリ。


 男たちを相手取ったときにも能力を使っていたのだろう。あのときは隙をついたから倒せたのかもしれないし、逆に、大勢に囲まれていては身動きもなかなか取れず能力の効果時間が終了してしまう可能性があるわけだ。


 どんな能力も、聞いていると一長一短があるように思える。それに、能力を使うにはなずな曰くなんらかの条件がいるらしい。

 その条件は、強ければ強いほど、満たすことが難しいのが通常らしく、なずなの場合は能力発動後に一時的な立ちくらみが続くらしい。女性特有のアレみたいだなってふざけて言ったら殴られた。そりゃそうだ。


「おい、不死身の兄ちゃん、マジで死んでなかったんだな!」


 そんなことを考えながら部屋に戻ると、椅子に投獄されていたはずの斎藤悠弥さいとう ゆうやが座っていた。顔は初めて見たけれど、聞き覚えのある特徴的な声だったから、すぐにわかった。

 飄々とした出で立ちは、その軽そうな口にまさにぴったりだと思う。表情筋がぴくぴくと良く動くやつだ。ディ◯ニーのアニメみたい。


「ごめん、部屋こっちじゃなかった」


「違うって! あってる! お前、なんで捕虜の牢が鍵も掛けられてないんだよ。普通に考えればわかるだろ?」


 いや、だからこそじゃないか。


「なんでいるんだよ……」


「見よ!」


 そう言って、高らかに掲げられたのは鈍色をしたスプーンだった。先端には土がついて汚れている。

 ……って、まさか。


「そう、穴を掘ったのさ!」


「古い海外映画かよ……」


 いえーいとか言いながら僕のケツをスプーンで突いてきたので、無性に腹がたって椅子の足を蹴り飛ばした。崩れ落ちる隣人。


「ぎゃあ!」


「まさか壊れるとは思ってなかった……」


「い、いいんだよ、いいんだ気にしない、俺はな」


 立ち上がる悠弥をよそに、壁際にある人一人がようやく通れるくらいの穴を見た。しっかし、良くこんなん掘ったな……バカじゃないのか。


「ほら、逃げるなら逃げろよ」


「いやいや、そんなつもりはない」


「は? じゃあ、なんで」


「興味が出たんだよ。お前に」


 悠弥の指が、僕の胸をさす。

 え? 僕に?


「な、なにが」


「その首の傷さ、塞がったってことだろ? 見てたぜ、お前の首が、胴体からすっぱーんって吹き飛んで、ころころと俺の足元まで転がってきたのをさ……いや、あれは怖かった。チビるところだったぜ」


「やめてくれ、思い出すとまた、痛み出すんだ」


 たぶん、もう組織はすべて修復しているから実際に痛覚は刺激されているはずがないのだけど、気分的に、だ。


「いや、もう決めたね。俺はお前に付いていこうって」


「いらない」


 なにが好ましくて、僕の物語に僕以外の男が……しかも、若干、整った顔の男なんて波乱を呼ぶだけだ。


「まあそんなのはどうでも良くてさ、なあ、あんた、なんか隠してるだろ?」


「……どういう、こと?」


 ヤバい。いきなり図星をつかれたせいで、動揺が隠せていない。


「あっ、ビンゴ? カマかけてみるもんだねほんと」


「くっそ、お前は」


 しかも当てずっぽうかよ。なにをしてるんだ、僕は。


「初めて会った奴にはとりあえず訊くことにしてんだよ。たいてい、何かあるからな。つまらないことでも話題に発展するし、こういうラッキーもあるからさ。さて、ラッキーを引き当てることができたわけだけど、どんな隠し事してるわけ? 能力? 実はスパイ? 過去?」


「話すことはな――」


「ああ、過去ね」


「っ!?」


 な、んでこいつ。


「ああ、ちなみにこれは俺の能力と、努力と、才能の賜物ね。じゃあ出で立ちについて訊いていこうか」


「ま、待て!」


 まずい。これ以上、この男に喋らせてはいけない。

 すべて、明らかにされる可能性がある。


「プロフィールが嘘ってことだよな? 猫ヶ谷に話してたやつ。あれ、全部嘘ってことは、どういうことだ? スパイでは……なさそうだし? となると、なんだろうな、なんも他の選択肢が浮かんでこない」


「もういいだろう。それはお前の思い込みだよ」


「いーやありえないね。《見》れば、わかる」


 悠弥は僕の額を指さして、微笑んだ。汗が一筋伝って、落ちた。


「お前のプロフィールはすべて嘘だった、スパイでもない。復讐? 違うな。なんだ? おかしいだろ。それ以外の可能性なんて、存在するのか?」


 バレるわけはない。普通に考えれば、異世界から飛んできました、しかもこの世界は僕が創り出したものです、なんて戯言、誰が察することができるだろうか。あまりに荒唐無稽過ぎる。


 しかし、悠弥はどうやら、かなり鋭いらしい。

 僕の過去が《考え得る可能性以外の何か》であることは、すでに理解してしまったようだ。つまり、今彼は荒唐無稽な可能性を思案している。


「冗談だろ? お前、いったい何者だよ」


「……僕は」


 言ってしまおうか。

 冗談にしてしまえば、この嫌疑も晴れるかもしれない。


 そう、通じるわけもないあまりにも愚かな考えを浮かべたところに。


「朝桐君?」


 僕は、背後から聞こえてきた声に振り返った。


「さ、佐倉さん……?」


 それは、ドンピシャなタイミングでやってきてくれた、救世主だった。

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