16『取るべき選択肢』
「本当に、バカじゃないのか?」
「いやほんと、あいつら、見た目に反してピュアなんだなあ」
形成は一気に逆転した。男が銃口をなずなから離した隙を見計らって、なずなはまず自分を拘束していた男を背負い投げた。密集していたために、まるでボーリングのピンみたいに他の男たちは投げつけられたボールに倒れ込み、そこからは体術の優れたなずなと、素人ながら木片を振り回す僕の見事な協力で全員、ボッコボコ。
いやあ、爽快だったね!
「ちげえよ、バカなのは、お前だろ」
勝利の余韻に浸りながら、僕たちは一旦、あの一件があった隣のビルで荷物を整理していた。戦利品の量が量なので、運ぶのも一苦労だからだ。
だけどその間中、なずなはずっと不機嫌だった。
「どうしてだよ。僕が来なかったら、今頃なずなは」
「……別に、それは嬉しいよ。助かったし、本当に、怖かったから」
「あっ、お、おう」
まさか、なずなの口から素直な感謝が聞けるとは思ってもみなかった。まだ会って一日しか経っていないとは言え、キャラじゃなかったからだ。
その証拠に、自分の発言が恥ずかしかったのか、顔を背けて僕の方を向いてくれない。窓から照りつける朝日がなければ、赤く染まった頬が見れたかもしれないと思うと、残念で仕方がない。
「だ、だけどなぁ、お前、その傷」
「えっ、ああ、これは」
なずなに、どうやって拘束を解いたのかと訊かれたとき、僕は素直に自分の勇敢な行動を自慢した。彼女が不機嫌になったのは、それからだ。
「いくら、不死身だからって……痛みは、あるんだろ?」
「まあ、ね」
ただ、激痛に我慢できず叫んでいた事実はひた隠しにした。みっともないところを女の子に見せたくなかったからだ。こういうところが、オタクっぽいのかもしれないけれど、言う必要だってないだろう。
「でも、結果オーライでしょ?」
「オーライじゃないだろ」
やっぱり、なずなはどうも機嫌が悪いみたいだ。そりゃそうか。なにせ今回の事件は、その発端が猫ヶ谷にあるのだから。
僕も、なずなも、あいつに見捨てられていた。なずなに告げたら、彼女も驚きを隠せない様子だった。売られたんだ。僕たちは。
「でも、まずは知らないふりして帰らないと。それからどうするかは、帰ってゆっくり休んでからでも遅くは――」
「違う」
なずなは決して叫びはしなかったけれど、震えた、うめくような、無理やり抑えたような声で否定した。表情は、悲痛に歪んでいる。
「なずな……?」
「おかしいだろ。お前、うちのコミュニティに入ってまだ一日目だぞ? それでいて、猫ヶ谷に裏切られたって知って、どうしてあたしを助けたんだ? 普通、一人で逃げるだろ? それにあたしは、お前を一度、騙したんだぞ? なあ、お前、なに考えてんだよ」
僕は、息を飲んだ。
そうだ。彼女にとって、僕の行動は確かに異常だ。それが彼女たちに共有されているような僕の虚構の過去に基いているとすれば、なおさらだろう。
彼女にとって、僕は今までずっと一人で生きてきた。それが、佐倉さんという同じ学園出身の女の子と会ったがために、彼女の所属していた別の学園をきっかけとするコミュニティ《山猫の集い》に入った。
それから、まだ一日も経っていない。いきなり裏切られて、だとすれば僕は普通、なずなも疑って逃げるのが当然の行動だ。
でも、僕は違う。この世界が、僕の生み出した世界であることを知っている。なずなを助けた理由も、もちろん、佐倉さんのためっていう名目はあった。だけど、もっと本質的な話だ。もし本当に佐倉さんのためだけであるのならば、なずなを置いて逃げ帰って、佐倉さんの手を引いて二人で逃げればいい。それがベストな行動だったはずだ。
じゃあ、なんでなずなを助けた?
言うまでもないだろう。僕は、一瞬でも、考えてしまったからだ。
「なずなを」
口が勝手に動き出す。そうか、また僕は罪を重ねようとしているのだ。
「あたしを?」
違う。駄目だ。
僕はもう、佐倉さんというヒロインを、決めたはずなんだ。
だから、選択肢を間違えちゃ、いけない。
「その、助けた理由は……佐倉さんが、かわいそうだったから」
「……あ」
これでいい。今、確かに僕の目の前には二つの選択肢が存在していた。一つは、今の発言。そしてもう一つは、なずなを、僕の妄想におけるヒロインの一人として組み込んでしまうという、非道な選択。
「あ、ああ……お前、そうか、良くもまあ、そんな理由で……」
「だって、なずなは佐倉さんのたった一人の友だちなんだろ? 猫ヶ谷の本性を知った今、あんな奴に任せておけないし、それに」
「それに?」
「あいつらと敵対するなら、心強い仲間がいたほうが頼もしいからだよ」
なずなは、ふっと頬を緩ませて、ようやく笑ってくれた。不機嫌だった彼女がついに見せてくれた笑顔は、朝焼けに照らされて、物凄く、僕の心を揺さぶった。
ああ、やっぱりこの子も、美人なんだ。整った顔立ちで、その切れ長の目は確かにちょっぴり威圧感を放っているけれど、こうして笑うとそのギャップから、めちゃくちゃ興奮してしまう。
「お前、本当に美鈴のことが好きなのか?」
「そうは言ってないだろ」
「言ってるようなもんじゃねえか。でもあたしは譲らないぞ。あの子は、あたしのものだから」
なずなは荷物を背負い直してから立ち上がり、こちらを振り返った。窓から差し込む後光が眩しくて、彼女を直視することができない。
「命の恩人でも、絶対に譲ってやんねーよ」
だからその時の表情が見れなかったことは、本当に――悔しかった。




