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15『閃き』

更新頻度を上げます!

 へし折った椅子の破片を手に監禁されていた部屋から出ると、階段の遥か上から叫び声が聞こえてきた。なずなの声ではない。でも、声が上がったということは、なにかが起きたのは間違いないだろう。

 死ぬなよ、と心の中で呟いて、声のした方にまず廊下を進む。椅子をぶち壊していた間に、傷口はすべて塞がった。肉にめり込んだ弾丸は、異物を排出するような機能でも備え付いているのか、気づけば床にすべて落ちていた。


 建物の構造はそう複雑ではないはずだ。外から見たビルは、だいたい十回建てで広さはそこまででもなかった。階段に辿り着くまでの間、誰とも遭遇することはなかった。恐らく、僕を見張っていたあの男にこの階を任せていたのだろう。踊り場に刻まれた数字は、ここが二階であることを示している。

 大の男を一人、二階まで運んだのは相当の労力だっただろう。ついさっき確認したが、当然エレベーターは機能していない。


 三階、四階と順調に誰とも会わずに登ることができたが、五階へ続く一段目に足をかけたとき、怒号と同時に男が一人転げ落ちてきた。


「くっそ、てめえなずなぁ! 裏切ったな!」


「うるさい! お前らに、文句言われる筋合いはないんだよ!」


 なずなの声だ!

 気絶している男をよそに、階段を一気に上り詰める。すると、そこは絶体絶命と言い表すのがまさにぴったりな状況で――


「誰だてめぇ――ゲッ!?」


 まず踊り場に一人、銃を持った男が待機していた。びっくりして咄嗟に木片で顔面を殴りつけてしまったが、当たりどころが良かったようで男は卒倒してしまった。

 問題は、その上だ。


「ようやく、捕まえたぜ」


「くっ……離せクソ野郎ども!」


 なずなを囲む、四、いや五人の男たち。廊下の端に追い詰められたなずなを一人の男が羽交い締めにしている。男たちの手には木刀、パイプ、パールの武器がそれぞれ握られており、羽交い締めにしている男の手には拳銃があった。こいつら、どこで拳銃なんて手に入れたんだよ……


「ああ、警察か」


 状況に反して、頭はやけに冷静だ。一度死にかけたからだろうか。恐怖心が少しずつ薄れてきているのがわかる。

 やはりそうだ。僕は、適応してきている。肉体が再生するのに合わせて、脳みそすらも変化しているのかもしれない。


「てめえのせいで、仲間が何人も死んだ。だから、お前は絶対に殺す」


「なら……早くっ、殺せよ!」


「だがその前に答えろ。あっちには、てめぇのせいで俺らのアジトが割れてんだよ! 《山猫の集い》とやらは、どこにある?」


「…………知るかよ」


 物陰から状況を伺う。どうやったらなずなを助け出せる? 絶体絶命の窮地に、僕はどうすればいい?


 と、視線を奥に向けた瞬間、なずなを拘束している男の顔が見えた。

 あいつ……僕を、見張っていた――


「状況、わかってんのかてめぇ。言ったら、まだ許してやる」


「いやだね。なにされようと、口は割らない」


「こいつ……!」


 神がかり的な作戦が浮かんだ。着想はもちろん、ライトノベル。『とある魔術の禁書目録』第二巻! あのラストバトルだ。

 僕は、死んだ者となればいい。

 あいつを、驚かせてやるんだ。恐怖に、怯えさせれば。


「指、折るぞ……?」


「勝手に、しろ」


 なずなの声が震えている。さすがの彼女も、自分の身に危険が及ぶとなれば居丈高に構えた態度も少しは直るらしい。

 でも、そんななずなは、見たくないし。


「やってやろうじゃねえか――あ、あ?」


「…………っ」


 男がなずなの指を掴んだ瞬間、なずなはきゅっと目を瞑った。ああ、そうだできれば僕を、見ないで欲しい。

 これから僕は、きっともっと、酷い目に合うから。


「お、お前、なんで、殺した、はずじゃ」


「…………あァ」


 ゾンビの真似をする。傷は癒えているが、吐き出した血痕は口元にこびりついているし、撃たれた場所は服が汚れている。

 ゾンビだ。僕は、ゾンビだ!


「なんだよこいつ――ってっ、ああああああ!?」


 僕はわざとおぼつかない足取りで、なずなを囲う一人の男に近寄り、その首元に噛み付いた。引き千切るほどの威力で噛むと、口の中に血の味が交じる。生暖かい血液が、男の首から溢れ出す。


「こいつっ、なにを!」


 男は僕の肩を木刀で叩いた。激痛で今すぐ叫び出したいが、それを堪えて一度地面に倒れ込む。そしてまた、起き上がる。


「アァ……」


 自分でもアホかと思う。客観的に見たら、絶対に笑う自信がある。


「こいつ、噛みやがった!」


「おい、大丈夫か!?」


 男たちはのろのろと立ち上がる僕をよそに、怪我を負った男の面倒を見ている。ただ一人を除いて。


「っ、お、おい、いま、あいつ、噛んだか?」


 いくら見た目がチャラくても、金曜ロー◯ショーとかで放送されている映画を一つくらいは見たことがあるだろう。

 もちろん、この反応は予想していた内の一つに過ぎず、うまくいくとは思わなかったし、そのためにこいつらをビビらせるだけビビらせて、後は隙を見てなずなを引っ張って助け出せばいいと思っていたんだけど……


 どうやら、思いの外、うまくいったのかもしれない。


「見りゃわかんだろ!?」


「あ、あいつ、なんで死んでないんだよ」


「はあ!?」


「お、俺、殺したんだぞ。撃ったんだよ、あいつを!」


 なずなも、周りの騒ぎにそっと目を開ける。そして僕と目が合って、彼女はなにかを叫ぼうとした。でも、空気を読んだのか、その口をつぐんだ。


「死んでねえじゃねえか!」


「いや、殺したんだ! 絶対、ほら、撃たれた跡、あるだろ!?」


「じゃあ、なんで……?」


「噛んだ、よな?」


 一人が、呟く。


「ちょ、ちょっと待てよ、冗談だろ?」


「まさか、あいつ、ぞ、ゾン――」


「おい! じゃあ俺は、俺はどうなるんだよ!」


 恐怖は感染し、瞬く間に五人に伝播する。


「ち、近づくな!」


 僕に噛まれた男を支えていたもう一人の男は、立ち上がり後ろへ下がる。


「ま、待ってくれよ、どういうことだよ!」


 そして、銃を持った、僕を殺しかけた張本人がその銃口を、怪我を負った男に向ける。怪我をした男は目を丸くして、自分の冤罪を主張する。


「待て! バカげてるだろ!? そんな理由で、俺を殺すのか!」


「でっ、でも、あいつ、死んで」


 だから僕は。

 なずなと、目を合わせて。


(やっちまえ)


 そう、口だけを動かした。

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