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14『スパイの最期』

 僕、気絶し過ぎじゃね?

 目が覚めたとき初めて思った。どうやら、ロープかなにかで椅子に縛り付けられているみたいだ。両手が後ろに回されていて動かせない。


「本当にこいつが《山猫の集い》のリーダーなんだろうな?」


「間違いないよ。誘ったら馬鹿みたいに付いてきてさ。男ってみんなこうなの?」


「ったく、ほんと魔性の女だよなあお前は。なあ、俺たちとも一回くらいどうよ?」


「ふざけんな。言っただろ、あたしはそう安い女じゃないから」


 声が聞こえる。なずなの声と、聞き覚えのない男が複数人。目を開けようにも、目隠しをされていて辺りの様子はわからない。猿轡のようなもので口を塞がれているので、声を上げることもできない。


 ただ、一つだけわかることがある。

 なずなは、僕を売ったんだ。


「起きたか?」


「っ……早かったな」


 足音が近づいてくる。僕、どうなるんだ?

 殺されるのか? どうせ死なないんだからいいんだけど、痛みは人並みに感じるんだから殺すなら意識まで飛ばして欲しい。

 でも、やっぱり、怖い。


「おいなずな、こいつのことはお前に任せておいていいんだよな?」


「ああ。あたしが牢まで運んでおくから」


「わかった。情にほだされるなよ。こいつは敵で、俺たちは味方なんだからな」


 遠ざかる足音と同時に、一つの足音がすぐ近くで止まった。

 猿轡が外され、柔らかい手のひらが僕の口を塞ぐ。


「騒ぐなよ、あいつらが戻ってくる」


 必死に頷くと、なずなは目隠しも取ってくれた。どういうことだろうか。


「なずな、これはいったい」


「囮みたいなものさ。お前を貢物にして、さらにこいつが猫ヶ谷だって言えば《白銀の城壁》の奴らだって喜ぶだろう。あたしの忠誠心をバカみたいに信じ込んでくれるはずさ」


 なずなに迫られて、迂闊な反応をしなかったことを安心する。仮に僕がなずなの態度を信じて唇でも突き出そうものなら、後日笑いものにされることは間違いないだろう。

 童貞力が試されたわけだ。ふふん。


「でも、じゃあ最初に説明してくれたっていいじゃないか」


「敵を騙すには味方からって言うだろ? まあ、それに――」


 次になずなが囁いた声は、小さすぎて、僕には聞こえなかった。


「(お前が驚く顔が見たかったからな)」


「聞こえないよ」


 だけどなずなは、くすりといたずらそうに笑って、僕の口元に指を当てた。


「さあな。それで、お前を解放するのだが、まだ待って欲しい。とりあえずあたしが必要な物資を調達してくるから、その後に助け出して、二人で逃げる。それまで一人で大丈夫か?」


 僕は頷いた。まあ、万が一あいつらに殺されようとも、僕は死なないし驚かして時間を稼ぐことくらいはできるだろう。もちろん、脳みそを貫かれてまで生きられるかどうかは微妙なラインだが、さすがになずなの許可もなく脳天を撃ちぬかれるようなこともないだろう。


「じゃあ、少しの間だけ、待っててくれ」


 なずなは再び僕に目隠しとくつわを回し、肩を叩いてから部屋を出て行った。視覚が機能しないのってこんなに怖いのか……今まで幾度となく目隠しをされた絶体絶命の状態から逃げ出すような妄想をしたが、実際にやられてみると正直、本当に怖い。


 しかも叫び声すら上げることを許されないなんて。

 まあ、逆に考えれば、女の子にみっともない悲鳴を聞かせなくて済むということなんだけど……


「……んん」


 いや、待て。

 僕はそもそもそんな奴だったか?

 根暗で、ずっとラノベばかり読んでいたようなオタクだぞ。そんな僕がどうして、女の子に対し恥ずかしい事をしたくないなんて思い付くんだ?


 思いたくはない。

 けれど、わかってしまう。

 そうか、僕は、この世界が好きなんだ。


「ふぁいふぁくふぁは」


 最悪だな。

 僕のせいでこの世界の人たちは絶望を強いられている。佐倉さんなんて、僕によってヒロイン認定されて、おもちゃのように扱われる存在になり得るかもしれないというのに、僕はまあのんきなものだ。

 徐々に適応してきている。

 自分の罪を知らぬ振りをして、のうのうと。


「あれ、なずなはどこ行った?」


 がちゃり、と扉が開いて、聞き覚えのない男の声がした。どうやらなずなを探しに戻ってきたようだ。

 さっきの一味だろう。つまり、僕らの敵だ。


「……ったく。面倒なことさせやがって」


 椅子を引く音がする。どうやら男は、僕の近くにある椅子に腰を落ち着けたようだ。心臓が高鳴る。やっぱり、目が見えないのは怖い。


「お前さ、リーダーじゃねえんだろ?」


「っ!?」


 男の口から発せられた一言は、さらに心臓を跳ね上がらせた。


「前々から怪しいと思ってたんだ。なずなのやつ、やっぱりなんか隠してやがるな……?」


 まずい。

 なぜ、バレたんだ?


「ああ、そうかお前喋れないのか。ほらよ」


 男によって乱暴にくつわを外される。

 僕は一息吸ってから、つとめて冷静に声を出した。


「ずいぶん、信用していないんだな」


「信用もなにも、あいつと初めて会ったときから疑いっぱなしだよ。このコミュニティであの女を信用してる奴なんて一人もいねえ。それが、今日、確信に変わったわけだ」


「どういうことだ?」


「手紙が来たんだよ。ビルの前に、ぽっと置かれててな。そこにはいかにも達筆って感じの字面で、停戦協定だってよ」


 停戦協定……?

 こいつの言っている意味が、理解できない。


「《山猫の集い》の、リーダーさんからな」


「なっ――……」


 ばかな。

 なぜ、このタイミングで? 


 そのとき、篠田の一言がふと蘇った。


『お前の能力とあいつの能力は、相性が悪すぎる』


 まさか、猫ヶ谷の奴。

 僕を殺すために、こんな面倒なことを?


「どういうことだろうねえ。つまりさ、お前らは売られたんだよ」


 目的は、恐らく僕の排除だろう。それは理解できる。でも、なんでなずなまで巻き添えにする必要があるんだ。

 猫ヶ谷晴海……あの男、マジでイカれてるじゃないか。


「うちの一味、総出でなずなを探してる。見つけたらただじゃおかねえ。裏切り者には死をって、いつの時代も言うだろう?」


 まずい。このままじゃ、なずなが危ない。

 男が目の前にいるんだ。声から、その位置はだいたい把握できる。足は縛られていない。咄嗟に、僕は立ち上がり、男に突進した。


「はっ――!? おい、おまっ――ぐえっ」


 雄叫びを上げて、男のいると思しき場所に椅子ごと突進をかます。不意をうまくつけたようで、男の柔らかい部分に頭が直撃した。


「てっめ、殺すぞ!」


 それでも、気絶には至らない。縛られているせいでうまく立ち上がれないと悶えていると、銃声が鳴り響いて、腕に激痛が走った。


「ああああああああ!!??」


 撃たれた。立ち上がった男から、右腕を撃ち抜かれた!


「ふざけやがって……もういい、お前はここで俺が殺す」


 さらに背中に激痛。遅れて銃声が耳に届く。

 椅子から動くことができず、抵抗することもできない。このままじゃ、ずっと撃たれ続けて、死ぬまで……あ。


「死ね! 死ね!」


「ぐっ、ああああああ!」


 さらに二度、三度と、男は銃弾が切れるまでずっと僕を撃ち続け、それからすぐに、シリンダーが味気ない音を出した。


「はぁ、はぁ、くそっ、殺しちまった……」


 男は僕から離れていく。まだ動いちゃ駄目だ。痛みにもんどり打ちたい気持ちを必死で堪え、俯いたまま唇を噛み締める。縛られていて良かった。おかげで、変に動かなくて済む。


「お前のせいだからな……お前が、俺を」


 そう呟いて、男は逃げるように部屋を出た。

 これでいい。

 ようやく、僕は一人になった。


 痛みを堪えて立ち上がると、何度も何度も椅子を壁にぶつけた。背中に響く痛みなんて気にしてられない。どうせ死なないんだ。

 折れた木材が地面に落ちる。それを拾って、ロープにこすり付ける。


「なずな、誰にも見つかるなよ……」


 そうだ。僕は別に、なずなを助けるわけじゃない。

 佐倉さんのただ一人の友人だと言うのなら、しょうがなくだ。


「……なんで言い訳してるのかね、僕は」


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