12『同胞』
頭と胴体が完全に分離し、もはやここまでかと思ったのを最後に、意識はふっと闇に落ちていった。それから、どれくらい寝ていたのだろうか。呆然とした頭で、辺りを見回したとき、ああ、僕はまだ生きているんだと実感した。
「ここ、は」
「動かないで」
頭にそっと手がのせられる。血がなくなって冷えきった額に、その手の温もりがよりいっそう強く感じられた。
「君は」
「……まだ、起きなくていい」
誰だろう。
心当たりはあった。でも、視界は未だぼんやりとしていて、看病をしてくれているらしき人の顔はすりガラス越しに見たようで、誰だか判別することができなかった。声も、聞き覚えがあるというだけで、核心には至らない。
「佐倉、さん」
だけど、たぶん、彼女なんだ。
僕を看てくれる人なんて、この世界には彼女しかいない。
「……ああ」
佐倉さんの手の温かさに、意識がまた、薄れていく。
「おやすみ」
優しいその一言だけを聞いて、僕は完全に意識を手放した。
*
また目を覚ましたとき、部屋には誰もいなかった。記憶もおぼろげで、意識もまだ明瞭ではない。それでも、上体を起こすことだけはできて、しばらく経ったら視界もはっきりとしてきた。
「ん……」
重たい腕を上げて、首に触れる。
くっついている。
傷口ははっきりと感触があるが、かさぶたになって塞がっている。
首を落とされたのに。
「だ、誰か、水」
喉が渇いて仕方がない。僕は、どれくらいの間、意識を失っていたのだろうか。お腹も減ってるし、この喉の渇きは半日やそこらのものではない。
寝ていたベッドの横にある小さな物置きに、水の入ったコップが置かれていた。飲んで大丈夫な奴だろうか、と一瞬だけ考えたが、腐っててもどうせ死ぬことはないのだから、まずは潤すことを優先する。
「んっ、んっ……ぁあ」
足りない、が少しは喉の渇きも潤った。意識も寝起きよりはずっとしっかりとしている。ベッドから降りようとしたが、バランスを崩して床に倒れてしまった。白いシーツが足に絡んで、邪魔臭い。
「くそっ、あの野郎」
色々と思い出してきて、苛立ちが募る。猫ヶ谷晴海。あいつ、僕のことを一切信用していなかったばかりか、斬首までするなんて。
狂ってる。普通、躊躇いもなく人を殺すか?
いや、まあ生きてるけど、それでも、僕はゾンビみたいに「あーあー」言ってるわけでもないし、思考だって保ってる。痛みだって、人並みに感じるっていうのに、ふざけやがって……!
「本当に、不死身なんだな、お前は」
声がして、同時に倒れていた僕は何者かによって引き起こされた。無理やりベッドの上に座らされて、顔を上げると、目の前にいたのは猫ヶ谷と一緒にいたあの屈強そうな男だった。
「あ、あんた」
「晴海に、絶対に死なないからと言われたからとは言え、お前の首を落としたのは俺だ。あのときは」
こいつが、僕を殺しかけた……
「ふざけっ――」
「すまなかった!」
僕が叫ぶより早く、男は声を上げた。
……え?
すまなかった、て。
「なにを、いまさら」
「信じるしかなかった。生きていて、良かった」
「ちょっと待ってよ、言ってる意味が、よく」
「本当にすまなかった。俺は、人を、また殺したんだって、思って」
いや、普通、あれ僕じゃなかったら死んでるから。
「じゃあ始めからやらなきゃ良かったのに!」
「……すまなかった」
なんだ、こいつ。
さっきから、なにか言いたそうな顔するくせに、全然しゃべろうとしない。まるで、言葉に出すことを恐れているみたいに……ま、まさか。
「許されるとは思ってない。だから、なんでも言ってくれ」
こ、こいつ、本当に?
「できることなら、なんでもする。償わせてくれ!」
男の彫りの深い顔が近づいてくる。
は、鼻息が、荒い!?
「あっ、あっ」
こ、れは。
すまない。
ホモ以外は、帰ってくれないか?
「アッ――――!」
*
なんてこと、あるわけもなく。
「じゃあ、君は猫ヶ谷の側近なんだ」
適当に水と食べ物を持ってきてもらい、僕と一見ガチムチな男……篠田雷凰は休憩所兼病室で顔を突き合わせて話していた。
「ああ。もともと、あいつとは同級生でな。幼なじみなんだ」
「……あ、そう」
誰も得しない幼なじみ設定が開示され、反応に困る。
「あいつは、昔からからだが弱くて、それを補うように勉強を必死に頑張ってた。ただ、理事長の息子ということもあり、周りからの妬みや嫉みも受けやすく、高校に上がってからはいつも孤立していた」
確かに、ぱっと見ただけだと猫ヶ谷は僕よりももやし体型かもしれない。肌も青白いし、美形だけど、逆にそれが他の男子連中からも妬まれるのかもしれない。
「うちの高校は、あまりいじめとかはなかったが、いやだからこそ、俺はあいつを助けてやることができなかった。幼なじみであることすら忘れ、俺はひたすら部活に打ち込み、あいつは一人で」
しかし、こうやって聞いていると、猫ヶ谷はもしかすると僕と同じくらい根暗キャラだった可能性が出てくる。すると、あれだ。この熱血漢が後悔しているのは、もしかすると、ひとりよがりで、猫ヶ谷にとってはむしろ邪魔な心配だったんじゃないだろうか。
僕なら、幼なじみだとしても、介入して欲しいとは思わない。
だって、あの頃は、別に一人が辛くなかったから。
「そんな奴が、良くリーダーになんてなれたね」
「……それは」
篠田は歯切れが悪そうに、言葉を詰まらせる。
「この世界は、今までの力関係を、ひっくり返したんだ」
篠田の言葉に、心当たりがあった。
つまりそれは、僕の存在。
今までの世界では、冴えないラノベオタクだった僕が、こっちの世界に来てからまるで最強とも思える能力を手に入れて、俺ツエーを実現することができそうになったように――きっと猫ヶ谷も、同じなのだろう。
「あいつは、誰よりも強い能力を手に入れた。今まで自分のことを疎んできた奴らを見返せるような、最強の力を」
「それって」
「言えない。でも、これだけは言える」
篠田は僕を指さして、告げた。
「お前の能力とあいつの能力は、相性が悪すぎる」
「どっちに?」
「どっちもさ」
「……それで、猫ヶ谷は僕の登場に危機感を覚えて、殺そうとしたと?」
「さあな。本気でお前を殺すつもりなら、首じゃなく、脳天を狙えば良かったんだ。ゾンビでは常套手段だろう?」
篠田の言う通りだ。もし僕の能力が他のゾンビ映画に登場する有象無象のゾンビどもと同じなら、頭をぶち抜かれた瞬間に絶命する。
試そうとは思わないけれど、でもきっとそうだ。僕のポリシーとして、俺ツエーはいくら能力がチート染みていても、弱点がなければいけない。
この世界が僕の想像通りのものなら、きっとそのはずなんだ。
そして、その場合の、猫ヶ谷は、たぶん。
「そろそろ時間か。立てるか?」
「ああ、へーき」
篠田が僕の数歩先を歩き、僕はその後ろをついていく。さっきの話をまとめると、だいたい、猫ヶ谷はあまりに強い能力を手に入れてしまったがゆえに、自分の欲望に歯止めが効かなくなったというわけか。
悠弥の言っていた、ストーカーの件も、あながち嘘じゃないのかもしれないなあ。なるほど、このコミュニティはどこかイカれてる。その原因は猫ヶ谷だけじゃなくて、後ろ姿がたくましすぎるこの男にもあるんだろうな。
誰も、猫ヶ谷晴海を理解していない。
きっと、あいつのことがわかるのは――僕だけ、なのかもしれないな。
「着いたぞ。ここが、JRのプラットフォームであり、俺たちの集会場だ」
僕の先に、猫ヶ谷がいた。
それはきっと運命なのだろう。
「生きてたんだね、海斗君」
「ええ、まあ」
改めてと、差し伸ばされた手を、僕は強く握り返す。
たぶんこいつにも、理解したことだろう。
「ようこそ、《山猫の集い》へ」
猫ヶ谷晴海は、僕にとって最大の理解者であり、敵対者だ。
君は僕と同じで――『中二病』を、夢見る人種なんだろ?




