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11『猫の嘘つき』

 猫ヶ谷晴海は、パッと見た感じでは悠弥の発言がでまかせであったと思うしかないくらいに、立派な好青年だった。猫山学園の嫌味ったらしいお坊ちゃん・お嬢さま然とした制服が、まさに彼のためにあつらえられたと言っても信じてしまうほど似合っていた。

 ラノベで鍛えられた僕の脳内では、中世っぽいファンタジーに登場する騎士のようなイメージが合致する。主人公っぽさはなく、むしろ、有能な腹心というか、トップに立つような人柄ではなさそうだけど。


「僕の父はね、猫山学園の理事長なんだ」


 お、う……まさに典型的な『おぼっちゃま』か。一般家庭で極々普通に(ラノベに深く浸かりながら)育ってきた僕とは大違いだ。


「リーダーになったのも、それが理由ですか?」


 牢の前に置かれた、猫ヶ谷さんが座っている椅子は彼が持ってきたものだった。挨拶を済ませてから、一度戻り、椅子を担いで戻ってきたのだ。

 格子状のシャッターを挟んで、僕は面接という名の尋問を受けている。


「まあ、一つはね。でも、アポカリプスが始まった後、目の前で父が亡くなってね。みんなを導けと、それが遺言だったんだ」


「それは、御愁傷様です」


 猫ヶ谷さんはくすりと笑って、首を振った。


「いいんだ。君だって、同じような思いを少なからずしているだろう」


 それが、していないんですよね。もちろん、口に出すことはできないから、適当に辛そうに目を伏せて頷いておく。


「美鈴から聞いたんだが」


「えっ」


「ん? なにかな」


 今こいつ、美鈴って呼び捨てにしたよな?

 いや、でもなずなも、まああれは女同士だからノーカンとして、悠弥だって美鈴ちゃんと下の名前で呼んでいた。

 別に気にするようなことではないはずだ。その発言に、他意がなければ。


「いや、なんでもないです……」


「じゃあ、続けるよ。美鈴から聞いた話によると」


 また呼び捨てか。しかもわざと誇張しているようにも聞こえてくるから、思い込みとは凄いものだ。


「君は、ずっと一人だったんだって?」


「その、アポカリプス? から、どこのコミュニティにも属していませんでした。能力が能力だったので、状況にも気が付かなくて」


「確か、自己治癒、だったかな?」


 頷くと、猫ヶ谷さんは声を上げて人を呼んだ。やって来た男は猫山学園の制服を着ている屈強そうな男で、顔の傷から恐らく運動部の中でもかなり特殊な部活に入っていたと思われる、が、なぜそんな脳筋野郎がここに?


「鍵を開けてやれ」


「はい」


 敬語なんだ。ただの年功序列なのか、それとも「使える者」「使えない者」というようなカースト制か。後者ではないことを願いたいね。


「いいんですか?」


 僕がそう問うた時には、がちゃんと言う音とともに解錠されていた。まだ手錠は残っているものの、どうやら嫌疑は晴れたようで安心した。


「目を見ればね、君が悪者じゃないということはわかるよ。嘘をついているわけでもなさそうだし、自己治癒なんて能力、君がいたら百人力だ」


 すみません。嘘しかないです。


「あ、あの、それだけで本当にいいんですか?」


「というと?」


 聞き返されて、自分がした質問に驚いてしまう。なんだ、別にこれで良いと言われているんだから、気にする必要もないじゃないか。

 むしろ自分から疑われるような真似をする必要も、ないだろう?


「い、いや、佐倉さんと同じ学園だったのか、とか」


「ああ、それはもう聞いたし、彼女が嘘をつくとも思えないからね。それとも何かな、君は美鈴と、なんらかの関係があったとかそういう告白かい?」


「ち、違います!」


 なずなと同じパターンか。マジであの子、モテるんだな……まあ顔もかわいいし、その癖、人一倍責任感が強そうなところも魅力的なんだろう。


「あの、じゃあ、最後にひとつだけいいですか?」


「なんでも訊くといいよ」


 やっぱり、悠弥の言っていたことはただ僕を騙そうと、疑心暗鬼にさせて自分を助け出させようという魂胆からの嘘だったんだ。

 こんな穏やかな笑顔をする人が、悪い人なわけがない。


「この世界について……まだ、良くわかってなくて、ウィルスを発症したのは大人なんですよね? でも、いくら子どもたちの発症が遅いからと言って、こんな大規模なコミュニティを形成するなんて、いったいどうやって?」


「ふむ」


 猫ヶ谷さんは僕を見つめて、心からと言うようなほど、驚いた顔をした。


「君は本当に、なにも知らないんだね」


「すみません、無知で……」


 なんだか屈辱だった。今までの学園生活でもほとんど同級生やそこらから教えを乞うことなどなく、むしろ逆ばかりだったのが、この世界では逆転してしまっている。

 自分が構想した世界のくせに。記憶力の低さが恨めしい。


「けっこう時間はあったんだ。大人も、子どもも。でも、大人は子どもに比べるとずっと早く発症した。だいたい一週間も満たなかったよ。逆に子どもは限界でも最初二週間は持った。その間に、僕らはコミュニティを形成して、この駅を拠点にしたんだ。ただし、問題があった」


「問題ですか?」


「死体が分解され、空気中のウィルス含有量が一気に増えたんだ。それがだいたい三週間後くらいのことでね。子どもだけで、さらに拠点にしたと決めた時にはもうこの駅から死体を外に出していた。だから辛うじてこの拠点は空気が清浄のまま保たれているんだよ。そして死体で溢れかえっていた外は、説明するまでもないよね」


 なずなの言っていた《空調管理》とはつまり、死体を外に出したということだったんだ。正確に、子どもたちでも外をガスマスクなしに歩けなくなった時期とは、だいたいウィルスの発覚から一ヶ月かそれくらいか。

 多くのウィルスを吸い込むと、感染者は発症する。ウィルス同士が強力に共振し合うからだ。なるほど、この世界の仕組みが徐々にわかってきたぞ。


 でも、単純に考えて、この駅のように空調管理の行き届いた環境があらゆるところにあるとも思えない。他のコミュニティでは、地上で、ガスマスクなくては生きていけない生活をしている者たちもいるはずだ。


 だからこそ、戦いが起こる。

 それが、このポスト・アポカリプスの世界か。


「あとは、そうだな、これは僕の予想でしかないのだけど、ウィルスは物質の劣化を早める能力もあるらしい。人間を分解するのと同様に、建物や地面、世界に存在するあらゆる物の劣化を早める……だから、うちでは食糧とかは厳重に保管しているんだよ。簡単に、腐ってしまうからね」

 

 通りで、学校の建物があまりに劣化し過ぎだと思った。たった数ヶ月で扉が腐ったりするようなことも、屋上の床がひび割れていることも、すべてウィルスの二次災害みたいなものだったのか。


「良くわかりました。ありがとうございます、説明していただいて」


「いや、いいんだ。とりあえず、出ておいで。案内するよ」


 シャッターが猫ヶ谷によって持ち上げられる。僕はその隙間をくぐって、廊下に出た。体感で一時間にも満たない投獄だったけど、どうしてもこの瞬間に言ってみたかった言葉があるんだよね。


 恥ずかしいから、誰にも聞こえないように、小さな声で。


「あー、しゃばの空気はうめ――ぇぇえ?」


 あれ?

 なんだ、目が回る。


「自己治癒、と言ったね」


 くるくると視界が回って、気づけば自分が地面に倒れていることがわかった。なんだ、いったい、なにをされたんだ?


「僕はね、ゾンビ映画が大好きなんだ」


 僕も好きです、と同意しようと口を開いても、うまく喋ることができない。ていうか、どうして立ち上がれないんだ?


「君の能力はつまり、そういうことだろう?」


「っっ、おい!! お前!!」


 猫ヶ谷さんの声に重なって、悠弥の叫び声が聞こえてくる。

 なんだよ、相変わらずうるせえ奴だな。僕が、どうしたって。


「お前、っおい猫ヶ谷ァ! てめえ、これはどういうことだよ!」


「なに、実験だよ。ていうか、その自己治癒とかいう能力やらが本当なのか確かめてみたかったんだ」


「だからって、お前、こんな」


 首が回らない。視界に映るのは、六本の足。

 猫ヶ谷さんと、屈強そうな男、そして――あれ?


「ここまでする必要、あったのかよ!?」


 あの足は、あの制服は、もしかして、もしかすると。


「確かめたいじゃないか。ゾンビって言っても――

 《首を落とされたら》、どうなるのかってさ」


 僕の、足?

 ちょっと待て。

 じゃあ、まさか、僕は。


「自己治癒はどこまで再生できるのか、見物だろう?」


 猫ヶ谷晴海。

 こいつ、あんなに僕のことを疑ってないとか言っときながら。


 《首落とす》とか、まっっっっったく信用してねえじゃねえか!!

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