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10『うるさい隣人』

更新遅れてすみません!

 なずなが僕のもとを去り、牢に一人残されているあいだ、隣の部屋からたまに声が聞こえてきた。大体無視をしていたのだけれど、あまりにもしつこく話しかけてくるから限界が来て答えてしまった。


「なんですか……」


「おっ、ようやく返事がきたよ。あのおっかねえ嬢ちゃんに舌でも切られたのかと思ってたんだが、違うようだ」


 話しかけられてから三十分程が経った頃のことだった。隣人は名を斎藤悠弥さいとう ゆうやと言うらしい。


「いやね、俺ってば下手こいちまってさぁ。かんったんなカマにかけられて、スパイだってバレちったわけよ。アホだからな俺」


「はぁ」


 どうして投獄されているのかと言うと、どうやら彼は別のコミュニティ《菜の花》からのスパイだったらしい。佐倉さんやなずなの所属しているコミュニティの名前が《山猫の集い》らしく、なんだかネトゲのギルドみたいだなってくだらない感想を抱いた。


「それでよ、お前はどうして捕まったんだ?」


「別に、なにかしたわけじゃ」


「あーみなまで言うなって。手、出したんだろ?」


 どうやら悠弥とやらは、黙ることを知らない男らしい。


「は?」


「美鈴ちゃんか?なずなか?いやさすがにないな……だとすると、えーと」


「だから、僕は今日ここに来たばかりで、ここの――《山猫の集い》? とやらに入れてもらえないかって示談するつもりだったら」


「投獄されたと?」


 頷く。


「なるほどね! それでさっきなずなと話してたわけか」


 体感として三十分も待たされて暇だったことは事実だ。一度こうして話し出してしまえば、少しは気が楽になる。僕は声が届きやすく聞こえやすいように椅子を壁際に置いて、腰を下ろした。


「美鈴ちゃんと同じ学園だったって、マジか?」


 実際は違うけれど、この世界では同じという設定になっている。


「へー、なあなあ、高校時代の美鈴ちゃんって、どんな子だった?」


「なんで僕が答えなくちゃいけないんだ」


「つれねーなー。いいじゃねえか。あの子さあ、こっちじゃ全然素顔を見せてくれないのよ。ほら、周りの奴らは同じ学園だったって思い出を共有してるけど、彼女は違うから。しかも可愛いと女の嫉妬を呼びやすいってな」


 佐倉さんから聞いた話と概ね合致する。もしかすると、なずなは佐倉さんにとって唯一の友人だったのかもしれない。それはなずなにとって、僕はいらない存在になるわけだ。


「個人的には実はかなり小うるさい委員長キャラってのを推すね。どう?」


「……残念。深窓の令嬢タイプだよ」


 知らないけど。でもたぶん僕が想定した過去なのだから、きっと実際も深窓の令嬢タイプだったということに《なっている》のだろう。


「ああ、へーきへーき、ストライクゾーン」


「……もう別にどうでもいいんだろ?」


「んなことねーよ。あー、ところでさ、じゃあお前、もしかして佐倉さんを連れて逃げ出そうとか考えてるわけ?」


 頭の上から冷水をぶっかけられたみたいな衝撃だ。

 その答えは、自分のことなのにわからない。もしかすると、僕は彼女を連れ出して二人で暮らすことを望んでいるのかもしれない。あるいは、このコミュニティでリーダーにのし上がることかもしれない。俺ツエーものが描いてきたバリエーションの数だけ、結末はある。


「やめときな」


 答えあぐねていると、悠弥はぴしゃりと言い放った。


「あの女さ、リーダーのお気に入りなんだよ。だから言ったろ、女の嫉妬を招きやすいって。だから、周りの奴らも手を出しづらいってわけ」


 ま、まさか、彼氏持ち、なのか?

 いやそんなバカな。ユーリカが言っていたじゃないか。この世界は僕の妄想が産んだものなのだろう。言ったはずだぞ、寝取られは大の苦手だって。あるいは、やっぱり僕の記憶が間違っているのか……


「どういうわけか、佐倉さんは必死にリーダーのアプローチを断ってるみたいだけどな。イケメンなのに、かわいそうだねぇ」


「あ、そ、そうなんだ」


 よっし!

 これで佐倉さんがヒロインであることに疑いはなくなった。我ながらキモいと思うけど、でも誰だって気になる子に彼氏がいたらショックだろう。


「それにあの子、なかなか我が強いっていうか、今日だってたぶん勝手に捜索に出たんだぜ。リーダーは過保護だから、捜索は男子に任せてるはずなのに、役立たずはいやだって言い切って、逃げるように外へ」


 あ、だからなずなは僕が訊いたとき、誤魔化したのか。佐倉さんは補給部隊じゃないのに、勝手に出て行ってしまうから、例外だという意味だ。

 悠弥が過保護な委員長タイプと考えるのも、無理はないかもしれない。


「……ていうか、さっきから君は」


「あーもうさっきから君君うっせえなあ! 俺の名前は斎藤悠弥、呼び捨ての悠弥でいいぞ」


 高いのか低いのかわからない絶妙なトーンだった。


「なずなの真似」


「いやわかるけどさ……」


 こいつ、めちゃくちゃめんどくせえ……


「あ、そうだ。先に言っとくけど、このコミュニティ、裏あるから」


「裏?」


 唐突にどうしたのだろうか。悠弥の声は、さっきまでの大声とは違い、壁越しにギリギリ聞こえるくらいの声量まで小さくなっていた。


「気をつけろよ。特にリーダーだ。あいつ、なに考えてるかわかんないぜ」


「それは、君がスパイだからじゃ」


「違うって」


 言葉を遮って、悠弥は言った。


「ここだけの話、俺が捕まった理由だけどな、それは――」


 遠くから、足音が聞こえてきた。こつ、こつと響く踵の音に反応して、悠弥は壁から離れていった。直後、悠弥の手のひらが格子状のシャッターから見え隠れしていた。

 僕もまたシャッターに近づくと、すぐ隣から囁きが耳に届いた。


「それはな、リーダーの部屋に入って書類をあさってたのを見つかったからなんだ」


「自業自得だろ」


「だから、問題なのはその書類なんだって。いいか、だっれにも言うなよ。お前は俺と同じ他所モンだから、いつか俺を助けてくれるって信じて教えるんだ。いいな?」


 出会って少しでそこまで信頼されても困るが……

 僕は、適当に相槌を打った。


「その書類にはな、あいつの筆跡で、こう書かれてたんだ」


 足音が近づいてくる。悠弥の声がより潜まり、早口になっていく。


「佐倉美鈴の、今日の一日、パンツの色」


「……は?」


「わかるか!? つまり、あいつは」


 悠弥は深呼吸して、さらに小さな声で、しかしはっきりと、告げた。


「ストーカーなんだよ!」


「君が――海斗君だね」


 どたどた音がして、悠弥は自分の牢獄の奥に引っ込んでいった。声はすでに間近に聞こえる。低く、落ち着いた、優しい声だった。


「あなたは」


「はじめまして」


 かつん、と革靴の音が響き、僕の牢の前で一人の男が立ち止まった。


「リーダーの、猫ヶ谷晴海だ。よろしく」


 すらっとした体躯で、整った顔つきを持つ、爽やか系イケメン。

 しかしその正体。

 こいつが。


「あ、ど、どうも、よ、よろしくお願いします」


 ストーカー?

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