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【猫塚にて、虐待の事情】第3話「金子さん」の証言

 土曜日の昼下がり、佐賀は青空が広がり、秀林寺辺りは春風が吹いていた。


 爽やかな風情とは裏腹に、猫塚の前で男の子が異様な雰囲気を醸し出して何かをつぶやいている。その小学生らしき少年はめまいがしたようによろよろと歩きながら、こちらに倒れ込んできた。




「大丈夫?」



 私は少年を抱きとめて声をかけると体を揺さぶった。



 焦点の定まらない死んだような目が、少しずつ生気を取り戻していく。



「あっ、俺…何もしてないよ……」


 

 そのうろたえようから人に言えない隠しごとがあるように思えた。




 私は先ほど聞きとれた少年の言葉を確かめる気にはなれなかった。彼の心を傷つけるかもしれないからだ。



 しかし意識はハッキリしているようで、取りあえずホッとした。




「救急車を呼ぶまではなさそうね。キミ、どこから来たの」



 私が心配すると、彼はばつが悪そうに答えた。



「すぐそこの家からだよ。ちょっとふらふらしちゃって…ごめんなさい。もう帰る…」



「おいおい、無理すんなって。そんなんで歩いたらまた倒れちゃうぞ」


 少年の言葉を遮るように万代くんが言い聞かせた。


「近くだから大丈夫。ホントにごめんなさい」




 歩いて帰ろうとしたものの、足がまだおぼつかない。


「家はどこだよ。おんぶしてってやるよ」


 万代くんは言うが早いか少年をおんぶするよう背中を向けた。


 一見すると体調を崩した男の子だが、万代くんには取り憑いている霊が見えているはずだ。


 私は彼が得体の知れない何かを感じながら、おんぶしてやると言い出したことに驚いた。


「ふーん、意外に男気があるんだ、それに優しいところもあるじゃない」


 心の中で感心しながら万代“立ちション”先輩を少し見直した。




「ほらっ、遠慮するなって。ムチャしてまた倒れたら、ホントに救急車呼ぶぞ」


 少年はそう言われて、しぶしぶおんぶされた。

 薄手のジーパンにスニーカー風の運動靴を素足で履いていた。春の陽気だから、上着はグレーのTシャツだ。


 私はおんぶされた少年を後ろから見たとき、首から肩にかけてアザのように青くなっているのが気になった。




 少年の案内で畑と住宅地に挟まれた市道をしばし歩くと、団地が目に入った。


 ふと顔を上げるとさっきまでの青空から様子が変わり、どんよりして今にも一雨きそうだ。


「あの団地の3棟だから。もうここでいいよ。ありがとう」


 少年はそう言ったが、心配なので念のために3棟の階段下までおんぶしてあげた。


 彼は声にこそ出さないが「バイバイ」というように手を振りながら、1階左側のドアを開けて入っていく。


 すると……


「お前、どこほっつき歩いとったんか」


「やめてくださいっ!お願いだからっ」


 両親だろうか、ドア越しに男女の声が聞こえてきた。



 私と万代くんは顔を見合わせて立ち尽くす。きっと同じ事を思ったはずだ。



「あんたたち、そこでなんしようと」



 後ろから声をかけられて、2人ともビクッとした。

 肝を潰すとはこういうことをいうのだろう。



 向かいのドアからおばさんが顔を出して覗いていた。

 50代ぐらいだろうか、不審そうにはしているが怒っている風ではない。




「あの、私たち、こちらの男の子を送ってきたんです…」


 私は不審者扱いされてはやっかいなので、事情を話そうとした。


「ああっ、ムラカミさんちのアキラくんね。まあ、ちょっと中に入んなさいよ」


 突然言われて戸惑った。見ず知らずの我々をなんで家に招くのか。

 万代くんと目で相談しようとしたら、おばさんが重ねて声をかけてきた。


「いいじゃないの。私もね、年寄りのひとり暮らしで退屈なんだよ。雨も降ってきたし、雨宿りのつもりでさぁ」


 確かに雨脚が強まっていた。道路に目をやると地面の色がこくなっているのがわかる。


 私は、もしかしたらアキラくんと呼ばれる少年の事情を聞くことができるかもしれないと考えて、心が動いた。


「じゃあ、ちょっとだけ雨宿りさせてもらいましょうか」


 万代くんに一応確認したものの、私はすでにそのつもりだった。




 おばさんの苗字は「金子さん」らしい。


「私はカネコっていうの。ここには5年前に越してきてね。知り合いも少ないのよ。あんたたちは、どこから来たの」


 隠す必要もないので、福岡市にある大学から猫塚を見学に来たと説明した。


「あの猫大明神を見に来たのかい?わざわざ福岡から。小さい祠があるだけだったろぉ」


 私は何と答えてよいのかわからなかった。話題を変えるためもあって、少年と出会ったことを明かした。


「ムラカミさんちもねぇ、ダンナが勤めていた海苔業者が倒産してから大変みたいだよ。さっきもアキラくんを怒鳴る声が聞こえただろ。いっつもあんな感じでピリピリしてさ…」


 金子さんによると、ムラカミ家が変貌したのはコロナ禍の頃だったという。



           ☆



 父親は有明海で海苔を養殖する会社に勤めていたが、温暖化の影響で生産量が減ったのに加えて新型コロナウイルスが猛威を振るい売上も落ちた。中小企業だったこともあり社長が自己破産するのは早かった。


職を失った父親は家に籠もって酒を飲むようになった。母親がパートに出てなんとか食いつないでいるようだ。やがて父親によるDVが夫婦間からはじまり、矛先は息子のアキラくんにまで向けられた…。



           ☆



 私は金子さんから話を聞いて、アキラくんのアザを思い浮かべた。

 きっと父親からひどい仕打ちをうけて腫れたのだろう。



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