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【猫塚にて、虐待の事情】第4話 七つ尾の猫

 私は金子さんから話を聞いて、アキラくんのアザを思い浮かべた。

 きっと父親からひどい仕打ちをうけて腫れたのだろう。

 たとえそうだとしても、いったい私に何が出来るというのか……。



 自問自答しているうちに、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 そのときだ。



「きゃー!やめてー!お願いだから許してください!」



 外の騒ぎが耳に入って私は思わず立ち上がった。

 万代くんもほとんど同時に飛び出した。



 間違いなくムラカミ家から聞こえた。先ほどの怒鳴り声どころではない、

 おそらく母親による必死の叫びだ。




 ドンドンドン、ピンポンピンポンピンポン、ドンドンドン



「どうしました!大丈夫ですか!」



 ドアを叩きチャイムを連打して呼びかけるが、応答を待っている余裕はない。

 ドアノブを回すと鍵がかかっていなかったので、勝手に飛び込んだ。



 母親と思われる女性が顔を引きつらせて固まっていた。


 私は彼女の視線の先を追って色を失った。


 父親と思われる男性が傷だらけで床に倒れていたからだ。


 額や頬、そして首筋から血を流して呻いている。どうやら息はあるらしい。


 その傍らには異様な動物が立っていた。



「アキラくん……」


 

 グレーのTシャツを着ていたのでそう思ったが、いや違う。


 服装は同じだとしても、中身は少年と似ても似つかぬ化け物だ。



 目は鋭く吊り上がって、口は耳まで裂けて牙が覗いていた。


 気配を感じて縦長の瞳孔がギロリとこちらを睨んだ。


 しかし私など眼中に入らないかのように視線を戻すと、爪を立てて男性を威嚇した。




「シャーーーァッ」




 鳴き声を出しながら牙を剥いたため、再び襲いかかりそうな緊張感が走った。




 その瞬間、万代くんが風のような素早さで飛びかかった。




「やめろ!アキラくん、やめるんだ!」




 彼は叫びながら化け物の腰にしがみついたが、すごい力であっけなく吹っ飛ばされた。


 しかも化け物はあろうことか、万代くんに向かって爪を立てるではないか。



「あぶないっ」



 私は咄嗟に化け物をとめようとしたが、頭がボウッとして体が動かない。

 自分が自分でないような変な気持ちだった。


           


             「やめるのです」




 発した自覚すらないのに…そんな言葉が私の喉から放たれた。

 まるで宇宙に響き渡るような丸くて分厚く奥深い声だ。




 ピクッと反応した化け物は、ゆっくりと私を振り返った。


 黒い瞳孔はまん丸になり、じっと私を見つめていた。




 すると、化け物の口からモヤモヤと白い雲のようなものが出てきた。

 それは次第に形を成してゆく。



 今度こそ、紛うことなき“化け猫”が現われた。


 とはいえ高貴なオーラがあり、妖怪の類いとは思えぬ風貌だ。


 瞳は深い海のように碧く、全てを見透かすかのように輝いていた。


 頭の上には立派な耳がピンと立ち、あらゆる音を聞き分けることができそうな存在感がある。


 全身は薄茶色のフサフサした毛に覆われ、七つの尾はそれぞれが意志を持つかのごとく動いていた。




「ほう。こんなところでお目にかかるとは思わなんだ。今日はいい日だ」



 只ならぬ力を感じさせる“化け猫”が、私を見ながらそう話したので、真意を確かめたい気持ちが勝り、なんとか我に返った。




「あなたは誰?私の何がわかるというの?」


「私はご覧の通り……」


 そう答えようとしたところ、見守っていた万代くんが横やりを入れた。


「こまだろう。知ってるさ。鍋島猫化け騒動で大勢を呪い殺したのはお前だな」


「愚か者!私はこまなどではない。こまの祟りを鎮めるために祀られた、七つ尾の猫じゃ」


 なるほど、伝説を紐解いても辻褄は合う。猫塚に祀られたのはこまではなく、七つ尾の猫なのだ。


 勘違いを指摘された万代くんは、自分でも誤りに気付いて赤面した。と同時に彼らしく機転を利かせた。



「“七つ尾の猫”じゃ呼びにくくてしょうがないな。今風に“ななお”っていうニックネームはどう」


「な、な、ななお! なんか草履の鼻緒みたいじゃな。まあ名前などどうでもよい。好きに呼べ」


「ところで、そなたは本当に自分が何者なのか知らないようだね」


 七つ尾の猫、改め“ななお”が私を見つめて笑みを浮かべた。



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