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第3章【妖刀の行方】第1話「神の気配」

 やれやれ。昨日往復したばかりの行程をまた戻るとわ。


 JRに揺られて佐賀に近づくと私の胸はますますざわつく。

 夢で呼ぶ声の正体を知ればもう引き返せないような気がしてきたからだ。


 真剣に悩むと時間を忘れるらしい。ふと立ち止まれば目的地に着いていた。



「ななお、出てきてちょうだい」


 私は猫塚に向かって呼びかける。


 どんよりとした曇り空の下、幸いにしてほかに人はおらず躊躇はなかった。


「聞こえてるんでしょ!教えてほしいことがあるの」


 さらに声を張った。


 すると白い煙のようなものがもくもくと湧きだした。アキラくんのときと同じだ。


 白い煙はやがて“七つの尾の猫”になって物憂げにしゃべった。


「こうも気軽に呼び出されるとはのう。いちおう猫大明神として祀られとるのじゃが」


 私はななおのぼやきなどおかまいなしで核心に迫った。


「昨晩も夢で『こちらへおいで』って呼ばれたのよ。単なる夢とは思えない感じがしたの」

「ななお。私に言ったわよね『自分が何者なのか知らない』って」

「いったいどういう意味なの。声の主は誰?なぜ私を呼ぶの」


 矢継ぎ早に問い詰めたところ、ななおはちょっと考え込んでから答えた。



「だから言ったであろう。ご機嫌を損ねるかもしれないから余計なことは話したくないのじゃ」


「ていうことは、夢に出てきた声の主はあなたより力があるのね」


 私はななおが煮え切らないのでイライラしてきた。ななおもそれを察したようだ。


「まあ待て。私は聞いてないから夢の声が誰なのかは知る由もない。ただ、“神の気配”がするのじゃ」


「え!私が神様だっていうの!そんなはずないじゃん」


 まさかの展開に思考が追いつかない。


「勘違いしてはいかん。“神の気配”がするのであって、そなたが神だとはいってないぞ。あ、こんなこと話したら逆鱗に触れるかも。くわばらくわばら」


 私は「神様ではない」と聞いて、少し拍子抜けするとともにホッとした。そしてモヤモヤしてきた。


「もう、じれったいわね。だったら私は“何者”なのよ。わかりやすく話してちょうだい」


 ななおを問い詰めたところ、しぶしぶ語りはじめた。




          ☆☆



 神代の昔、山を神として崇めていた。大山 (一説には今の神奈川県伊勢原市の大山といわれる) 辺りを知行する国守をオオヤマズミ(大山統み)と呼んだ。


 世襲によって代々「サクラウチ」、「オオヤマカグツミ」、「マウラ」がオオヤマズミとなった。三代目のマウラが橘(ミカンの木)を植えたことから「橘君(タチバナノキミ)」になったという。 



          ☆☆



 ななおが話す神代の歴史に「タチバナノキミ」が出てきたので驚いた。


「私の苗字が立花寺君枝だから“タチバナノキミ”ってニックネームをつけられているけど、それは偶然でしょ」


 そう訝しむと、ななおはさらに続ける。


「あだ名については知らぬが、私はそなたがタチバナノキミと縁があるゆえ“神の気配”をもっておると感じたのじゃ」


「じゃあ、夢の声はタチバナノキミっていうこと」


「それはわからん」


 ななおは気まずそうに答えると煙になって消えてしまった。




 結局、確かなことは知らないようだ。神代の昔から「タチバナノキミ」が実在したという情報だけでもよしとするか。




 私は夢の声の真相がわからず、釈然としない心持ちで家路についた。

 JRを乗り継いで佐賀まで行ったのに十分な収穫は無く、足取りは重い。



 自宅に着くと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してのどを潤す。


 時計を見たら夕食にはまだ早い。

 そうだ、母に聞いてみよう。そう思いついて久留米の実家に電話した。



「君枝ね?なんばしよっとね!よなっときだけん!」


 相変わらずお気に入りのテレビCMのセリフが返ってきた。


 本人はギャグのつもりらしいが、私は何回も聞かされているので適当に受け流して本題に入った。


「ねえ、お母さん。立花寺家と“タチバナノキミ”の関係とか知っとる?」


 すると母は心当たりがあるように答えた。


「何ね、いきなり。そういえば新婚の頃、現人神社(あらひとじんじゃ)に連れて行ってもらったとき、お父さんが話しよったねぇ」


「那珂川にある現人神社のこと?で、お父さんなんて言いよった?」


「まだあんたが生まれる前のことやけん。それに私もあんまり興味がなかったけん、真剣に聞かんやったし、よう覚えとらん」


「もう、なんか覚えとろうもん」


「そうそう。現人神社に立花木ちゅうところがあって、それと“タチバナノキミ”が関係あるとかないとか……」


 なんとも頼りにならない情報だが、現人神社が関係していそうだ。

 私は電話を切るとネットで調べてみた。



             ☆



 『古事記』によるとイザナギノミコトは世界を作った男神とされる。イザナギは女神・イザナミノミコトが亡くなったことを嘆き「黄泉の国」を訪ねるが、すでにイザナミの体が腐っていたため怖くなって逃げだしてしまう。


 イザナギノミコトは黄泉の国の穢れを払うために禊を行ったところ、三柱の神様が生まれた。三柱である底筒男命・中筒男命・表筒男命を「住吉三神」と呼ぶ。


 イザナギノミコトが禊を行ったのが、現人神社の近くにある那珂川のほとりの立花木(かつての橘)だという説があり、現人神社は住吉三神のルーツとされるそうだ。




            ☆




「立花木か……なんか“タチバナノキミ”との縁を感じるわね」


 私はななおが話したことと現人神社の逸話を重ね合わせて一人唸った。



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