第79斤
今日も今日とて予備校の自習室で参考書を開いて勉強していたら、足元に置いていたスクールバッグの中からスマホがポンポコポンと音を鳴らして着信を告げてきた。今勉強してるっつーのにと心の中で舌打ちしながら、わたしは発信元の名前を見ながら自習室から立ち去り、ロビーの空いている席を見つけて座って電話に出た。
「あのさりょん。わたし今べんきょ――」
『るーたんやばいやばいやばいいやばい!』
「何がやばいの?」
『だからやばいんだって!』
「だから何がやばいのかって聞いてんの!」
『だからもうやばいんだって!』
「ちょっと落ち着けぇ!」
突然電話してきたかと思ったらやばいやばいと大声で連呼されて苛立ってしまい、ついついこちらも大声になってしまった。おかげで少し離れた所に座っている真面目そうな男子に睨まれてしまった。確か名前は……能登島くんだったっけ。進学校に通ってるのに予備校にも通ってるとかどんだけ偏差値上げるつもりなのかと思いつつも、わたしは彼の隣の席に移る。
そしてわたしはスマホを側にある丸いテーブルに置いて、能登島くんの両手に自分の両手を重ねながら、苦笑いで彼を見つめた。
「ごめんねっ。友達がなんかやばいやばいやばいうるさくて……」
「あ、そうだったんだ……。なななんんかごめん」
能登島くん、キョドる。照れてる。かわいい。
ちょろいぜ。さては君、女子に近づかれたことないな?
いやそんなん言ってる場合ちゃうわ。わたしは能登島くんの前でもう一度、スマホに話しかけた。
「で、何がやばいん?」
『ドリザがなんか訳わかんない女と訳わかんないゲームの耐久生配信始めてんだけど!』
「ドリザ? ドリーマーズオブザーサイ?」
『それ以外に何があんの! いいから今すぐYouTube見て!』
りょんはそう言うと電話をばっつりと切りやがった。とりあえずドリザが何かやばい配信してるというのはわかったけど。
わたしとりょんは同じドリザ好きということで意気投合して仲良くなった。だけどわたしは最近起こった一連の炎上でドリザ熱が冷めてきていた。燃えて冷めるってなんか訳わからんけど、まあ事実としてはそうだとしか言いようがない。チャンネル登録も解除しようか迷ってるし。
「ドリーマーズオブザーサイって……YouTuberの?」
「うん。今生配信してるからすぐ見ろって」
能登島くんの質問に答えながら、わたしはまあそこまで言うならと思いつつスマホを操作して、YouTubeのアプリを立ち上げた。するとすぐに件の生配信は見つかった。
タイトルは『ドリーマーズオブザーサイ×ぱんどらぶれっど 同接250万人超えるまでディエゴパーティーやり続けます配信』だった。
サムネをタップすると、中央にすごろくみたいなゲームの画面が大きく映し出されていて、右下にいいだとつよしがゲームのコントローラーを握っている様子が映し出されていた。なぜかつよしがミイラみたいな見た目になってるけどそれは置いといて左下にはアニメキャラっぽい二次元の可愛らしい女の子のイラストがゆらゆらと揺れ動いていた。にしても。
「ぱんどらぶれっど? ディエゴパーティー? って何かわかる?」
わたしはどうせ知らないだろうなと思いつつも能登島くんに一応知らない単語について聞いてみた。
「ディエゴパーティー……っていうのはよくわからないけど多分このゲームのことで……ぱんどらぶれっどっていうのはVTuberの事務所のことだよ。そこの女の子2人が所属してる」
しかしわたしの予想とは裏腹に能登島くんはなかなかの回答を返してきた。さすが進学校。
「あ、VTuberって知ってる?」
そして今度は能登島くんがわたしに聞いてきた。微妙に緊張した声で。やっぱり君、女の子に慣れてないな!
「それが何かくらいはさすがに知ってるよ。あんま見たことないけど。能登島くんは見るの?」
「まぁ……嗜む程度には」
「嗜み?」
「まぁ……うん。この子たちは僕もあんまり知らないけど……でも、同じ事務所のVTuberの配信は勉強の合間によく見てて……」
「誰?」
「それは……その……富良らんすっていう……」
「フラダンス?」
「ふ、ふら、らんす」
能登島くんはもじもじと俯きながら言った。かわいい。ここでいきなりキスしたら爆発するんじゃなかろうか。やってみたいような、みたくないような。そう思って顔を見ると……なんかわたしまで恥ずかしくなってきた。
「に、にしても! 同接250万人って多すぎない? ここまで人集められるものなの?」
慌てて話題をずらす。私はアーカイブで見る派だから配信中の同接数なんて気に留めたこともなかったし。うん。
「いや……これは正直……強気通り越して無謀すぎる……」
能登島くんは軽く咳払いをした後、ぼそぼそとしつつもそう言った。
「E判定で特攻する的な?」
「というより……神学部に入って神になろうとする的な……」
「マ?」
「ごめん……なんか上手い例えが思いつかなくて……」
「それくらい現実的じゃなさすぎるってことだよね。何となくわかった」
「う、うん。日本で一番多く集めた人でも確か130万人くらいだった気がするし……それより100万人以上多いとなると……」
「キツいね。でもなんでこんな配信しようなんて思ったんだろ?」
「それは僕にもちょっと……」
「むー……」
わたしは頬を膨らませながら能登島くんとそのまましばらく考えたけど、結局答えは出てこなかった。
そして配信は、わたしが予備校で勉強を終えてバスに乗って家に帰ってご飯食べてお風呂入って明日の準備をして寝るまでの間も終わることなく続いた。
『ギャー!』
『あひゃはひゃひゃ』
『けじゃじゃがじぇいああが!?』
部屋の中で音量を上げて音を聴く。今のところは楽しそうだけどそのうち時間がきたら諦めるのかな。それとも本気で続けるつもりなのかな。現在の同接者数は10万人。調べるとこれでもめちゃくちゃ多いっぽいけど、250万人には到底届いてない。
わたしはそう思いながら、スマホをスリープしてベッドに倒れた。
それから配信は朝になりわたしが起きた後も、学校に向かった後も、放課後になり予備校に向かった後も、予備校から帰ってきて夕食を食べている今もなお、続いていた。
同接者数は、目標には全く届きそうになかった。




