第73斤
「大丈夫?」
「う……うん……」
ムリムちゃんに声を掛けられ、私はようやく目の下を拭って冷たい床から立ち上がった。いつまで泣き続けていたのかはもうわからなかった。いつもいつもいつもこんな風に泣くしかできない自分が情けないと自分でも思う。だけどひとつだけ、わかったことがある。
このままいけば、自分だって消滅するかもしれない。消滅したら、その先はどうなるのか誰にもわからない。こんなの自殺と変わらない。
わざわざあんな人のために、命を懸ける必要は無い。
それが正しい選択だ。それが正解だ。
彼のことなんか忘れて、これからも変わらず生活も、配信も続ければいい。
それが他でもない彼自身が、私に対して望んだことだ。
だったら、どうすればいいのか。
答えはもう、決まっている。考える必要も無い。
なのに。
どうして。
『軽くないよ。僕がわっちんに抱いている感情は』
『いつまでそうして突っ立ってるつもりだ! 戦うのか!』
頭の中で、いつかの記憶が甦る。
私のことが好きなら、私に優しくしてって言ったのに。
『僕は君に恋をしている『焼きバター』だ。だから君はこれからも『黒和わわ』でいなきゃならない。辞めてはいけない』
自分を変えようと思って始めたけど結局何も変えられそうになかったから辞めようとしてたのに。
学校での私は、相変わらずコミュ障の根暗女だし。
お父さんは戻ってこないし、お母さんも亡くなったし、親戚とは馬が合わないし、マネージャーはいないし、サポートも薄いし。
現実の私を気にかけてくれる人なんて、誰もいなかったのに。
『大丈夫だよ。何ならもうしばらくこうしてていいよ』
『君がそういうテンションで接したいのならそれでいいよ。僕だってそっちの方が好きだし』
『可愛いね』
『ガチ恋勢の焼きバターだよ』
『そっか。僕が君を好きでも、君が僕を好きだとは限らないよね。大事なことを忘れてたよ』
「舞原くんに……会いたい……」
私はこんなことを、口にせずにはいられなくなってしまっているんだろう。
「そうだな。ただ……」
「ただ?」
つよしが私が握り締めている舞原くんのメモを上から見て言葉を濁すと、ムリムちゃんが首を傾げた。
「俺が考えていたのは、俺と君たちでコラボ動画を撮るということだった。そうすれば多少の話題にはなるだろうが、消えるレベルまで到達するかはわからない」
「どういう……こと……?」
今度は私が、つよしに尋ねた。一体何を言おうとしているんだろう。
「うごたが言っていた。YouTubeで注目を浴びて、目立つと煙が出て消えると」
「つまり、何かインパクトがないとってこと?」
「そういうことだ」
ムリムちゃんが一言で要約すると、つよしが首肯した。
「それならいいのがあるよ! ねーわっちん!」
するとムリムちゃんは私の方を向いて、同意を求めてきた。
「いいのって……?」
「ほら、あたしとのコラボ配信でやったやつ!」
「あぁ……」
アレか。確かに理不尽で意味不明で衝撃的なゲームではある。それを接点が一切なさそうな人たちが急にコラボで配信なんてしたら、少なからずざわつかせることはできる……のかもしれない。だけど。
「もうひとりいれば……ちょうどいいんだけど……3人だと誰か余っちゃうし……」
「あーそっかー! でもやってくれる人なんて――」
「ここにいる」
「わぉ!」
「かっかかっじきゃっかかああかかかかかかじゃじゃじゃなああああ!?」
ムリムちゃんがあちゃーという顔をして目を手で覆うと、唐突に壁のクローゼットの扉が突如開いて誰かが出てきて言った。訳がわからないまま私は奇声を発してしまっていた。この癖は当面治せそうにない。
それはともかく、クローゼットから出てきた人に一番驚愕していたのは、私よりもつよしだった。つよしは今まで見たことがないくらい目を大きく見開いて、クローゼットへと恐る恐る近づいていった。
「いいだ!? どうしてお前が……消えたんじゃないのか!?」
「勝手に消さないでくれ……消えるのが怖くて田舎に逃げてただけだ……でもいつまでも逃げてる訳にもいかないと思ってここで色々探していたら……君たちが入ってきて……どうしようか迷った挙句ここに隠れて……出るタイミングを失っていたところだ……」
ドリーマーズオブザーサイのメンバー、いいだは憔悴した様子ながらも、芯の通った声で言った。
「ともかく……これで4人になったが、どうするつもりなんだ」
「それはねー。これからみんなでこのゲームをやるよ!」
私含めて他の3人が戸惑いを隠せない様子の中、ムリムちゃんは両手を広げて明るい声でつよしの問いに答えた後、私の方を見て「せーのっ!」と言ってきた。
え、何を言えばいいの? あ、それか。
「「ディエゴパーティー!」」




