第72斤
つよしが運転するやたらとエンジン音が重い外車の後部座席にムリムちゃんと乗って、私はドリーマーズオブザーサイがスタジオとして利用しているマンションの一室へとやってきた。
「これは……うごたの靴だな。となるとその横にある靴は……」
「舞原くんの……」
玄関に入ると、つよしが三和土にあったブランド名がでかでかと書かれたスニーカーを指で摘みながら言った。そして私の足元にぽつんと置かれているのは、淡い緑色のシンプルなスニーカー。毎日まじまじと見ていたから、それが舞原くんのものであると私はすぐにわかった。
「鍵も掛かってなかったということは、そういうことなんだろうな」
つよしは呟きながらうごたのスニーカーを雑に戻すと、自分の靴を脱いで廊下へと上がっていった。私とムリムちゃんも後に続いて、足を踏み入れていった。
間取りは3LDKで、LDKは軽く20畳以上はありそうな広さだった。他の部屋は、編集部屋だったり仮眠室だったり物置だったりに使っている感じだった。生活感はあまりなく、どの部屋も整理整頓がなされていて、清潔感が保たれていた。ぶっちゃけ私の部屋よりずっと綺麗だった。
「いいだが綺麗に掃除してくれていたんだけどな。あいつがいなくなった以上どうなることやらだ。ま、使う人もいなくなった訳なんだがな。これはムギのリュックか?」
「は、はい……」
つよしが私が思った疑問に答えながら、倒れた三脚の近くにあった黒いリュックサックを私に差し出してきた。やっぱり舞原くんのものだった。何か手掛かりになりそうなものはないかなと、少しばかりの後ろめたさを感じながら私は中身を探っていった。
「むさしはどうしてるの?」
私が極力無心になりながらリュックを漁っている間に、ムリムちゃんがつよしに尋ねた。むさしというのは確かドリーマーズオブザーサイのメンバーだったと思う。何でかはわからないけど一人称が拙者で語尾にござるを付けて喋って侍のコスプレをしていた気がする。
「あいつには家で普通に編集作業やってろと伝えてある。万が一にもドリーマーズオブザーサイ全滅しましたなんて事態は避けなければならないからな」
「そっか。つまりあたしたちも何かしようってことだよね?」
「そうだ。煙になった人たちを救うには、君たちの力が必要だ」
「あたしは協力する気満々だけど、その救う人ってうごたも含んでる?」
「あいつに関しては、直接一発殴らないと気が済まないからな」
「ツンデレかよー」
「違う」
ムリムちゃんとつよしが何か話していたが、私の耳には届いても、脳で処理されることはなかった。舞原くんのリュックの中身は、弁当箱が入った袋、空になった水筒、小さなペンケース、体育祭のプログラムの紙が入ったクリアファイルといったものしか入ってなかった。
気づいちゃいたけど、やっぱり特に手掛かりになりそうなものはなかったなと思いながら、私はひとまずクリアファイルを鞄から引き抜いて中身を確かめていった。
「これって……」
すると、プログラムの紙の裏側にボールペンで走り書きしたような文章が書かれていることに気づいた。私はつよしやムリムちゃんには黙ったまま、その文章を読んでいった。
その内容は。
『白野さんへ
この文章を読んでいるということは、きっと僕はもうこの世から消えているんだと思う。まずはそれを謝りたい。勝手に消えてごめん。でもこれは、消滅してしまった人を助けるためだったり、これから消える人を守るためなんだ。うごたがそう言ってたけどいかんせん説明が突飛すぎて僕もまだ理解しきれてない。けど一応うごたが言ったことを下の方にメモしておいてある。字が汚いけど書き直す時間も無いっぽいから許して欲しい。ただ、間違っても君が何かしようとは思わないで欲しい。果たして本当にこの理論が正しいのかも、間違っているのかも、やってみないことには何もわからないから。あと、焼きバターとしてわっちんに言いたいことがある。もしかしたら、もう戻ってこれない可能性だってあるから、言っておきたかったことをここに書いておく。
僕を救ってくれてありがとう。辞めないで続けてくれてありがとう。僕を受け入れてくれてありがとう。僕と一緒に居てくれてありがとう。
ただ、奇声を発する癖はたまに鼓膜がやられそうになるから何とかしてほしい。でもそれが君の持ち味だと思うからやめろというのもそれはそれでどうかなとも思う。あと僕は貧乳でも好きだ。むしろ貧乳が好きだ。君のほっぺが好きだ。間違えたこれは白野さんの方だったから忘れて欲しい。けどわっちんでも白野さんでも、もう少し君は自分に自信を持っていいと思う。知らないかもしれないけど意外と可愛いとクラスの男子の間では人気になってるし、そんな子とイチャイチャできるなんてなんて幸せ者なんだと僕は思われている。実際幸せだけど。あと声も綺麗だし手も綺麗だし歌も上手い。実は最近また君のASMR配信を聞いて寝ている。だから一度リアルASMRをやって欲しかったけど殴られそうだから言わないでおいた。殴るのは僕だけにするように。
ともかく、願わくば、今後とも末永く活動を続けてくれることを異次元世界で祈っている。異次元世界がどんな世界かわかんないけど多分祈ってると思う。
どうか幸せに。舞原麦也。
うぇんたちは消えたんじゃなくて別のせかいいじげんせかいにとばされた。他のやつもそう。なぜとばされたのかは話さない。僕に話すと計画が崩れるから。犯人は恐らくヒナ。消されたのはYouTuberだけ。凶悪犯罪者は消えていない。すいそくが正しければこれでうまくいく。その後は任せておけ。もどれるかはしらん』
「ほんとに……こんなの……勝手すぎるよっ!」
文章を読み終えた瞬間、私は無意識の内に叫び声を上げていた。
そして舞原くんが残した文章が、水滴で部分部分滲んでいった。




