第71斤
午前9時。私はキッチンの吊り戸棚に乱雑に詰められていたシリアルに牛乳をかけて適当に掻き込んだ後、家を後にした。外に出た瞬間、夏の雨の日特有のむわっとした空気がシンプルな青いワンピースに包まれた身体を襲う。
ふと視線を上にやると、舞原くんの家が視界に入った。窓からは厚いカーテンだけが見えて、中の様子は伺いしれない。
私は今にも溢れ出しそうな感情を抑えながら、ビニール傘を開いて、駅に向かって白いスニーカーで水溜まりを踏み抜く音を鳴らしていった。
ひとり電車に揺られて、鎌倉水族館の前まで着くと、わざわざ連絡とかをするまでもなく、ムリムちゃんだなと感じ取れる女の子が傘も差さずに雨に濡れていたので私はその子に向かって歩き続けた。
「あの……えっと……」
何から話そうか、何と言えばいいかと迷いながら声を掛けてしまった。思わず傘で顔を隠しそうになってしまう。
「その声は……わっちん!?」
けれどその子は挙動不審な私を不審だと思わなかったのか、瞳を輝かせながら傘下に入り、私の目を覗き込んできた。
「う、うん……」
「だよね! あたしがリムリムだよ!」
リムリムと名乗ったその子は真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪に数えきれないくらいの白いメッシュが入っているという奇抜な髪型をしていて、シンプルな黒いシャツと黒いミニスカートを身につけていた。身体は私よりも随分と小柄だけど、全身のバーツのバランスがいいのでちんちくりんなどといった印象は感じさせない。
そしてまだあどけなさが残る可愛らしい顔には、眼鏡が――なかった。だけど私を真っ直ぐ見つめるその瞳はその代わりだと言わんばかりに、とても大きくされていた。
そう。どうして眼鏡を掛けていないのかという疑問が思い浮かぶほど、私はムリムちゃんの見た目を脳内でイメージできていたのだ。
そしてそのイメージが当たったということは、ムリムちゃんはやっぱり――と思った瞬間、上半身に湿った感触が走った。
「ムリム……ちゃん……?」
遅れて、ムリムちゃんが優しく私に抱きついてきたのだということに気がついた。突然の事態にどう反応したらいいのかわからず、私は困惑する。
「ごめん……。わっちんのこと、もう色々知っちゃってるんだ……。あたしに出来ることなら何でも協力するから……知晴ちゃん」
「どうして……その名前を……」
ムリムちゃんから本名で呼ばれて、困惑を通り越して混乱し、傘を地面に落とした。どうして、と濡れる頭で考えたけど、やっぱり上手く思考が巡ることはなかった。
「俺が全部教えた。こうなった以上もう四の五の言っていられないからな」
頭に降りかかる雨が突如止んだかと思うと、黒い傘が私とムリムちゃんの上に差されていた。
傘の持ち主は、全身に痛々しく包帯が巻かれていてサングラスも掛けていないから判断に迷ったけど、つよしだった。
「俺たちで、ムギを助けるぞ」
そしてつよしは、私と顔を合わせて、決意を込めたような声で言った。




