第68斤
『気に入らない奴はとっとと消すに限る。今はそういう時代だからお前らもそうしろ』
『話し合い? 議論? そんなもん馬鹿には全くもって通用しない。お前らも薄々感じてんだろ? 生易しく接するくらいなら物理的に黙らせた方が早いってなぁ。興奮するぜ? 人間が恐怖に染まる顔って。しかもそれが呑気に暮らしてる馬鹿の顔なら尚のことなぁ』
『んじゃ、俺たちはこれからも馬鹿ども消していくんでよろしく。あ、このことで批判したらお前ら消しに行くから』
うごたは面倒そうに言うと、配信をばっさりと終わらせた。
舞原くんは、何も言わなかった。
うごたが言ったことに、肯定も、否定もしなかった。
「あああああああああああああああああああああああああぁ……」
『ちはるん……』
私は何も考えられないまま、喉から言葉にならない声を絞り出した。
何が、どうして、こんなことに。
私はソファに顔を埋めて、熱くなる目頭を必死に抑える。
そもそも私はなぜ泣きそうになっているんだろう。
悔しいから? 悲しいから? 怒ってるから? 何もかもわからないから?
違う。
そんな理由じゃ、ない。
私がまだ小さかった頃、父は私とお母さんを置いて、家から出て行った。
何も言わず、ただ置手紙だけを残して、忽然と姿を消した。
前の日までは何の変わりもなく一緒に楽しく過ごしてたのに。
私はそのときも泣いたことを、今でも鮮明に覚えている。父の顔は今も思い出せないのに、その感情は、今でもはっきりと。
今感じている感情は、それと似ていた。
それだけじゃ、ない。
もう二度と会えない。そんな気がするからだ。
果たして何の考えも無く、舞原くんを生配信に出演させるのだろうか。
うごたは。
舞原くんを。
消そうとしているんじゃ、ないのか。
そして舞原くんは。
これから。
「まいばらぐぅん……」
彼の名前を呼んだとき、私の心が、壊れた音がした。
まだ何も言えてないのに。
辞めないでって言ってくれたこと。可愛いって言ってくれたこと。一緒に出掛けてくれたこと。
好きだって、言ってくれたこと。
全部、貴方がいたから、私は。
私は。
「私は……」
『ちはるん!!』
刹那、雪ちゃんの叫び声がスマホから響いた。まだ、通話が繋がっていたんだ。恥ずかしい声、聞かれちゃったな。
『とにかく連絡するっす! 舞原さんに! うちからもしてみるっすから!』
私が指で目の下を拭っていると、スマホからそんな声がした。そして、通話が切られた。
私はやっぱり、何も変われてない。
勝手に決めつけて、不安になって、諦めて、逃げて。
そして最後はいつもいつもいつも、誰かに助けられて。
「ああああぁ……」
やらないと、変わらないと、助けないと。そんな考えが頭を巡れば巡るほど、身体は言うことを聞かなくなった。
横浜に来たのだって、黒和わわになったのだって、自分を変えるためだったのに、結局私は、何も変わってない。
ビビリで、まともに喋れなくて、どうしようもないダメな人間だ。
「うわぁぁぁぁぁぁん」
私はスマホを抱えて、外から聞こえる激しい雨音を、ただただ聞き続けた。




