第61斤
んな訳ねぇだろ。
俺は右手首に巻いていた1000万超えの腕時計を指の第3関節付近まで引き上げると、俺をボコした気になってすっかり油断していたらしいつよしの顎目がけてアッパーカットをかました。すると奴の身体が想像通り宙に数十センチ浮いたので、奴の顔面に飛び蹴りをかまし、重力を乗せて増した脚力で地面に叩き伏せる。奴が掛けていたサングラスの破片だかパーツだかが足に刺さったのでサングラスは適当に蹴り飛ばした。サングラスの行方を目で追っている中で、口に手を当てて絶句している眼鏡女が見えた。
「技名とか叫ぶのは俺の趣味じゃねえから、適当にやるわ」
唖然とした表情を露わにしたつよしの顔面を右手で掴んで持ち上げると、勢いをつけて壁面に衝突させる。そして無防備になった後頭部に肘鉄。「ぐぇ」という空気が漏れたような呻き声が聞こえて爆笑する。
「あのなぁ、お前如きが俺をボコせてたってマジで思ってたのか? 無抵抗でやられてたのはなぁ、演技だよ。演技ぃ」
「が……」
奴が床に倒れる前に、ベルトを掴んで俺の正面に投げ飛ばす。
「お前なんかの為に高けぇ時計を傷モノにしてんだ。せいぜい感謝しろよ」
指に巻いた腕時計のケースで再度奴の顎を殴打。そして腹を蹴り、奴が床の上で仰向けになったのを見ると棚を開けてPDWの電動ガンを手に取り、そのまま奴目がけて弾を発射する。実弾だったらとっくに蜂の巣になっているのを想像して更に笑う。
「もうやめて!」
笑いながら弾を撃っていると後ろから悲鳴が聞こえたので適当に後ろ蹴りをかました。すると眼鏡女の腹に直撃。眼鏡女が眼鏡を飛ばして床に転がった。最初は少し本気でビビったが、防御力はこんな程度か。
「俺を勝手に犯人扱いしてさぁ。俺の方こそやめてくださいって話なんだけど」
すっかり動かなくなったつよしと、顔を覆いすすり泣く女を見て俺は言う。
「つーか死んでないよな?」
つよしの頬を叩きながら尋ねる。「ぐがっ」という声が聞こえたので生きてはいるんだろう。俺はそれを確認すると、キッチンに行って冷蔵庫を開けて凍ったペットボトルを奴に投げつけた。
「まぁ、そんなに知りたいなら教えてやるよ。どうやったらYouTuberが煙を出して消えるのか」
「は……」
俺がそう言ってやると、俺が投げたペットボトルを形見か何かなのかと思うくらい大事に抱えたつよしが上半身を起こす。女は相変わらず泣いている。眼鏡を拾いに行く素振りも見せない。
「答えは簡単。YouTubeで注目を浴びて、目立つと煙が出て消える。それだけの話だ。理屈までは知らねぇけど、事実はそれだ」
微妙に嘘だけど、馬鹿正直に事実を話す必要は無いだろうな。
俺は棚の中にPDWをしまうと、棚の上にあったハンディカメラの録画を止める。
「つまり、俺をボコったお前の動画をアップロードしたら、お前は消えるだろうな。スタジオで彼女と一緒にうごたを殴りまくるつよしなんて面白すぎて急上昇1位間違いなしだからな」
「な……」
「今編集してアップしてやるよ」
俺は笑いながらカメラを持ってリビングを去ろうとしたところで、足を止めた。そして床に転がっていた眼鏡を拾って、持ち主の女に近寄る。
「このままだとつよしは消える。それは嫌だろ?」
眼鏡のテンプルで手で覆われた女の顔をコツコツ叩きながらつよしにも聞こえるくらいの声量で尋ねる。女は泣きながら何度も頷いた。
「だったらさ、お前らがこの前会ってた……ムギだったっけ? あいつに会わせろ」
「どう……して……ですか……」
女が俺から眼鏡を取り返しながら聞いてきた。
「あいつは妹と仲が良かったからな。何か知ってるかもしれない」
正しくは、何か利用できるかもしれない。だが、まあ細かいことはいいだろう。
「待て……どうしてお前が……それを知っている……」
「わざわざ撮影休んで鎌倉水族館に行くって言われたらさ、何してたか確かめさせるのは当然だろ。リーダーの人脈を甘くみるんじゃねえよ」
人脈っていうか、札束握らせただけなんだけどな。
「まぁともかく、ムギに会わせろ。あいつにはここの住所を教えてやれ。んで、ここに来いって伝えろ。来させられなかったら……わかってるよな?」
俺は返事を聞くことなく、リビングから立ち去り、玄関で靴を履いて、外廊下を歩き、エレベーターを待った。
すると、同じ階の部屋に住んでいるおばさんが俺の顔を見てぎょっとした。
「ちょっとうーちゃん!? どうしたのその顔!?」
おばさんが心配そうな顔で俺を見て尋ねてきた。
「ちょっと今日の撮影で無茶しちゃって……でもいい動画撮れたので結果オーライです」
俺はカメラを見せびらかし、ビジネススマイルを浮かべながら、嘘に塗れた言葉を紡いだ。
「ほんと無茶せんといてね? そろそろいい年なんだから……」
「はいっ。気を付けます。ところでこれからどちらへ?」
「ちょっとコンビニまで……その……これを……」
「タバコですかぁ。いい年なんですから吸い過ぎないでくださいね」
「わ、わかっとるよ!」
そうしておばさんと話をしていると、エレベーターが無人でやってきたので俺はおばさんと乗り込んだ。そして俺は噴き出した。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
「すみません。今日の撮影があまりにも面白かったもので」
軽く謝罪しながら、俺は先ほどの出来事を回想する。
俺にあっさり反転攻勢されてボコられるつよし。あの愕然とした顔は本当に面白かった。
もしかしたら、これで……。
いや、まだやめておこう。
全てはあいつ……ムギに会ってからだ。




