第60斤
『見ての通り拙者は無事でござるから、安心するでござるよ。うぇんが戻ってきたらまた5人で撮影するつもりだから、それまで待ってるでござるよ!』
むさしが勝手にやっていた生配信を、俺はスペックを持て余し気味の最新型パソコンで眺めていた。
SNSを見るに、案の定うぇんも消えたんじゃないかという噂が次第に確定事項であるかのようになっていたので、おおかたその釈明といったところだった。内容は的外れも甚だしかったが、生配信でもあの罰ゲーム口調を貫き通したところは評価してやってもいい。
そうして配信が終了するのを見届けたと同時に玄関の扉がインターホンが鳴ることもなく開いた。誰だと思いつつ、俺はゲーミングチェアから立ち上がりゲーム部屋を出ると玄関へと向かった。
「やはりここにいたか。うごた」
玄関には夜だってのに顔に汗を滲ませたつよしが真顔で立っていた。その後ろにはこいつの恋人――恋イルカか? 呼び方なんてどうでもいいが、地雷ファッションで眼鏡の女が所在なさげに立っていた。俺とは目を合わせようともしない。
ため息をつきながら天井を見上げた後、俺は口を動かす。
「スタジオはヤリ部屋じゃねぇんだけど」
「ああ。知っている」
牽制してみたが、まあいいだみたいにはいかねぇか。いや、あれはあいつがただ単に直情的な馬鹿だったってだけか。
「いいだと連絡がつかなくなった。家にも、実家にも、どこにもいない。行方を知る人もいなかった」
「あいつも消えたのか?」
「あいつも、ということはやはり何か知っているんだな」
「おっと、いけねぇ」
というのは嘘で、わざとそう口にしてみた。すると予想通り釣れた。後は台本を読み上げてリールを回すだけだ。いいだほど簡単にはいかないだろうが、まあ俺の敵にはならないだろう。
「知っているのなら答えろ」
「いいだのことはマジで知らねぇけどさ、俺、うぇんが消えるとこは目の前で見てたんだよ」
「見てただけなのか?」
「だってどうしようもねぇじゃん。いきなり煙出たらさ、やっぱ何もしようがねぇんだよ。それはお前もよく知ってるだろ」
「だとしてもどうしてそれを誰にも言わなかった?」
「だってあいつが消えるように仕向けたの俺だし」
すると、つよしの目の色が一気に変わる。それを見て、俺は笑いを必死に堪えながら言葉を紡ぐ。
「俺はあいつに多分こうしたら煙になって消えるんじゃないかって教えてやっただけだよ。で、あいつは俺の言った通りに実行して無事消滅いたしましたとさ」
「どうしたら消えるんだ!」
「おぉー。怖い怖い」
語気を荒げてつよしが俺に尋ねてくる。俺は怖くもないが、怖がるふりをして頭を抱えて身を屈める。そしてその姿勢のまま、そいつの耳元に口を近づけて、囁く。
「お前、イルカの肉の味知ってるか? 和歌山で食ったことあるんだけどさ、ありゃ――」
言葉を言い終える前に右頬に鈍く激しい痛みが走り、たたらを踏む。つよしが俺を殴ったということは、痛みとあいつの怒りやら怨嗟やらの黒い感情が混じっている表情ですぐにわかった。
「もう一度聞く。どうしたら消えるんだ」
土足のまま、足音をわざとらしく大きく鳴らしながら、俺に一歩、また一歩と近づいてくる。
「お前みたいな役立たずの無能に言うとでも思うか?」
そう言った後、床に手を着けて立とうとした刹那、銃でも撃たれたかという衝撃が胸を貫き、蹴られた石ころのようにフローリングの床を縦に回りながら転がった。リビングに繋がるドアにぶつかり止まったところで、実際に蹴られたという事実に気づく。後頭部に走る痛みと上下反転する視界で蹴った奴を確認すると、つよしの恋人らしい眼鏡女だった。
「取り消して下さい!」
女が敵意を剥き出しにしながら俺に甲高い声で叫ぶ。
「事実なんだから取り消す必要なんてねぇだろ」
そう言いながら体勢を立て直そうとしたがその前に更なる衝撃が冷たい感触とともに顔面を襲い、生温い鉄の味が口元に溢れた。口内に溜まったものをぺっと吐きだすと、泡立った赤い液体がフローリングにへばりついた。ガワは人間でも、中身はイルカってことか。フィジカルじゃこいつに勝てそうにはないな。
「すみませんお兄さん……私……この人嫌いです!」
「それは正しい感情だよ」
つよしは女の横を歩いてこっちに向かってくると、俺のTシャツの襟元を掴み、強引に俺を立たせた。
「言え」
「言わねぇよ」
肋骨が折れて肺に突き刺さったんじゃないかというほど、胸に強い衝撃を受け、たまらず咳き込んだ。
「言え」
「まさかとは思うが、俺が言うまで殴るつもりか?」
「そのつもりだ!」
俺の右耳付近に奴の右ストレートが炸裂。音叉のような耳鳴りがするのを感じながら、俺はリビングに逃げ込んだ。そしてあえて、怯えた顔を作る。
「おいおい……これじゃ撮影出来ないっての」
顔の右半分が赤く腫れているのだろうと思いながら、俺は尻もちをついたまま後ずさる。そして棚の上を見たところで肩から床に叩きつけられた。
「知るか。そもそもお前が5人で撮影できなくしたんだろう」
「だからってリーダーをこんなにボコってどうすんだよ……」
「お前をリーダーだと認めたことは一度もない」
「あぁ、俺だってイルカを彼女にするようなイカレやろ――」
そこからの記憶は、あまりない。
覚えているのはただただ激しい衝撃。残っているのは全身の痛み。ただそれだけだ。
結局、俺はやられ役の敵キャラってところか。
まぁ、大切な人間を失って闇堕ちした奴は大抵こんな感じになるんだろうけどさ。KOされた俺は情けなくリビングのカーペットの上で仰向けになり、真っ白く輝くLED照明を直上で見上げながら、そう思った。
「さぁ……教えてもらおうか……お前が知っていること全てを……」
俺を殴り続けて疲れたらしいつよしが俺の胸を踏みつけながら、俺を見下して言った。
「あぁ……言うよ」
俺は痛みを堪えながら奴の足をどかして立ち上がると、何もかもを、素直に話すことにした。




