第57斤
「麦也!? 麦也だぁぁぁぁぁ!」
各種施設や設備を上の空で見て説明も聞き流し、クラブ棟にあるバーチャルYouTuber同好会なるサークルの部室に足を踏み入れるや否や、どこからともなく従姉の舞原日羽が僕に飛び掛かってきて頭を締めてきた。ボブの茶髪から柑橘類のような香りが漂ってきている上にたわわに実った果実を連想させる大きくて柔らかいものが顔にぐいぐい当たっている。相変わらずためらいも無くこういうことをやるのはどうかと思う。だってほら白野さんが……やっぱり叫んでるし。
まあでもとにかく、何も変わらず無事でいてくれたのは本当に良かった。苦しいけど。
「なんでここにいるの!?」
「ひはははがし「てのててのてのほよぽよ!?」よぁ」
「何て言ったの!?」
「ちょっとしら「えねねのらのととめきょにゆよむのね!」ん」
白野さんの奇声で聴覚が奪われ日羽の胸で視覚が奪われている中、誰か助けてくださいと手招きのジェスチャーを誰に向けているのかわからないまま実行した。すると柔らかい感触が必死に伸ばした手にも伝わってきた。もう訳がわからないので日羽の胸を顔で無理矢理持ち上げて強引に視界を確保すると、ルイちゃんが笑顔で僕の手に顎を乗せていた。やっぱり訳がわからなかった。学文路さんと犬木村先生は少し離れた所から目線を反らして苦笑いしている。誰か助けて下さいとルイちゃんの顎を下からぺちぺちしながら思う。
「ルイちゃ「るにおねののののえよちほにねのにこおね!?」う」
「全然聞こえない!」
「だからしら「えっち!」違う!」
「えっちしにきたの!?」
「違うから!」
「嘘!」
「だからちが「こんなに麦也がむらむらしてるなんて思ってなかった! びわはしたくないから! ごーとぅーへぶーん!」」
「違うって言ってるでしょうが!」
「ふぎゅうう!」
僕はたまらず日羽の頬を両手で挟み、物理的に黙らせた。柔らかでもちもちだけど、やっぱり白野さんのとは違うんだよなぁ。と白野さんを見たら殴られた。世界が反転し、固い床に身体を打ち付けられる。ややあって目を開けると、眠そうな目をした長い髪の女の人が床に転がっている僕を間近で覗きこんでいた。
「だぁいじょうぶぅ~?」
真上から聞こえる、独特すぎる声。僕は咄嗟に飛び起き、その声の主に向けてこう呟いた。
「めろん……ちゃん……?」
「そうだよぉ~。わたしがめろんだよぉ~」
「勾当台、めろん?」
「そっちの名前で知ってくれてるんだぁ~。嬉しいなぁ~。これどうぞぉ~」
目の前にいるゆるふわ系の女性は僕の開いた口にじゃがりこを突っ込んできた。
「知っているなら言ってくれ!」
咥えさせられたじゃがりこをぼりぼり噛んでいる僕の肩を学文路さんがほぼ肩パンの勢いで叩いた。
「えあええあえええええあえあえあえあえあええあけあかっかけけかられれれら!?」
そして白野さんは、奇声を発しながら失神しかけていた。




