第56斤
「めろんちゃん……知らない方ですね」
「そうだろうなと思ったけど。じゃ案内しますのでついてきて下さい。俺もまだ1年なんであまり把握しきれてないですが」
ルイちゃんがあっさりと首を横に振っても、学文路さんは特に傷つくような素振りも見せず、ついていくよう僕たちに促しながら建物の自動ドアを開けて外へと出て行った。そこでふと隣を見ると、白野さんと目が合って僕の肩をべしべし平手で叩いてきた。め、め、めろんちゃん!? というように口が音を発することなくパクパクと魚のように大きく動いていた。僕もかなり驚いたけど、だからといって僕の肩を叩くのはどうなんだ。
「先生はどうするんです?」
学文路さんが膝で息をしている犬木村先生に尋ねた。先生の右手にはスポーツドリンクのペットボトルが握られていた。
「あぁ……? 私も行くよ……。5限目授業あるけど……それまで予定ないし……はぁ……」
「大学講師も暇なものなんだな」
「暇じゃないから! 研究とか授業準備とか色々してますから!」
犬木村先生は手早くペットボトルを開封して一気に半分近く中身を飲み込むと、その勢いのまま学文路さんに大きめの声で言った。
「一番暇だったときは?」
「永遠に誰も相談に来ない相談室でカウンセラーやってたとき。暇すぎて自分で自分のカウンセリングしてたっけなぁ……じゃなくて! 案内しないと案内!」
「ここは学務課棟。サークルの先輩が『あそこの職員は融通利かんべさ!』とか何とか言ってたから気をつけておくように。向こうにあるのは研究棟。留年して寮を追い出された虚ろな目をした理系の人が住み着いてるらしい」
「言い方ぁ!」
学文路さんと犬木村先生の妙に息が合っているやり取りに僕たちは口を挟めないまま、新築じみた学務科棟の外観を眺めた。
「サークルってどこ入ったんだっけ?」
「バーチャルYouTuber同好会」
「あぁそうだった。そのTシャツの子もその、バーチャルYouTuberなんだっけ?」
「はい。勾当台めろんっていう子です。ぱんどらぶれっどという事務所で――」
「はいはい。他に誰か心理の子っているっけ?」
「舞原さんがいますね。あの人自分でもVやってるんですよ」
「へぇー」
「俺は一度も見てないですが」
案内が適当すぎることなんてどうでもよくなるくらい、耳を疑いたくなるような会話が聞こえてきたので僕は前を歩く学文路さんと犬木村先生の元へと駆け寄り、口を開いた。
「あの、その舞原って、舞原日羽ですか」
「あぁ確かそんな名前だったような……ってどうして君がそれを?」
「僕のいとこなんです」
僕は学文路さんに手短に伝えた。
「そうだったんだ。さっき会ったし多分今も部室にいるだろうから後で寄ってみようか」
学文路さんがそう言うと、張りつめていた緊張の糸が一気に切れる音がして気絶しそうになったけど、なんとか堪えて学文路さんの背中を追いかけた。




