第55斤
ルイちゃんを見た学生たちのざわめきを置き去りにし、僕たちは犬木村先生に学務課棟なるガラス張りでモダンな2階建ての建物へと案内された。
そういう服の趣味なのかはどうか知る由もないが、なぜかRPGの主人公みたいに装飾が大量に付いた華美な服を着ている学生が受付の女性職員と次で3留になるから忖度してくれだの出席しない方が悪いだのと揉めていた。僕たちはその後ろでテーブルと椅子に座り、大学見学申込書という書類に個人情報を記入しているところであった。
犬木村先生は「一緒に紹介してくれそうな学生ゲットしてきます!」と言ってどこかへ行ってしまった。学生にボールでも投げるのかなと想像しながら申込書にボールペンを走らせていると、向かいに座っているルイちゃんの手が止まっていることに気がつきそちらを見た。隣の白野さんは希望学部のところで頭を悩ませているようだった。ちなみに僕は未定の枠にチェックをしておいた。
「読み書きはできるのですが、どう書いたらいいでしょうか……」
ルイちゃんは困り顔で僕を見て言った。確かに馬鹿正直に住所が水族館で4歳ですと書く訳にもいかないか。
「僕が書くよ」
僕はルイちゃんの申込書をテーブルの上を滑らせながら手繰り寄せ、代わりに書くことにした。
「苗字はあるの?」
「ありません。ウイ先輩はお兄さんの苗字を拝借して鯵矢端ウイって名乗ってますが……」
「なら君は僕の妹ってことにしよう」
そして僕は、空白になっていた苗字記入欄の部分に舞原、と書き込んだ。続けて住所も僕と同じものを記入する。
「誕生日は?」
「6月1日です」
「了解」
年齢は僕の1歳下、つまり実年齢から11歳逆サバしておいた。普通だったらこんなサバ読み一瞬で見抜かれるだろうが、人間形態のルイちゃんは普通に外見も精神もそれくらいに思えるためむしろ正直に4歳と書いてしまう方が嘘だと思われてしまうだろう。でも中学生が大学見学とは……まあ僕の付き添いみたいなものということでいいか。そんなことを考えながら、ルイちゃんの申込書の空欄を埋めたところで彼女の手元にそれを戻した。
「ありがとうございます。お兄ちゃん……お兄ちゃん」
「どういたしまして」
申込書を大事そうに手に取りながらルイちゃんが頭を下げてきた。二度もお兄ちゃんと言って。
どうせなら本当に妹に――と思ったところで前で職員と揉めていた主人公みたいな人が「俺を舐めるなよ」と捨て台詞を吐きながら去っていった。
「あなたも大学を舐めないように……あ、もう書類書けました?」
建物を出ていく学生を冷めた目で見送った受付の職員の人が、すぐさま目を温かくして僕たちに尋ねてきた。隣を見ると、白野さんもどうやら書き終えたようだった。
「はい。お願いします」
それを見て、僕は2人の申込書を手に取り僕の分とまとめて受付の人に手渡した。そこで一瞬白野さんの希望学部を見ると、法学部の枠にチェックがされていた。何というか、ちょっと意外だった。
「犬木村先生はまだ戻ってきて……あ、来た来た」
「はぁ……はぁ……ごめんね! 待たせちゃって……なかなかいい学生がゲットできなくて……」
受付の人が僕たちの背後に指さすのを見て後ろを振り向くと、やたらと疲弊した様子の犬木村先生と、その隣で苦笑いをしている男子学生が目に入った。その学生は一面に――待て。ちょっと待て。なんだその服は。
「この子が私と一緒に大学案内してくれる、心理学部心理学科1年の学文路崇平くん! 学文路くん、何か一言!」
「見ての通り、めろんちゃんにガチ恋してます」
僕たちを見ながら力強くそう言い切ったその学生が着ていた半袖Tシャツには、めろんちゃん――勾当台めろんのイラストが全面にプリントされていたのだった。




