第54斤
雲ひとつない青空の下、爽やかな空気を身体に受けながらマンションから10分程歩くと、日羽が通っている仙泉大学構内に到着した。好き好きの服と髪型をした大学生が、彼氏がバイトが就職がと談笑しながら僕たちの横を歩き去っていく。
「これが、大学、なのですね」
ルイちゃんが不安そうに僕の服の裾を掴みながら言う。白野さんも信号機みたいな髪色の大学生集団に怯えながら僕の隣をおずおずと歩いている。
僕にとっても大学はまだまだ縁遠い存在だ。だから正直僕も少し不安ではあるのだけれども、2人がこんな様子なので僕がどうにか頑張らなければと見慣れない景色を見て決意を固める。
林立するビルのような建物、唐揚げを売っているキッチンカー、分厚い本を両手いっぱいに持ち歩く学生。目に映る光景どれもが僕の通う高校とは全く異なる異世界であった。
「お兄ちゃん」
「へ? ああうん。なに?」
ふとルイちゃんに裾を強く引っ張られてそう呼ばれ、やっぱりルイちゃんは僕の妹だったのかと一瞬錯覚してしまったが、確かそう呼びますって話をしたなと思い出し、平静を装いながら応答する。
「ヤギがいます」
「ほんとだ。大学で飼われてるのかな」
「もっと近づきたいです。ヤギは水族館にいたら絶対会えないですし」
ルイちゃんは仙台に来てから初めて期待に満ちたような明るい表情になって言った。彼女が指さすその先には、犬みたいに首輪とリードをつけた白いヤギがいた。そのヤギの周囲を円形に取り囲むように多くの学生が群がっている。そこにいる学生の誰かに話を聞ければ、何か日羽のことがわかるかもしれない。
「行ってみよう」
僕はそこまで考えた後ルイちゃんと手を繋ぎ、ヤギがいる広場らしき場所へと歩いていった。「ま、待って……」という白野さんの気弱な声が後ろからしたので、少し立ち止まってからまた歩き始めた。白野さんは女子にしてはそれなりに背丈はある方なので、ビクビクした態度以外は周囲に馴染めていた。態度以外は。
「メトロくんちょっと太った?」
「どうなんですかね。いつも一緒だとよくわかんないですけど」
「太りましたって。もっと痩せなきゃダメですよ」
ヤギの付近まで行くと、ヤギを撫でている女子大生とヤギのリードを持った男子学生のやり取りが聞こえてきた。
「メェー」
「はいはい。ダイエット頑張ってくださいね」
「痩せような」
「メェー」
男子学生と女子学生はさも当然かのようにヤギと会話していた。
周りの学生は「またメトロ試験破壊してくんないかな」「俺は太ってないよな?」「太ってない人はみんなそう言うんだよ」「確証バイアスはやめろ」「それ使い方合ってる?」といったような会話をしており、特にヤギと話していることを気にしてはいなかった。
「メェー」
なんなんだこれはと思ってヤギを見ていると、ヤギが鳴きながら僕――と手を繋いでいるルイちゃんを見た。すると一斉に学生の顔がこちらの方へと向けられた。
「なんだこの銀髪眼鏡の美少女は!」「どこの学部の子だ」「1年生の子かな?」「彼氏持ちか……」「なんか中学生っぽくない?」「帽子取って欲しい」
聞こえるそんなざわめき。ルイちゃんがビクビクと身体を小さく丸めて僕の背中に隠れる。なぜか白野さんも僕の背中に隠れる。どうしようこの状況と考えていると、ヤギを撫でていた女子大生がヤギの元を離れて僕の目の前までやってきた。その女子大生は、白いブラウスに水色のカーディガンを羽織っていて、首には名札のようなものをぶら下げていた。口には出すと白野さんに叩かれそうなので言わないでおくけど、ナチュラルメイクとぱっちりとした目が特徴的な美人だった。
「もしかして大学見学かな?」
女子大生は優し気な笑みを浮かべて僕に聞いてきた。
「は、はい」
違いますと率直に言ってしまうと追い出されてしまうのではないかという考えが頭をよぎり、僕はあまり考えず咄嗟にそう言ってしまった。
「だよね! こんな銀髪の子なんて全然見ないから」
「そ、そうですよね……」
帽子を被れば目立たないだろうという見通しが甘かったことに歯噛みする。しかし女子大生は態度を変えることなく、名札を手に取り、僕たちにそれを向けてきた。
「私、心理学部講師の犬木村優香です!」
若い見た目からしててっきり女子大生だと思っていたその女性は、講師だった。




