第32斤
「リムリムとデートすることになったのはいいんだけど、どうすればいいのかわかんないんだって」
「で、ちはるんがわっちんだって知ってる舞原さんに相談しようとしてたと」
「うん。僕もあんまりそういう経験ないから困ってたんだけどね」
黙々とスパゲッティをもぐもぐしている白野さんに代わって僕が委員長に説明した。委員長は「なーるー」と言った後、癖毛の髪を指でくるくると巻きながら続けた。
「うちも基本インドアなんであんま経験はないっすねー」
「でも着ていく服とかは詳しそう。イラストレーターだし」
「そりゃまー、黒和わわという可憐な美少女を産み出したママですけどねー。ねーちはるーん」
「ほんとに……雪ちゃんが……偬鳴架先生……なの……?」
委員長に同意を求められて白野さんが震え声で再度確認した。委員長はハンバーグを食べ終わり、こくりと頷いた。
「そっすよー。何ならここでポートフォリオ見せましょーかー?」
「ポートフォリオ?」
「要は作品集っすねー。企業にアピールするときとかに見せるんすよー」
僕の聞き返しに委員長は返答しつつ鞄からタブレット端末を引っ張り出した。そして軽く操作した後、僕と白野さんの間にそれを置いた。
「これは背景画で、これはクリーチャー、イケメン、ゆるキャラ、ドット絵、建物、戦車、武器、風景、風景、風景……あ、ここからがわっちんっすねー。寝そべりわっちん、バスタオルわっちん、水着わっちん、スーツわっちん、スマイルわっちん……」
委員長がタブレットを慣れた手つきで操作して様々なイラストを見せてくれた。僕には絵の専門的知識が無いのでデッサンがどうとかそんなことはわからないが、僕が同じレベルに到達するのには一体何年掛かるんだろうかと思うほど全てのイラストが緻密で繊細な柔らかいタッチで描かれていて、今まで見たこともないわっちんのイラストも大量にあり、目の前にいるこの人こそが偬鳴架ママだという現実を改めて認識させられた。
「やっぱり……雪ちゃんが……」
「ママって呼んでいいっすよーちはるーん」
「それはちょっと……」
委員長は手を広げて白野さんを受け入れようとしていたけれどあっさりと却下されていた。委員長は白野さんの頬をそのまま両手で挟んだ。
「ふぃふぃふぁふぁん!?」
「舞原さん! めっちゃぷにぷにっすよこれ!」
「知ってる」
「マジすか! これやばいっすね!」
委員長も白野さんのほっぺの魔力に取り憑かれていた。白野さんは訳がわからないという顔をしながらされるがままとなっていた。
「ふぁいっふぁあふぁふっふふん……」
舞原くんって言ったのだろうか。目が合ったから多分そうなんだろうな。
「そろそろいい加減デートの相談をしよう」
「ふぁふぉうふぁあふぁふぉ!」
「こーゆーのは習うより慣れろっすよー。試しにうちらでデートっぽいのしてみます?」
「ふふぁうふあうふぇふふふぁいふぁ!?」
委員長が白野さんの頬をぷにぷにしながらそんなことを言ってきた。白野さんは半開きにされた口の中の舌が筆舌に尽くし難いとんでもない動きをしていた。
「リムリムとのデートはいつやる予定なんすかー?」
「さ……再来週の日曜日……」
質問と同時に開放された白野さんが、自分で頬を揉みながら答えた。
「じゃー次の日曜、3人でどっか行きましょっかー。舞原さんは大丈夫っすかー?」
「大丈夫だけど、僕も行くの?」
「当たり前じゃないっすかー。ちはるんも舞原さんとデートしたいはずっすよー。ねーちはるーん」
「えじゃかえじゃっじゃなああふぃは!?」
「まあ、白野さんとデートできるならしたいけど」
白野さん、というかわっちんとデートするなんて全焼きバターの夢だ。それができるというならむしろ断る方がおかしいというものだ。そんな僕の答えを聞いて委員長が薄く微笑んだ。
「ちはるんはー? 配信するつもりだったっすか?」
「いや……特にはまだ……」
「じゃーデートの予定、入れといてくださーい」
委員長はこれで決まりっすねと言った後、僕たちに提案をした。
「向こうの親子が動物園行ったんだったらうちらは水族館行きますー? デートの定番って感じっすしー」
「まあ、行ってあんまり盛り上がらなかったらまた他の所考えればいいし、いいと思う」
僕は思ったことをそのまま伝えた。デートのための練習みたいなものだし、あんまり深く考えすぎるのもよくないだろう。
「ちはるんもそれでいいっすかー?」
「う、うん……あ……ありがと……」
白野さんも頷き、こうして僕たちは日曜日、3人で水族館に行くことになったのだった。
「それじゃまた明日学校でー。リムリムとの配信楽しみにしてるっすよー」
ややあって全員が食事を終えると、委員長は一足先に店から去っていった。
「えっと……私たちも……」
「そうだね」
僕と白野さんも目を合わせて腰を上げ、レジの店員さんに支払いはもう済ませたと話してから店から出た。斉藤先生とエビ子ちゃんもいつのまにか店からいなくなっていた。
「あの……舞原……くん」
帰路を並んで歩いている途中、白野さんが口を開いた。
「何?」
「今日の配信……ちゃんと見て……それと……」
「それと?」
「日曜日、楽しみにしてるね……!」
白野さんは僕に笑顔でそう言うと、駆け足で家へと向かって行った。
「僕も、楽しみにしてる」
ちゃんと聞こえたのかどうかはわからないけれど、だんだん小さくなる白野さんの背中に向けて、僕はそう返した。




