第27斤
わっちんとリムリムの初コラボ配信から夜が明けた木曜日の午前6時半、家のインターホンがピンポーンと小気味よい音を上げた。
こんな朝早くから一体誰だと思いつつ、既に会社に向かって行った父と朝食の準備をしている母の代わりに玄関に歩を進める。誰がインターホンを鳴らしたのか確認する前に、適当に靴を履いて扉を開けた。すると目の前に制服をぴっしりと着ている白野さんがいた。彼女はいつものようにもじもじとした不安そうな表情で僕を見た。
「おはよう」
「お……おあひょう……」
おあひょうってなんだと口走りそうになるのを抑えながら、僕は制服のスカートを短く調整しながら玄関前で佇んでいる彼女と言葉を交わす。
「こんな早くから珍しいね」
「う、うん……」
「あと、配信お疲れ様。ちゃんと最初から最後までずっと見てたよ」
「あ……ありがと……あ、あのね……?」
「なに?」
「デート、どうしよう!?」
「はい?」
デート……? 昨日の配信の最後の最後にリムリムがわっちんをデートに誘っていたような気がするけどそのことだろうかとまだ十分に働かない脳で考えていると、後ろからバタバタとした足音が近づいてきた。
「今デートって言いましたぁ!?」
母が背後から体当たりしてきて、僕は三和土に顎を打ちつけた。痺れた視界の中反射的に顔を上げるとスカートを短くしていた白野さんと目が合っ「えっち!」罵られた。まだ何も見てないのに理不尽だと思いながら、僕は立ち上がりエプロン姿の母を抱き上げた。久しぶりに持ち上げたけど相変わらず軽かった。
「とりあえず……中に……」
「えっち! ばかっ!」
「む。むぎくーん! やめてくださーい!」
僕は投げかけられた声を無視して母を肩に乗せながらリビングに向かった。
「この子むぎくんのなんなんですかぁー!?」
「今から説明するから……白野さんも入って」
「え、あ、はい……お邪魔します……」
白野さんが三和土に足を踏み入れたのを視野ギリギリで確認すると、リビングに入った。朝だけどなんかもう疲れた。
「麦也の母の舞原ぱすたって言いますっ」
「ぱ、ぱすた?」
「はいっ! ぱすたですっ!」
白野さんが聞き返していたが、母の名前はぱすたである。ちなみに食卓にもパスタは度々出てくる。
「あ……えと……まい……む、麦也くんのクラスメイトの白野……知晴です……」
「知晴ちゃんかぁ……もしかして、最近むぎくんと一緒に学校行ってる子?」
「あ……えっと……それは……」
「むぎくん?」
「そうだよ」
「やっぱりそうだったんですねー! たまに窓から見かけて誰だろうなあの子って思ってたんですよっ!」
痛みが和らいで頭が大分回るようになり、気づけばダイニングテーブルで目玉焼きとベーコンとサラダとパンケーキとヨーグルトを3人で食べているところだった。
母は白野さんがまだ朝食を食べていないことを知ると「せっかくなのでどうぞ!」といって白野さんの分も用意しだした。白野さんは少しためらっていたが、結局は母の押しにあっさりと負けた。放っておいたらまたポテチかなんかで済ませそうだし、ちょうどよかったんじゃないだろうか。
母は白野さんと比べると小柄さが際立って見えた。白野さんもそこまで高身長っていう訳じゃないけれども、それだけ母が小さいということなのだろう。
「隣のマンションでひとり暮らししてるんだよ」
「そうだったんですね! 最近なかなかご近所付き合いとかが減っちゃってて。会えて嬉しいですっ!」
「は……はい……」
白野さんは母の笑顔を少し見た後、笹窯ボコが描かれているマグカップで紅茶を飲んだ。
「このコップって……」
「あ、これは仙台に住んでる姪がお土産にくれたのなんです! 可愛いですよねっ」
「め、姪……?」
白野さんがマグカップをこっちに向けながら首をかしげてきた。僕からも説明した方がいいのだろうかと思いながら、僕は白野さんに向けて口を開く。
「父の兄の子で、僕にとっては従姉だよ。名前は舞原日羽。多分今は大学1年、だったと思う」
「そ、そうなんだ……」
ちなみに彼女もVTuberやってるよ、ということは言わないでおいた。言ったらまた母が暴走しかねないし、わっちんの正体を知っているのはまだ僕だけでいい。僕はハチミツがたっぷりかかったパンケーキを頬張りながら母を見た。すると母は白野さんに目を輝かせていた。
「ところでさっき言ってたデートって何の話ですか!? もしかしてむぎくんとですか?」
「え……いや……」
隣に座っていた白野さんが無言で僕の太ももをぺしぺしと叩いてきた。これは僕が上手いこと説明しろということか? 僕だってまだ詳しく聞いてないのになと思いつつも、紅茶を飲んで口内を洗った後、母に話した。
「昨日白野さんが女友達に今度一緒に遊びに行こうって誘われたんだよ。それでどうしたらいいか僕に相談したかった……でいいんだよね?」
白野さんを見ると、張り子の虎みたいに首を何度も縦に振っていた。やっぱりそういうことだったか。
「そうだったんですね! ちなみにどこに行く予定なんですか?」
「それは……まだ……わからなくて……」
「わかってないの!?」
思わず大きな声が出てしまったが、白野さんはまた首肯した。
「だって……それ聞く前に……通話終わっちゃったし……」
「普通はそれを最初に決めておくはずなんだけどね」
「うぅ……私も……こういうの初めてだったし……」
白野さんは僕より先に朝食を食べ終わり、スマホを開いた。そしてすぐに「あ!」とよく通る声を上げた。
「『行く場所について話してなくてごめんね! わっちんに任せるから!』ってメッセージ来てる!」
「わっちん? 白野知晴……なのにわっちん?」
「あ、あわわわ……」
わっちんという呼び方に母は疑問を抱いたらしく白野さんに尋ねた。白野さんは露骨にあわあわし始めて僕の太ももをまたタップしてきた。仕方ないな。
「こうやってあわわわ言うからわっちんって呼ばれるようになったんだよ」
「そうなんですね!」
僕がそういうと母は疑う様子も見せずに納得した。白野さんは僕を睨みながら握り拳で僕の太ももを思いっきり殴打してきた。仕方ないだろ。
「まあ、この話は学校に行きながらしよっか。わっちん」
「わ……わ……わー!」
白野さんがわーわー言っているのを横目に、僕は朝食を食べ進めていった。
「あんまり難しく考えずに楽しめばいいと思いますよっ。考えすぎたらかえって失敗しちゃいますし」
「わ……わわ……」
母の言葉に白野さんははいもいいえも言えずにもじもじしていた。それを見ながら僕は、最後に残った目玉焼きを飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
「ご……ごちそうさま……でした」
「はーい」
僕に遅れて、白野さんもたどたどしくごちそうさまを言った。そんな白野さんを、母は優しそうな顔で見ていた。




