第23斤
水曜日。午後7時50分。自室にて。
もうすぐ、わっちん初のコラボ配信が始まろうとしていた。しかしその前に見ておきたい動画があったのでまずはそっちを見ようと思い、いつものようにスマホでYouTubeのアプリを開いた。
動画のタイトルは「うぇんについて」。投稿者はドリーマーズオブザーサイだ。サムネイルには真顔で座っているいいだが映っている。ぱんぶれメンバーだけじゃなくてドリザメンバーの顔と名前も覚えつつある今日この頃である。豚事件以降もなんだかんだで色々動画見ちゃったし。メントスコーラで空を飛ぼうとして派手に跳んだ動画が特に面白かった。
『みなさんこんにちは。ドリーマーズオブザーサイのいいだです』
いいだは一礼した後、簡潔に挨拶をした。元々いいだはひとりで謝罪動画を上げてしまうくらいに優しくて物腰柔らかな人ではあるみたいだけれども、今回はいつになく真面目であった。
『この動画は、他のメンバーに了承を得ずにアップしています。そのため今後非公開になる可能性があることをご承知おきください』
そう言って一息入れた後、いいだは本題を切り出した。
『2週間ほど前から、うぇんと連絡が全くつかなくなっています』
『最初は誹謗中傷に心を痛めているからだろうとか、何かのドッキリ企画ではないのだろうかと思いました。でも、何かがおかしいんです』
『うごたも、つよしも、むさしも、マネージャーも、誰もうぇんと連絡がつかない状況なのにも関わらず、誰も彼を心配しようともしないんです』
『なぜ心配しないのかと問いただしても、そんな必要はないだとか、ずっと寝てるだけだろうとかとしか答えてくれません』
『そこで僕は、動画撮影が無い日に、彼の自宅の玄関前で1日中立つということをやってみました』
『結論から申し上げますと、彼に会うことは出来ませんでした。宅配や出前の類も彼の家に来ることはありませんでした』
『このことが一体何を示しているのかは僕もまだ理解できていません。ですが、あまり考えたくはないですが、僕の知らないところでなにか大変なことが起こっているのではないかと感じ、今回動画を撮影させていただきました』
『もし、この動画を見ているうぇんの友人の方で、何か彼のことについて知っている方がいましたら、ご連絡して頂けると幸いです』
『他のメンバーが何を考えているのかもわかりませんが、少なくとも僕は本気で彼を心配しています。どうか、よろしくお願いいたします。これがドッキリであることを祈る』
いいだが再び深く一礼した後、動画は終わった。一体何が起こっているのか僕にもよくわからなかった。
『ドッキリに本気で心配してこんなの出したの?w』『ずっと気になってたからいいだが言ってくれてよかった』『結局何もわからなくて草』『いいだハブられてんの?』『うぇんよりもいいだが心配な件』
コメント欄もそういったコメントばかりだった。うぇんについては僕も心配と言えば心配だけれども、とりあえず今一番心配なのは――僕は既にライブと赤く表示されていた「【ディエゴパーティー】ムリムちゃんと初コラボ配信!【ぱんどらぶれっど/黒和わわ】」という動画のサムネイルをタップした。
サムネはテーマパーク風の背景に制服風の衣装を着たわっちんとリムリムが自撮り風にくっついているという大変素晴らしいイラストとなっていた。独特の柔らかなタッチの絵柄からしてこれはわっちんの|キャラクターデザイン担当である偬鳴架先生本人のイラストに違いない。一体いつ書いたんだろうか。
幸いまだデフォルメされたわっちんがクロワッサンを食べている配信準備中の画面となっていた。放課後白野さんと一緒に帰ったとき最初から最後までずっと見るねって言っちゃったし、約束破らなくてよかった。
『うんうん! 約束を守るのはいいことだよ!』
頭の中で、いつかの××××の声が響く。
ちなみにホラゲ配信のときみたいに一緒に部屋にいた方がいいかなとも思ったけど、ムリムちゃんと2人だけでやらないとという理由で白野さんの方から断ってきた。頑張ってねと頭を撫でたら「ばかにしてぇ!」と殴られた。でも本当に頑張って欲しい。
ややあって画面が切り替わり、右下にわっちん、左下にリムリム、画面中央に大きくディエゴパーティーのゲーム画面が映し出された。
『くろわわ、わわわわ、わわわわわ~。クロワッサン系VTuber、黒和わわ~と!』
『無理とは絶対言わないよ! クリームパン系VTuber、繰夢ムリムです!』
『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』『待ってた』『クリームパン系VTuberってなんだよ』『それは禁句!』『新鮮すぎるw』『なんだこのゲームw』『もう言ってて草』
2人が挨拶をするとチャットの流れるスピードが一気に速くなった。いつも配信が始まるとそうなるけど、今回はまるでいつもより倍速くなっているように感じる。
『わっちん! いや、黒和わわさん! この度は本当に申し訳ございませんでしたああああああ!』
挨拶が終わるやいなや、リムリムは全力でわっちんに謝罪した。
『いや……それは……その……私……あの……ホラゲやるなんて話一度もしてないよ!? ってなりましたけど、結果いい思い出になったので大丈夫ですっ!』
わっちんが返す。白野さんモードが出てきちゃったんじゃないかって一瞬焦った。
『よかったぁ! あたしやらかしたか!? ってちょっと思ってたけどそのお陰で今こうして一緒に配信できてる訳だから結果オーライってことで! いいですかね!?』
『うん! 結果オーライってことで!』
『よかった』『リムリムの行動力よw』『やり取り見てる方も焦ったw』
『それでわっちん、このゲームは一体何なんですかね!』
『これは……ディエゴパーティーってゲームで、ずっと配信でやりたかったけど一緒にやる人がいなくてできなかったゲームです!』
『ディエゴパーティー!』
『知らない』『初めて聞いた』『切実で草』『洋ゲー?』『アメリカのアニメっぽい』『なんか絵柄違うのいて草』『面白そう』『神ゲーの予感』
クソゲーだよそれ。チャット欄を見るに、実際にディエゴパーティーをやったことのある人は誰もいなさそうだった。この前試しにYouTubeで検索してみたら少なくとも日本人で動画を上げてる人は誰もいなかったし、それもそうだろう。一応精度高めな日本語対応もしてるのにな。ていうかそもそも白野さんは一体どうやってこんなゲーム見つけてきたんだろうか。
『じゃー早速やってみましょうか! てかマジで早くやってみたいんだけどw』
『すごろくモードでいい?』
『いいよ!』
リムリムが明るく返事をすると、キャラクターセレクト画面になった。
『キャラクターは、ハムスターのディエゴ、インコのロス、ヘビのシスコ、ネズミのちょうろうの4匹だよ』
『へぇ~』
2Pのリムリムが、順番にキャタクターを眺めていく。
『ちょうろうだけなんかおかしいんだけどw』
『それは誰にもわからないやつですw』
『草』『どうしてこうなったw』『こういうの選びたくなるw』『シワシワで草』
『あたしちょうろう選んじゃおっかなw』
リムリムはそう言って、ちょうろうをセレクトした。
『このわしを選ぶとは、お主、なかなか見る目があるのぉ』
『なんか偉そうw』
ちょうろうが発した言葉にリムリムは笑いを抑えきれない声でツッコんだ。
『無駄にいい声w』『意外と強そうw』『やっぱり絵柄おかしいw』
『私はロスで』
『あんた! 今度こそ私を絶対優勝させなさいよ!』
ロスはわっちんが前回優勝できなかったことを盛大にバラした。なんでこんなパターン用意してるんだよ。
『これは……この前やったとき優勝させてあげられなかったから……』
『めっちゃ凝ってんじゃんw』
『インコに秘密をバラされる女』『恥ずかしいw』『かわいいw』
それから僕と一緒にやったときと同じようにCPU2体にディエゴとシスコが自動で振り分けられた後、カリフォルニアの港町っぽいところに4匹が飛ばされて、すごろくゲームが始まった。
『あーいい! こういうとこで1回泳いでみたいな!』
細長い木の間から日が燦々と差し込んでいる海沿いの街の風景にリムリムが声を弾ませていると、4匹がまた揉め始めた。
『順番だけど、当然、今回も私からよね!』
『ふざけんじゃねえぞ! あんなのどう考えても不公平だろうが! お前は最後だ!』
『ここは前回優勝者のわしからじゃろうが』
『あぁ……この流れはまたアレですのね……』
『やる前からなんか揉め始めてんだけどw てか前回ちょうろう優勝したんだw』
即座にリムリムがツッコミを入れた。前回の結果を踏まえてか、会話パターンが微妙に変わっていた。だからなんでこんなの用意してるんだよ。
『なんだこれw』『草』『まさかのちょうろうがw』『やる前から喧嘩すんなw』
『いいわ! だったらまたミニゲームで決めましょう!』
『いいぜ! 今度こそお前を倒す!』
ロスがそう言うと、ディエゴも応じ、ミニゲームが始まった。ミニゲームは4匹が野球場でホームランダービーをして、制限時間内に一番多くホームランを打てた人(人じゃないけど)が勝ちというシンプルなものだった。
『いきなりミニゲーム!?』
『うん。毎回こんな感じで始まるんだよ』
『ホームランダービーかぁ。タイミング掴むのには自信あるよ!』
リムリムが自信満々に言うと、ミニゲームの説明が始まった。ボールが来たタイミングでボタンを押せばホームランになるらしい。本当だろうか。どうせどうやってもディエゴあたりが勝つようになってるんじゃないのか。
『スタート!』
しかし僕の予想は大きく外れることとなった。リムリムは毎回絶妙なタイミングでボタンを押し、貧弱な身体のちょうろうであるにもかかわらずボールをスタンドに放り込み続けていった。やがてディエゴが猛追してきたが、結局最後までちょうろうが逃げ切った。ちなみにシスコはバットを尻尾で掴むので精一杯で、ロスはバットを持ち上げることすらできずに終わった。
『やったー! 勝ったー!』
『ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
リムリムが喜ぶと同時に、わっちんが音割れしかけるレベルで絶叫した。愕然としている白野さんの表情が頭の中で簡単に思い描ける。どうせディエゴが勝つんだろうなと思って諦めていたんだろう。僕も正直、ちょうろうで勝てるとは思ってなかった。
『まさかこの俺が……負けるなんてな……』
『信じれば、どんなことでもできるんじゃよ』
『信じるも何も私バット持てなかったんだけど!?』
『ですからどうしてこんなミニゲームあるんですの!?』
『わっちん絶叫w』『草』『わっちんのこんな声初めて聞いたw』『持つことすらできないというw』『理不尽すぎるw』『なんだこのゲームw』
チャット欄もまさかの出来事に大変なことになっていた。
『なるほどねw かなりヤバいゲームだこれw』
リムリムは4匹のやり取りを見届けると、ちょうろうにサイコロを回させた。5が出た。
『普通じゃな』
ちょうろうがそそくさとマスまで歩く。
『す、すごろくはこれからだから!』
わっちんの声はどこか少し震えていた。大丈夫だろうか、白野さん。




