ダンジョン④ 外れ道
適当に壁をスケさんに突かせた瞬間、地面がばかりと開き、気づけば重力に引かれるがままに転落してゆく。腰に付けたランプががしゃがしゃと喧しく跳ねまわり、壁を点滅するように照らしてくれるも、下を見ても地面らしきものは見えず、どうにもかなりの高さから落ちているらしい。そんな、何故か冷静な思考は浮かぶ癖に、解決策は全く頭から出てこない!
「うぉぉぉぉぉ!?」
『……!』
傍にいたスケさんがこちらを抱きしめ、彼が先に地面に付くよう姿勢を変えた!もうすでにかなりの速度で落下中だし、助かるどころか気休めになるかも分からないが、願わくば、新たに身に着けた防具で何とかなってくれと祈り目を瞑る。どうか、どうか無事に落ちれますよう―!
「おいおいあんた。さっき言ったこと、もう忘れちまったのかぁ?おいらが役立つってことをさ!」
瞑っていた瞼の表層から、仄かに緑の光が零れだす。薄く目を開くと、シルフィーヌの周りから光が生まれ、やがてそれは一筋の風と共に俺たちを包み込んだ。すると、猛烈な速度で落下していたはずの体が、今やゆっくりと、木の葉が落ちるような速度にまで低下しているではないか。
「こ、これは…」
「全く、世話が焼けるぜ!後でなにか、うまいもんでもくれなきゃ怒るからな!」
「マジかよ。シルフィーヌ…ははっここから出たら、好きなだけ奢るさ…」
今までやってきた事といえば、飯を食うか己が食われるかのどちらかしか見ていない為、ただの賑やかし妖精と思っていたが、まさか本気を出せばこんなことが出来るとは。この能力を使えば、上りはともかくとして、何か下る際の転落防止として活躍してくれそうだ。いやはや妖精様様だ。
ゆらゆらとシャボン玉のように落下していき、気が付けば薄暗い地面に降り立っていた。周囲を見渡すと、そこは一階の雰囲気とはまた違う、薄暗い洞窟のような場所で、腰に付けた仄かな光を放つランプのみが唯一の光源だ。何かを収めるのだろうか、壁にいくつもの窪みがあり、均等に並んだそれは、不思議と人間がすっぽり収まりそうな、異様な作りをしている。
「さっきとは全然違うな…なあシルフィーヌ。階層の作りって、こうもガラリと変わるもんなのか?」
先ほど命を救ってくれた小さな友を見やると、今までの明るい気配は全くなく、それどころかその顔は引きつり、まるで恐怖に怯えているようだ。
「おい…おい!シルフィーヌ。今の俺たちの状況、かなりヤバいんだな?」
「ああああ…なんだよぅ。なんでここに、ローザンに、これがあるんだよぅ…」
俺たちが今いる場所は何かの個室のようで、前方の穴倉の先は暗闇が広がっている。現状そこが唯一の入口なので、スケさんに警戒するよう念じ、シルフィーヌにさっき買った食料(といっても携帯性のいい焼き菓子だが)をぽふりと口に突っ込む。それはもうぎゅうぎゅうと。
「んぐぐ~っ!?………なにすんだよッ!?」
「お前、ここがどこか分かるんだろう?なあ、頼むから教えてくれ。此処はどんな場所なんだ」
「あんた、割と無理やりするなぁ…ここはな、呪われた墓所だよ。妖精でもなんでも、近づくことなかれって、秩序側では常識の決まり事なんだ。といっても、何処にあるかは誰も分からないんだけどな」
「分からない?近づくなって言っておいて、場所が不明なのか?」
「ここは、探しても来られないんだ。この墓所にたどり着く奴は、空間魔法で飛翔中に、引っ張られて連れ込まれるか、おいら達みたいに、暗闇に落ちて流れ着くらしい。いずれにしても、ダンジョンを探索している途中で、ここに入る奴なんて聞いたこともないけどな」
ランダムでエンカウントする場所なのかよ。暗闇の中に潜るなんて、冒険していたら割と起こりやすいシチュエーションだろうに。しかも話を聞いている限り、碌でもない場所なのは明確のようだ。
「にしても勝手に連れてこられるなら、近づくもクソもないと思うのだが」
「正確に言えば、探し回るな が正しいかな。ここに行きたくて色々捧げる奴もいるみたいだから、そいつらに釘を刺すために、決めたみたい。とにかく、ここはヤバいんだ!生きてここを出たって奴、ほとんどいないんだもん!妖精の中でも、帰ってこない奴がいたら、ここに落とされたんだって言われてるんだよ…」
そう話すと、シルフィーヌはこちらの襟元に潜り込んでしまった。僅かに震えており、如何にここが恐ろしい場所なのかを体で教えてくれている。俺たちが落ちた穴を調べようと、上を向くも、そこには何もなく、ランプを掲げれば、ただの土壁しか映し出されなかった。どうにも直接己の足で脱出せねばならないらしい。
鞄の中、元からもっていた雑嚢をまさぐり、紅色の小さな結晶をパキリと砕く。以前ゴブリンさんが行った救助要請の物品で、果たしてこの場所で効果があるのかはまるで分らないが、一縷の希望を掛けて念じた。こんな状況である。出来ることはなんだってやらなければならん。
ゴクリと水筒を一飲みし、活力を得るため焼き菓子も頬張る。震えるシルフィーヌを撫で、必ず脱出すると心に誓う。なんせここに来て知識的にも物理的にも助けてもらったのだ。この恩はしっかりと返さねばと、気持ちを高め前を向く。スケさんと共に、暗闇に足を踏み入れる。足元を照らす光の隅から、何かが蠢くような怖気を感じながらも、静かに、この呪われた墓所の冒険が始まった。




