初めての冒険③
「ああー……水が、美味い……」
自身が狙われたと理解した瞬間。一瞬で汗が引くというか、目が覚めるあの緊張感から解放されると同時に、喉がカラッカラに乾いているのを気づいたのは先ほど。亡骸となったヒュージタイガーを尻目に、地面に腰を下ろし、雑嚢から引っ張り出した革製の水筒の蓋を開け、ごくごくと水が喉を通ってゆく。己が行った事など、指示と魔剣の発動のみだが、それでも一戦闘を終えた後は疲労感が中々のものである。
「おし、んじゃ回収すっか。スケさんよろしく~」
『…』
一息ついてその後。脳内に浮かぶゴルさんがさっさと回収しろと喧しいので、ナイフをスケさんに渡し、ちょくちょくと指示を出して解剖していく。皮の剥ぎ取りから始まり、四肢の関節部位の切り落とし。腹部を浅く割いて、内臓の処理など、筋のスジ部分や脂肪なども丁寧に。ほとんどが以前解体したハイエナもどきと似通っているので、割とサクサクと進んでいった。いや、召喚術様様だわ。こんなんこの身でやればひっくり返す事も出来ないから、到底心臓まで掻っ捌く事なんてできないだろう。
目ぼしい牙や爪を解体している最中。不思議な部位を見つけた。
「…………なんか光ってね?」
それは心臓の魔石の煌めきとかそういうものではなく、なにかしらの内臓の中が光っている。臓器が光るって深海動物や昆虫以外にいるのだろうか。最初は日光の反射かなんかのせいだと思っていたが、緑色に発色しているため恐らく違うだろう。
などと訝しんでいると、突如その臓器が動き出したではないか!おまけに何かくぐもった声まで聞こえてくる!これ大丈夫?エイリアンみたいにキシャーって感じで寄生体かなんかが飛び出してくるパターンじゃない?とびくつきながらスケさんに解体を命じた。勿論己は数歩下がり様子見である。
「ふうぅぅぅ…よし。頼んだぞスケさん。キモイ何かだったら容赦しないでいいからな」
『…』
草場の影から応援しつつ、スケさんの内臓捌きを見学していると、切り口を入れた瞬間光の塊が飛び出してきた!
「どあああああ!!!」
「おわああああ!!!」
『…』
己の手のひらほどの光が、奇声を上げながら辺り一面をぶんぶんと飛びまくっている。なんて恐ろしいのだろう。成人となり昆虫に忌避感を覚えた昨今。子供のころよくもまあ無邪気に触れられたもんだと、時折小学生が道端で騒いでいるのを見て思い出すが、今まさに忌避を超えて恐怖が襲い掛かってきてる!いや、何が怖いってなんか羽虫みたいなぶんぶん音を鳴らしているのがとんでもなく怖い!
「すすすすすスケさんッ!ありぁ敵だ!虫ッッ!やっておしまい!」
『…』
こうなったらバフ全開。剣はまるで薪のように燃え盛っており、振り払うだけでこの暫定昆虫を焼き尽くすだろう。とか考えていると、光から命乞いが聞こえてきた。
「おいおいおいおいまてまてまってくれ!!おいらは悪い奴なんかじゃねえよ!助けてくれたのに殺そうとすんな!てか、虫とかじゃあないぞ!?」
「嘘つけぇーい!こんなブンブンいうやつなんて虫に決まってんだろうが!」
「ちげぇーよ!?あ、この羽音が気になるんだな?わかった。ちょっとタンマ」
先ほどまで飛び回っていた光はピタリと立ち止まった。空中の緑色の光は、徐々に蛍光が弱まり、シルエットが映し出されてゆく。それは正しく、万人が想像しうるであろう姿。
「おいらは妖精だよ。風を司るシルフィーヌさ。親切なエピセルさん」
手のひらサイズの、可愛らしい妖精が姿を現していた―
「全く。助けてくれた事は感謝しているけど、妖精を虫と例えるなんて、とても失礼だぜあんた。おいらは心が広いから許してあげるけどな!」
「……まあ虫呼ばわりしたのは謝罪するとしてだ。君はなんであの虎の腹の中にいたんだい?」
「そりゃああんた。この暖かな日差しを浴びて想像つかないかい?緩やかな風が靡き、ぽかぽかとした気持ちの良い気温。こんな日は絶好の日向ぼっこ日和だろ?葉っぱに包まって、気持ちよく昼寝してたら、気づいたら胃の中ってわけ」
妖精ってみんなこうなのだろうか。だとすれば絶滅待ったなしの危惧種では?てかなんで食われて生きてんの?様々な疑問が沸いて出てくるが、一つやれなければならない事を思い出してきた。それは―
「ああああ魔石!スケさん回収回収!」
『…!』
シルフィーヌの馬鹿話を聞いている場合ではないじゃん。魔石は討伐後即座に心臓と切り離さないと液体となり血液に流れてゆくのだ。急いで亡骸を確認すると、既に魔石は小さくなりかけており、大部分が血液に流れていった思われる。回収したころには、両手で掴めるサイズから、コロリと手のひらで転がせるミニチュア魔石に早変わりしていた。
「……」
「うん?なんだそれめちゃくちゃちっこいな!これホントにこいつの魔石なのか~?」
ぷーすかと笑いながらこちらの周りをウロチョロする風の妖精さん。控え目にいって叩きたい。こう、ハエたたきでバシッと。
「はあぁぁ……まあ素材確保できただけでも僥倖か…スケさん。帰ろう」
気持ち弱めにと思い念じ、省エネモードスケさんに皮などの大型荷物を持ってもらう。此処からまた1時間弱のお散歩と考えると、中々に気が滅入ってくる。幸い疲労は対して感じられない為、途中でぶっ倒れる事もないだろうし、最悪野宿してもよいだろう。ただ、今回の依頼を収めると同時に、貴重な移動手段が手に入るのだ。さっさと帰ってしまいたい。
「おいおい、エピセルさん。あんた妖精を助けたっていうのに見返りを求めないのかい?普通、妖精を助けた冒険者なんて、みんな何かしら要求するもんだよ?」
「碌なものなさそうだから結構。君、今度はパクリと食べられないでよ。たまたま助けられたけど、次もこうとはいかないだろうからね?」
こういうイベントでは何かしら貴重な妖精由来の何某が貰えるのだろうが、今はとにかく帰りたい気持ちが強い。定時で上がろうとした途端、絡みの無い他部署の奴に声を掛けられた時のような鬱陶しさを感じていると、とんでもない事を言い出した。
「うおーあんた謙虚で優しいなぁ……決めた!おいら、あんたに付いていくよ!命を救ってくれた恩人だもの。これくらいおっきな謝礼をしなきゃね!」
こいつマジか―




