魔術師の戦い方①
「いやー久しぶりにここら辺にきたから、ちょっぴり迷っちゃってね〜遅れてごめんね?」
突如として現れたプレイヤーを名乗る少女は、あははと頬をかきながらこちらに謝罪してくるが、救助された側としては、救ってもらっただけでも御の字だ。文句などあるはずもない。
「いやいや、滅相もない。本当にありがとうございました!あの状況だと、恥ずかしい限りなんですけど、今の俺の実力ではどうすることも出来なかったので…」
「ん〜、正直かなりイレギュラーだけどね。初心者が初っ端から“アレ“と戦うって。っとそろそろ起きるかな」
「起きるって…アレまだ生きているですか⁉︎」
「生きてる生きてる。ヘルメット取れてるし、貴方達頭落としたんじゃない?じゃないと再生痕があるのがおかしいからね〜。あの種類の兵士はタフなのよ。倒すには再生を上回る火力で消し飛ばすか、心臓の魔石を砕くしかないわけ」
首をぐりぐりと回し、小気味よくストレッチを少女は行っている。そこには先ほどまでの緊張感などは霧散しており、まるでひとつ運動を行うような軽さを感じた。
「まあ見ていてちょうだい。魔術師の戦いって、こんな感じになるから」
手をひらひらと振り、颯爽と黒鉄に向かい歩く少女。一見頼りなさそうに見える背中も、自信を持って歩む姿か、はたまた何か威風を醸す力がある為か。妙に安心してしまい、張り詰めていた力が抜けていく。正直、このまま横になりたいくらいだが、気が付けば漠然と彼女を目で追っていた。その戦闘にひかれるように―
「さーて、後輩ちゃんも見ていることだし、全力でやっちゃうわよー!」
草原を歩み、大胆にも黒の兵士に向かう少女の手には、どこから取り出したのか、小さな黒い杖が握られていた。黒檀のような木質のそれを大袈裟に振るうと、少女の周囲に渦潮の如く魔力が巡り、幻想的な風景と共に彼女は叫ぶ。
「武足第一・第二、解放!」
先ほどから足部に纏っていた防具が、より明瞭に形を作る。ブーツ程度の大きさだった面積が、ふともも全体にまで拡張された。西洋甲冑のような防具だが、動きには全く干渉していないようだ。彼女は大地を踏みしめ矢のように敵に迫る。
「チェストォォォォ!」
木に埋め込まれていた黒鎧もまた覚醒し、抜け出そうと藻掻くが、それよりも速く、強烈な勢いを伴った回し蹴りが鎧に直撃した!
最初の不意打ちの比ではない爆音が鳴り響き、木々ごと黒鎧を打ち砕く。堅牢たる胸あてはひしゃげ、肉と鋼鉄が混じり合っており、酷く痛ましい。通常の生物なら絶命必須の致命傷であろうが、それでもなお新たな肉隗が内から生み出され、修復していった。
「あー……やっぱ今の火力じゃ消し飛ばすのは無理だよね~んじゃ、予定変更!」
敵が態勢を整えるのも構わず、彼女は再度杖を振るう。すると、右足の防具が変形してゆくではないか。膝下から円錐状に形を変え、足一つが槍と成る。凡そまともに歩けるはずもないバランスだが、彼女は一切の淀みなく佇み、右足を掲げ構える。そしてただニヤリと、もはや怪物となった黒鎧に微笑みかけた。
混沌の兵士は、言葉を失い、知性をも脱落していた。人ではない、ただの異形そのものだが、瞳も存在しないはずの怪物の脳膜には、挑発する一人の子供が映っていた。その瞬間、全身から殺戮の衝動が止めどなく溢れでてゆく。口が生えていれば、聞けば正気を損なうほどの雄叫びを上げていただろう。怒りに身を震わせ、戦斧を握り突撃する。それが彼女の必勝の構えとも知らずに―
「はー……すげぇ。やり込むとこんな派手になっていくのか。」
戦闘自体は終始、彼女の圧勝だった。足が武器に変わった後、突っ込んだ黒鎧は武器を振るう事も出来ず、一瞬で心臓を刺し貫かれている。というか、貫く瞬間の衝撃が強いのか、胴体にでかい穴ができてしまった。あんなのがゴロゴロいるとなると、PvPや対魔術師戦等は、相当ヤバいことになってそうだ。
「いぇーい大勝利~!どうだったかしら新人ちゃん!これが私の実力なのよ~!」
ぴくりとも動かない死体を放置し、こちらに少女は駆け寄ってくる。そのローブには血飛沫一つついておらず、先ほどまで纏わりついていた防具も霞となって消えていた。
「か、カッコ良かったです。ただ…アレは完全に死んだのでしょうか?疑うようで申し訳ないんですけど、さっきは油断してバッサリいかれたので」
「ああ、大丈夫大丈夫。あの再生する種の奴はね、大体が死んだら塵となって消えちゃうの。あの再生の源は、生物が本来が持ち得る力を超えている。アレはね、あっち側の神様からのギフト。敗北すれば、ほら―」
彼女が杖をふいと向けると、それに合わせるように亡骸は色彩をどんどん失っていき、ついに塵となって風に攫われてゆく。数秒たたない内に、完全にそこから消え去ってしまった。
「うわぁ……」
「そゆことー。まあ他の混沌の信奉者達は、また違った能力や性質があるから、見分けるのって難しいんだけどね」
「あの、そもそも混沌ってなんでしょうか?全く分からないまま戦闘が始まっちゃったんですよ」
「あ、そこから分かんない感じか。ん〜〜大雑把にいうと、このゲームの敵だね。それもこっち側に属していいる勢力には全部。あ、こっち側っていうのは、私達が加入している、魔術連合も含めた人類側。他にもドワーフやエルフ、ゴブリン、オークなんかの、大半の種族はかつての恨みや確執を取り払って、秩序っていう一纏めの連合を組んでいるの。そうでもしないと、混沌の軍勢には勝てないから」
なんとまあ壮大な話である。通常のゲームならば忌み嫌われるであろうゴブリンが、街中にいても笑顔で受け答えしていたのは、特別彼が受付さんの使い魔だからという理由ではないらしい。
「あっそうだゴブリンさん!」
今完全に頭から消えていた。横になっている彼を見ると、意識こそ戻ってはいないが、出血している部分はなく、規則良く胸部が動いていることから、呼吸も問題ないようだ。映画なんかの見様見真似で腕の脈を確認すると(まあ人体と構造が一緒かどうかは置いておいて)指先からドクンドクンと確かな脈拍を感じる。
「すぐにポーションをかけたのね。ナイス判断よ。初期でもらえるやつは結構上等だから、余っていたら大切に使いなさい…と、その前に、貴方、名前はなんというのかしら?」
そうだ、未だに挨拶すらしていない。というより状況が二転三転して頭がパニクっているぞ。ひとつ深呼吸をし、心を落ち着かせる。意識して酸素を取り込むことで茹だった頭も冷えてきた。改めて少女と向き合う。
「申し遅れました。私はソーニャです。召喚メインでやってます」
「ソーニャちゃんね。名前まで可愛いじゃない!私はルーナっていうの。よろしくね!」
何を思ったのか、彼女は挨拶を終えると、ギュッとこちらに抱き着いてきた!おいばかやめろ、こちとら独り身アラサーだぞと心が訴えるも、身体は言う事を聞かず、気付けば受付さんと同様、頭をなでくり回されてしまった。
こうして、戦闘訓練から始まり、混沌の奇襲を受け、今ようやく一息付けたのである。




