先輩
戦斧がゴブリンを襲う。槍で防ぐも容易く柄は折れ、その小さな体からは夥しい流血が地を赤く染めた。先ほどまでの朗らかな空気は一瞬で冷え、脳内では救助と逃走の単語が言葉を変えて鬱陶しく駆け回る。だが―
「スケさん!!頼む!彼を守ってくれ!」
『…!』
気が付けばそんな指示を出していた。正直、彼を見捨て、村まで逃げて受付さんに救助を求める方が、今の俺の生存する唯一の、確実な方法だろう。なりふり構わずスケさんを再度召喚し、抱えて走ってもらえばよいだけだ。
無論そんな仁義に欠けるような事はしない。したくない。たとえ架空の世界の中だろうと、己の感性を押し殺すのは許したくないのだ。善悪など役割で変わるとしても、そこだけは変えたくない。打算的な考えは引っ込み、恐怖よりも僅かに闘争心が勝り、再度ゴブリンに向かって走った。
突き飛ばされたスケルトンは、主からの指令を受け黒鉄の兵士に襲い掛かる。狙うは装甲が無い頭部のみと思い切りよく切り下ろすも、肉塊になろうとも知能があるのか、はたまた身体に染み付いた技が成せるものか。後ろを振り向かずとも戦斧を上に構え、受け止める。弧を描いた炎の軌跡が斧と衝突し、激しい金属音が鳴り響く。黒鎧は息の根を止めんとした歩みをやめ、気だるそうに振り返り、スケルトンと対面した。
肉塊は規則性などまるでない牙や骨を不快に鳴らす。よほど格下の存在に挑まれたことが忌々しいのだろう。痛ぶるように戦斧を振るう。スケルトンの抵抗など意に介さず、一撃一撃で骨を砕く。
もはや状況が違うのだ。先ほどまでならば、僅かな隙でもゴブリンが刺し込んで妨害していたため、全力を持った剣戟など出来なかったが、残ったのは多少力を持ったスケルトンに過ぎない。ただの人間の、兵士程度の力など、本来混沌の尖兵たるこの兵士と斬り合えるはずがなかった……
目の前でスケさんが壊れてゆく。それは戦闘と呼べなかった。まるで大人が子供の児戯に付き合うが如しだ。抵抗など意味はなく、四肢はもがれ、ついに頭骨も踏み潰された。俺はなんとかゴブリンの元に付き、ポーションを振りかけたが、どうやらこれは伝説の類のものではないらしい。止血こそしたものの、刻まれた傷が癒えることは無かった。いや、すぐに凝固する時点で凄いのではあるが、この状況だと気休めも良いところだ。
「ゴブリンさん!しっかりしてください!」
「ううッ…」
反応は薄い。意識は取り戻すかどうかという中、何度も地面を踏みつけていた黒鉄がこちらに振り向いた。
どうしようもない絶望感が心を支配する。
諦めれば良かっただろうと醜い本性が頭の中から響いてきた。喧しいと怒鳴りつけたいところだが、もはやそんな気力も湧か無かない。召喚と声を出すも、出し尽くしたのだろうか。魔法陣など浮かばず、虚しく声が響くのみだ。
黒鉄が武器を振り上げた。さながら刑を執行する処刑人の様だ。ゆっくりとこちらに歩んでくる。もうあと数歩すれば、この首もゴブリン共々跳ね飛ばされるのだろう。
「ちくしょう…何もできず終わりか…」
滲み出る悔しさを噛み締め、せめてと思い彼の前に立つ。処刑されるのを静かに待つと、不意に、原っぱを駆ける足音が聞こえてきた。
「……?」
目の前の鉄鎧も音に気がついたのだろうか?訝しむ様子で辺りを見回している。先ほどのスケさんの時とは違い、明らかに警戒している様子だ。
不意に、音が消えた。
風が立てる草むらの漣が消え、しんと静まり返る。耳が痛いほどの耳鳴りと、謎の緊張からか、バクバクなる心臓の音が桁ましいと思っていると、付近から何かが飛び出した―!
「とおおおりゃぁぁぁぁぁ‼︎」
人影が黒鎧に襲いかかる。素早くてよく見えないが、その足には不可思議な足鎧?が付いており、風を切り裂く様に蹴り飛ばした!
コンクリートに重機をぶつけた様などデカい破壊音が辺りに響く。黒鎧も数メートルは弾き飛ばされており、木々の一つに埋め込む形でめり込んでいた。
「………え?」
「ふう~。なんとか間に合ったわね!あなたが新人さん?大丈夫かしら?」
ふわりと人影が目の前に降り立つ。まるで魔女のコスプレをした様な少女が目の前に立っていた。杖も持たず、綺麗な橙色の髪を靡かせ、一仕事終えたぜと言わんばかりにいい笑顔でこちらを見つめている。
「お礼はいいのよ!貴重な新規プレイヤーですもの。先輩に任せておきなさい!」
「えええっ!プレイヤーさん!?」
この日、遂にというべきか、奇跡的というべきか、とにかく初めての他プレイヤーと遭遇した―




